Episode010:再会



「いやあ……笑い過ぎて腹が痛い……。疲れた。お前のせいだぞ大和」

「知るか。自業自得だ馬鹿野郎」

「普通気付くだろ……ククッ……ダメだ、思い出したらまた笑えてきた」

「お前な……」



結論から言うと俺は騙されていたのだ。

総長は昴で、奴は緊張している俺を見て面白がっていたらしい。

ほんと、良い性格してやがるよ。



「どうぞ、コーヒーです」



件の少女が、向かい合わせて座る俺と昴にコーヒーを差し出した。



「ありがとう」

「どうも」



彼女の名前は御堂ミドウ胡桃クルミ

昴の秘書をしているらしい。

先程、改めて自己紹介をしてもらった。


年齢は17歳なので、俺の1つ下ということになる。

あ、でも俺は地球だと8年いなかったらしいから20歳ということになるんだろうか。

……分からん。



「しかし、お前が総長とはな……。恐れ入ったよ」

「なに、単なる成り行きさ」

「成り行きねえ……」



成り行きだけじゃ、街の長になんてなれないと思うけどな。



「なあ、胡桃さん……」



昴の背後に立つ胡桃さんに声を掛けると、彼女は「はい?」と首を傾げた。

その姿はどこか小動物のようで、庇護欲をそそられる。



「昴が総長になったのは成り行きなのか?」

「そんなまさか! 昴さんは民衆の総意で総長となったのです。成り行きだなんてことは微塵もありません。全ての民衆が昴さんを尊敬し、わたしも昴さんを尊敬……いえ、敬愛しています!」



ふんすっと、彼女は鼻息を荒くする。

かなり心酔しているらしい。



「……だそうだが?」

「おまっ、お前なあ……」



昴は顔が真っ赤になっていた。

怒っているわけじゃない。


照れているのだ。

褒められると酷く動揺するのは相変わらずらしい。

常に毅然と振舞っている昴の数少ない弱点だ。



「皆に慕われて良かったな?」

「やめろ……。お前、私がこういうの苦手なの分かっててやってるだろ」

「当然」

「クッ……」



やや潤んだ瞳でキッと俺を睨みつける昴をどこ吹く風とばかりにスルーして、湯気の立つコーヒーを啜る。

俺を騙してくれたことへの仕返しである。



「それにしても、あいつ等はいつになったら来るんだ?」

「ふむ、そろそろだと思うが……」



と、その時。


コンコンと扉が叩かれた。



「来たみたいだな。──入ってくれ」

「第1部隊全員無事に帰ったよ……って、さっきも会ったか……ん? 客人かい?」



先頭で入ってきた金髪のイケメンが眉を顰める。



「そういえばさっきもいたわね」



2番目に入ってきたのは、気の強そうな銀髪の女。



「もしかして、ついに昴にも彼氏が出来たのか!? 春なのか!? やったな昴」



3番目に入っきた軽薄そうな茶髪の男が茶化すようにグッとサムズアップする。



「いやいや、昴に限って彼氏はありえないでしょ」



それを揶揄するように、4番目の女のような顔をした男が苦笑いを浮かべた。



「あなた達ね……昴にぶっ飛ばされるわよ?」



そして、最後に入ってきた生真面目そうな眼鏡の女は肩を竦める。



「え、僕は関係ないからね!? 悪いのは全部奏多カナタでしょ! ついにとか言ってたのは奏多だから!」

「あ、テメェ、リク! 自分だけ助かろうとすんなよ!」

「馬鹿にしたのは奏多じゃないか。僕を巻き込まないでくれよ」

「ざけんな、お前もそんなわけないとか言って馬鹿にしてただろうが!」



醜い言い争いを始めた2人。

昴の額には既に青筋が浮かんでおり。



「お前等、後で2人ともぶん殴る」

「「サ、ササーセンしたあああ!!」」



2人同時の華麗なジャンピング土下座。

床が抜けてしまうんじゃないかと思うほど勢いよく額を擦りつけるも、されど昴の怒りは治まらなかった。

椅子から立ち上がり、未だ土下座したままの2人へ歩み寄り。



「──死ね」



と、一言。

そして、間髪入れずに2人の後頭部に鉄拳制裁を叩き込んだ。



「「ゴヘッ」」



2人はそのまま動かなくなった。

気絶したらしい。


懐かしいな……。

奴等は昔からこうしてよくじゃれていた。

奏多と陸が茶化し、それを昴が追い回すのだ。

ただし、あの頃の昴には2人を一撃で沈めるような力は備わっていなかったけれど。


痛そうだ。

昴は怒らせないようにしようと思った瞬間である。



「さて昴、彼はいったい何者なんだい?」



気絶した2人を一瞬憐れんだ後、金髪イケメンが問うた。



「ん? ああ、聞いて驚け、こいつはな──」

「大和!?」



したり顔で俺の名を告げようとした昴を遮り、銀髪美少女が声を上げた。



「お、おい、それは私の台詞だぞ」

「そんなことどうでもいいわよ! アンタ、大和でしょ!? 大和よね!?」



急に近付いてきて、俺の肩を激しく揺さぶる少女。



「おっふおっふおっふ」



首取れるから。



詩音シオン、揺らし過ぎだ」

「ああ、ごめんなさい」



昴に宥められてパッと手を離す詩音。



「いや、大丈夫だ。久しぶりだな詩音」

「ええ、久しぶり──じゃないわよ! アンタ今までどこにいたの!?」

「ああ、うん。まあ、色々あってな」

「色々ってなによ!!」

「色々は色々だよ……」



グイッと身を乗り出してくる詩音に気圧されていると。



「落ち着きなよ」



詩音の肩に、金髪イケメンが手を置いた。



朝陽アサヒ……。でも気になるじゃない」

「ずっと行方不明だった大和が無事に帰ってきた。それでいいじゃないか」

「それは……そうなんだけど……」

「それに、大和だって説明しないわけじゃないだろう?」

「ああ、ただ説明はあの馬鹿2人が起きてからな」



そう言って俺は、未だアホみたいな体勢で床に転がる2人を一瞥する。

何度も同じ説明をするのは面倒だ。



「あら、相変わらず優しいのね。あんな2人放っておけばいいのよ?」



生真面目そうな眼鏡の女は、そう言って笑顔を浮かべた。



青藍セイラ……」



かつて、俺達のグループで一番大人びていた良識ある少女は、本物の大人の女性になっていた。



「お久しぶりね、大和君。元気だった?」

「まあな。お前等も相変わらずで安心したよ」

「そうかしら? 皆結構変わったと思うわよ。特に朝陽は」



言われて、俺は朝陽へと視線を移す。

確かに逞しくなったな。


昔は俺よりずっと小さくて泣き虫だったのに、今は俺よりも大きい。

目線が全然違う。

俺でも180はあるんだけどな……。


成長期でかなり身長が伸びたのだろう。

それに顔付きも精悍としている。

泣き虫だった頃の面影はあるが、随分男らしくなった。



「俺の顔になにかついてるかい?」



じっと見詰める俺を不審に思ったのか、朝陽は首をひねる。



「いんや。ただ、泣き虫朝陽が逞しくなったもんだと思ってな」

「そりゃあ、あれから8年も経っているからね。俺だって少しは変わるよ」

「お互い、知らない間に老けたよな」

「そうだね」



そう言って俺達は笑いあった。



「ただいま、朝陽」

「おかえり、大和」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る