Episode018:急変
朝が来た。
知らない天井だ。
ここは……?
徐々に頭が冴えてきて、昨日のことを思い出す。
──……そうだ。
俺はようやく地球に帰って来て、陸の家に泊めてもらったのだ。
どうやら、部屋に案内されるや否やすぐに眠ってしまったらしい。
昨日は疲れていたから仕方ない。
しかしおかげで身体は万全だった。
昨日の疲れは欠片も残っていない。
「ふあ〜あ……」
大きな欠伸を零して、固まった筋肉を解す為に少しだけ身体を動かす。
あるいはいっそ全て夢なんじゃないか──と、眠りに就く直前まで思っていたのだが、いざ目を覚ましてしまえばやはりこれは現実なのだと思い知らされる。
地球に帰って来たのは嬉しいけれど、心境は複雑だ。
竜討伐の決行日まではまだ2日ある。
今日は手持ち無沙汰だ。
何をするかな、なんて思いながら着替えていると部屋の外が妙に騒がしいことに気が付いた。
──なんだ……?
すぐに着替えを済ませて部屋を出ると、慌てて着替えたのか滅茶苦茶な服装になっている陸と出会した。
今日は休みだと言ってたのに、そんなに焦ってどこに行くのだろうか。
「あ、おい陸……」
「あっ、おはよう大和! 悪いけど、僕すぐに出掛けなきゃならなくなったから先に行くね。後からでいいから出来れば大和にも来て欲しいんだけど」
「来て欲しいってどこに? というか、何かあったのか?」
「昴のとこ! 悪いけど、今は説明してる時間がないから、じゃあね!」
手を振って足早に立ち去ろうとする陸。
後からでいいと言うならそれでもいいんだが……。
「陸、ちょっと待ってくれ」
「ん? なに? 悪いけど、本当に急いでるんだ」
「分かってる。昴の所ってことは何かあったんだろ? 俺も一緒に行くよ」
「そっか。わかった。行こう」
「ああ」
かくして、俺達は陸の家を後にするのだった。
♦
走りながら、陸にことのあらましを聞いた。
どうやら昨晩、俺達が寝ている間に結界が破壊されたらしい。
それも、見張りの部隊が全員漏れなく殺されたようだ。
交代で関所に向かった部隊が異変に気付き、すぐさまメールを寄越したのだという。
結界を破った竜の仕業かと思われたが、どうやらそうじゃないらしい。
犯人は人間。
そう断ずる理由は2つある。
遺体と足跡。
モンスターが人を襲う主な理由は、人を餌と見なしている為だ。
故に殺されれば必ず喰われる。
竜とて、その習性は変わらない。
しかし、今回喰われた遺体は1つもなかったと言う。
モンスターに襲撃されたのであればそれはありえない。
それから足跡。
現場は血と臓物とでどろどろになっていて、足跡なんて見分けがつかない状態らしい。
しかしそんな中、途切れることなく続いている足跡があった。
大きな足跡と小さな足跡。
足跡は森の中へと続いていた。
この状況でそんな足跡がつく者がいるとすれば、それは犯人以外にはありえない。
これらの状況証拠から、犯人は2人組の人間と断定されたのであった。
結界を壊したのもこいつらで間違いないだろう。
見張りの部隊を殺した連中であれば、結界を破壊するのは容易い。
しかし、こんな世界になってもこんなことをしでかす奴がいるのかと思った。
あるいは、こんな世界だからこそなのかも知れない。
犯人は何を思ってこんなことをしでかしたのか。
ひっ捕らえて問い質したいのは山々だが、それより今は、結界が破壊されたことの方が問題であった。
「──竜が動き出した」
総長室。
昴が静かに言った。
「それも、どうやら狙いはこの街のようだ。他所には目もくれず真っ直ぐこちらに向かっている」
幸いここから森までは距離がある為に多少の猶予はあるが、それでも竜の進行速度から夜には着くだろうとのことだ。
竜の移動速度は巨体であるにも関わらず速い。
人の足では5日かかる距離でも、1日とかからず辿り着けてしまうだろう。
今は斥候部隊が竜の監視に当たっているが、交代でついて行くのがやっとだと報告が上がっていた。
「夜か……。最悪だね……」
朝陽の言葉には、溜め息が混じっていた。
本来予定していた竜の討伐は2日後。
当然準備は進めていたが、まだ整っていない。
「しかも、最悪なことに竜が動いたことで他のモンスターも活発化している」
敵は竜だけじゃない、と昴は付け足した。
「それを私達だけでどうにかしなければならないのね」
「そうだね。多分、【月の街】と【空の街】からの救援は間に合わない」
「そうよね……」
朝陽の答えに青藍は眉間を押さえて溜め息を吐く。
【月の街】と【空の街】は、どちらも【太陽の盾】が統括する街らしい。
どちらの街にもユニオンの支部があり、治安の維持に努めている。
本来はそれらの街から第1部隊が竜討伐の援軍として送られる手筈だったのだが、予定が狂ってしまった為に間に合わなくなってしまった。
大幅な戦力ダウンだ。
「クソッ!! 犯人のヤロー見付けたらぜってぇ許さねえ!!」
「落ち着け、奏多。犯人は後で必ず見つけ出す。だが今は、竜が優先だ」
ダンッ、と机を叩いた奏多を昴が宥める。
「わかってる。わかってるけどよ……」
奏多は怒りで震えていた。
仲間が殺られて憤りを感じているのだろう。
「奏多、気持ちは皆同じだから」
「陸……。そうだな……」
気持ちは皆同じ、か。
それはどうだろう。
殺られたのは俺が知らない人間だ。
どこの誰とも知れぬ大勢の人が殺された。
世界のどこかでやっている戦争のニュースを観ているような感覚だ。
どこか他人事のような。
だから正直、皆との温度差は否めない。
けれど、確かな憤りを感じている。
偽善かも知れない。
気持ちの温度は一緒じゃないかも知れない。
だけど俺は俺なりに、犯人を許せないと思った。
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