Episode017:真夜中の一幕



 真実は時として残酷なものだ。

 知らなければ良かったことなんてごまんとある。

 対して、知っておかなければならないことも沢山ある。

 俺はその、知っておかなければならないことを知らなかった。



「──はっ!? 昴は元々女の子だった!?」



 俺は驚きの声を上げる。



「いや、そんなに驚くことでもないでしょ。というか僕は、キミが昴を男だと思っていたことに驚いているよ」

「え、いやいやいや、全然意味わかんないんですけど!?」

「分かったから落ち着いて。どうどう……はい、吸って、吐いて……」

「すうー、はあー」

「吸って、吸って、また吸って……またまた吸って……」

「すうー、すうー、すうー……ゴホッゴホッ! そんなに吸えるか!!」



 死んでしまうわ!



「いや、ほんとにやると思わなくて……」

「確かに……」

「大和、キミ、動揺し過ぎでしょ……」

「……」



 返す言葉がない。

 しかしおかげで冷静にはなれた。

 陸の話をまとめると、つまり昴は生まれた時からずっと女だったということだ。



 え、まじ?



 しかし言われてみれば思い当たる節はいくつもある。

 連れションしようとしても来ないし。

 一緒に風呂入ろうとしても入らないし。

 着替えてるのすら見たことがない。

 それに、今思えば振る舞いだって女の子らしい所が多々あった。



「はあああああ……」



 大きく溜め息を吐く。

 どうして今まで気付かなかったのだろうか。

 いつでも気付けたはずなのに。

 思い込みというのは恐ろしい。



「ま、まあ、そんなに落ち込まないで……。はい、これ」

「ああ、ありがとう」



 苦い顔をした陸からお茶の入ったグラスを受け取り、ひとくち含む。

 俺は今、今晩世話になる陸の家へやって来ていた。


 大きなユニオンの幹部なだけあって立派な邸宅だ。

 陸だけじゃなく、住み込みの使用人が一緒に暮らしているらしい。

 使用人なんてどこの貴族様だよと思ったが、戦って多くのポイントを稼げる人間が溜め込んでしまったら世の中は回らないのだと陸は言っていた。


 確かにその通りだ。

 世の中、皆が皆戦えるわけではない。

 アホだアホだと思っていたけれど、本当にアホなのは俺なのかも知れないな。

 昴が女だったのも気付かなかったし。



「なあ、陸……」

「うん?」

「昴はさ、俺が昴の性別を勘違いしてたこと気付いてると思うか?」

「うーん、どうだろ。何も言われたことないし、気付いてないんじゃないかな?」

「そうか……。それなら良かっ──」



 いや、それはそれでどうなんだろう。

 それだと俺が異性を風呂とかトイレに誘うただのヤバい奴だよな。

 全然良くない。

 とんだ変態じゃねーか。



「……陸、俺は明日からどうやって昴と接すればいいか分からん」

「そりゃあ、普通に接すればいいんじゃない?」



 あっけらかんと言ってのける陸に、俺はやれやれと肩を竦める。



「それが出来れば苦労しないよ」

「それもそうだけど。……まあ、とりあえず風呂にでも浸かってゆっくりしなよ」

「ああ、そうさせてもらうよ」



 なんだか今日は、身体がどっと疲れている。





 ♦





 ──深夜。

 大和達が寝静まった頃。

 竜を封じる森に向かう、2人の男がいた。



「ったく、めんどくせえ……。どうして俺がこんな雑用を……」



 1人は額に大きな十字傷のある大柄な金髪の男。

 身の丈よりも大きな大剣を背負い、悪態をついている。



「まあ、そう言うな。あの方の命ならば仕方あるまいて」



 もう1人は白髪の老翁だった。

 和服を身に纏い、腰には刀を携えている。



「そうは言ってもよじいさん……」

「なんぞ、お主はあの方の命に背くつもりか?」



 老翁の鋭い眼光が男を射貫く。



「い、いやそうじゃねえよ。ただ、なんだって俺達がガキの相手なんざしなきゃならねえんだと思ってよ」

「そりゃお前さん、決まっておろう。儂等が出張らなければならない相手だと言うことじゃろ」



 老翁の言葉に、男は一瞬呆気に取られて、すぐに豪快な笑い声を上げた。



「ダッハッハッハッ!! おいおい、勘弁しろよじいさん。そんな奴いるわけねえだろ。何せ俺達は──」

「──ライゼン」



 静かな、しかし覇気のある声で名を呼ばれ男──ライゼンは押し黙った。



「誰が聞いているとも知れぬ場所で、不用意な発言は控えよ」

「……へいへい」



 ライゼンは不貞腐れたように返事をする。



(ったく、もう誰にも聞こえちゃいねーっつーの……)



 男達の歩いて来た道程には、死屍累々と死体が転がっていた。

 2人が歩いた道程には、積み重なった死体で山が出来る程だ。


 死体の装備には、盾の中に太陽が描かれた紋章が描かれている。

 それはつまり、【太陽の盾】のメンバーであるという証だった。



「さて、まずは結界を壊さねばな」

「ああ」



 男達は夜の森の中へと入っていく。



 ──その日、竜を封じる結界は破壊された。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る