Episode015:高み



 竜崎は困惑していた。

 これまで研鑽を積んできた技が、スキルが全く通用しないことに。

 軽くあしらわれて反撃をくらう。

 今もそうだった。

 隙を付いて放った渾身の蹴りをあっさりと躱され、腹部を切り裂かれた。

 確実に当たるタイミングであったにも関わらず、だ。

 辛うじて致命傷こそ避けたものの、無視出来ない傷を負ってしまった。



(こいつ、マジでナニモンなんだよ……)



 実力は間違いなく国内トップクラス。

【太陽の盾】の幹部と思っていいだろう。

 しかしながら、一刻から聞かされていた【太陽の盾】主要メンバー特徴とは一致しない。

 となれば、あるとすれば新参だろうか。

 新参ならば知らなくとも無理はない。

 内通していた斥候部隊が何者かによって惨殺されてしまったが為に、ここ数週間の情報が不足しているのだ。


 しかし誰なのかなど、この際どうでもよかった。

 肝心なのは、あいつが自分の敵だということ。

 そして、自分よりも格上であるということ。


 近頃は、歯応えのない雑魚ばかりで退屈していたのだ。

 期待していた天沢二郎とは戦うことが許されず、本命の明智朝陽は姿さえ見せない。

 鬱憤が溜まっていた。

 だがここに、予想もしていなかった敵が現れた。

 こんなに嬉しいことはない。


 初めこそ大和の実力に動揺を見せた涼であったが、やがて歓喜がそれを上回る。

 気持ちが昂る。



「最高だ……。最高だよお前!!」

「やられてんのに最高とかお前マゾかよ」

「誰が変態紳士だコラアッ!!」

「そこまで言ってねえよ!!」



 2人の戦いは、加速度的に苛烈さを増していく。

 涼は己の動きに磨きがかかっているのを感じた。

 拳撃も、蹴撃も。

 速く、鋭く、重くなっている。

 戦いの最中で、確実に進化している。


 だが、それでも大和には届かない。

 涼だけが一方的に傷を負っていった。



(遠いな……)



 遠い。

 一体どれほどの研鑽を積めばこれほどの高みに到れるのだろう。

 自分には一生をかけても辿り着けないかも知れない。

 しかしそれでも、意地がある。

 矜持がある。

 黙って殺られるつもりはない。



「ーー〈スキル:竜撃〉イィィイイイッッッ!!」



 収斂された拳が竜を象った光を纏う。


 それは、自身が所有する中で最高の威力を誇るスキルであった。

 1日1回という使用制限はあるが、その破壊力は絶大。

 喰らえば奴とてタダでは済まないだろう。

 そう思っていた。

 が、しかし大和も対抗するように拳を放つ。



「〈スキル:剛拳〉」



 衝突が起きる。

 骨が軋む音がした。

 涼は思わず吹き飛ばされそうになるのをグッと堪え、更に力を込める。



「オラアアアアッッッ!!」



 ──果たして、押し勝ったのは大和であった。



「──グッッッ!!」



 後方へと大きく吹き飛ぶ涼。

 地面を何度も跳ねて、やがてゴロゴロと転がる。



「いっっってえ……」



 最早、どこか痛むのかさえ分からない。

 だが、涼はこの痛みを知っていた。

 モンスターが溢れる世界になるよりも前。

 涼は1度、ワンボックス車に撥ねられたことがある。

 犯人は、当時縄張りを争っていた他所のチームの輩。

 この痛みは、あの時に感じた痛みと同じだった。

 あの時も立ち上がって犯人をボコボコにしたのだ。

 ならば、今だって立ち上がれない道理はない。



「クッッッソ……ダラアアアッッッ!!」



 プルプルと身体を震わせながら、それでも涼は立ち上がった。



(大丈夫だ。俺はまだやれる……。根性見せろ……っ!!)



 自身を鼓舞する涼。

 しかし、限界は近かった。

 視界は霞み。

 息も絶え絶え。

 満身創痍であることは、誰の目にも明らかだった。

 勝てないだろう。

 ラッキーパンチで勝てるほど甘い相手ではない。

 そんなことは、戦っている自分がよく分かっている。

 されどこのままでは終われない。

 何としても一矢報いたい。


 だが、肝心の大和の姿が見当たらない。

 大きく吹き飛ばされたとはいえ、見失う程の距離ではなかった。

 一体どこに消えたのか。

 見逃されたということはないだろう。

 そんなに甘い人間だとは思わない。

 周囲を睥睨していると、唐突に声が響いた。



「──なあ、どこを探してるんだ?」

「なッッッ!?」



 大和は目の前にいた。

 どこから現れたのか。

 反射的に拳を突き出すも、大和の方が速い。

 両手に握った短剣で、涼の身体を十字に刻む。



「グハッ!!」



 飛び散る鮮血。



(バケモンかよ……ッ)



 踏ん張る力は残っていない。

 力なく地面に倒れ込む涼。

 辛うじて生きてはいるが、長くはもたない。

 虫の息だ。

 最後の力を振り絞り無理矢理に天を仰ぐと、そこにあったのは青空ではなく、名も知らぬ男の姿であった。

 大和はトドメを刺すでもなく、冷めた目でただ涼を見下ろしていた。



「……トドメ、刺さねーのかよ……?」



 今まで散々殺したのだ。

 今更命乞いなどするつもりはなかった。



「安心しろ。きっちり殺してやる」



 だが、と継いで。



「最期に1つ訊きたいことがある」

「……なん……だよ」

「竜胆暁斗、もしくは竜胆加奈子という名に聞き覚えは?」



 聞き覚えは当然ある。

 竜胆暁斗と言えば、【烏合隊】の隊長の名だ。

 加奈子は確か、その妻の名であったはず。

 今は人質となって他の人質と共に牢に幽閉されている。

 知らないはずはない。

 しかし、涼はニヤリと笑って。



「知らねー……なあ……」



 何故知りたがっているのかなんてどうでもいい。

 ただ、素直に教えてやるのが癪なだけだった。

 少しは残念がるかと思われたが、しかし大和は表情ひとつ崩さずに「そうか」と一言。


 面白くねえ、と涼は眉を顰める。



「んじゃあ……さっさと……殺れよ」

「ああ」



 ──間もなく。

 ズブリ、と短剣が的確に心臓を貫く。



「……カハッ……ッ!」



 ヒヤリと冷たいものを感じる。

 不思議と痛みはなかった。

 むしろ、快感ですらある。

 人は死に際に快感を覚えるというが、どうやら本当らしい。

 やがて視界が黒く染る。

 いよいよ死ぬのだろうと涼は思った。

 恐怖はない。

 戦いの中で散るのなら悪くない。

 喧嘩に明け暮れた自分には似合の死に方だ。

 しかし、ただ1つだけ心残りがあった。



(あの男と【悪魔達のウチ】のバケモンの戦いだけは観たかったなあ……)



 どちらとも戦った自分だからこそ、一刻が負ける可能性は0だろうと思う。

 あの男の強さは次元が違う。

 それでもきっと、面白いものが観られたに違いない。

 そう思いながら、涼の意識は闇の中へと溶けてきった。


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