第2話 西洋国にて、学院長と出逢う

 大海で分断された東洋大陸と西洋大陸。

 文化も違えば住まう種族も違う二つの大陸は、長きに渡り良好な関係を保っていた。細かな諍いはあれども大きな戦争が起こったことはなく、船を用いた交易や観光業も盛んであり、お互いの大陸を行き来する人間は少なくない。


 シロウとリンカは西洋大陸の西部に訪れていた。

 リンカと師弟関係を結んで早くも二年。東洋国で剣聖と謳われている女剣士に霧雨一刀流を習うシロウは、見聞を広めるために旅を始めた。


 東洋国をあらかた回った後で、次は西洋国の見知らぬ地に足を踏み入れた。緑豊かな大地が広がるヴァリエス王国にて、徒歩で街道を進んでいた師弟は、集団に囲まれている女性を見つける。


「師匠、あれは」

「ええ、何やら不穏な気配です」


 紺色のローブを着た一人の女性が黒色のローブを着た集団に囲まれているという、奇妙と言える光景だ。しかも紺色ローブの女性を取り囲む集団は皆一様に仮面を付けている。怪しさ満点の男とも女とも判断がつかぬ集団は、女性に攻撃をしかけた。


 闇の瘴気を思わせる紫色の魔力が凝縮され、魔法弾となり女性めがけて放たれる。複数の黒色ローブたちから一斉に攻撃された女性は慌てふためくかと思いきや、迅速な行動を見せた。


「――はぁッ!」


 懐から抜き放った短剣を一閃し、殺到する魔法弾を斬り裂く。

 魔力のような輝きを纏う短剣の軌跡は、東洋剣術の居合斬りに似ていた。全ての魔法弾を無効化してみせた女性の勇姿にシロウは感嘆の息を漏らす。


「綺麗な剣閃だ。まるで煌めく尾を引いた流星のような」

「彼女は中々の手練れのようですね。シロウ、どうしますか?」


 リンカの瞳に見据えられ、シロウは腰に差す刀の鞘を撫でる。


「彼女の実力ならば加勢する必要はなさそうだが」

「それでも、時には勢いに任せるのも良いですよ」

「そうだな。ならば――」


 シロウは刀を抜き放ち、女性に向かって走った。


「――あなたは?」


 隣に立った時、女性に問いかけられる。

 シロウは刀の切っ先を黒色ローブたちに向けて牽制しつつ言い放った。


「旅の者だ。これより貴女の加勢をさせてもらう」

「……分かりました。あなたは右の者たちをお願いします」

「任された」


 女性と頷き合い、地を蹴って右の集団に突撃する。

 魔法弾が放たれ殺到するが、その全ての軌道を卓越した観察眼で見切り躱す。魔法弾の速度はそれなりだが、発射している人間の挙動や顔の向かう先を注視すれば軌道を予測することは難しくない。


 一人の黒色ローブの懐に潜り込み一閃、峰打ちで昏倒させる。

 振り抜いた刀の勢いに任せて腰を捻り、もう一人を同じく峰打ちで始末する。


 黒色ローブの動揺が肌に伝わってくる。

 その驚愕や混迷の念を見逃さず、付け入るように刀を振るうのを止めない。霧雨を斬り払うかの如く走る刃に相手は全く反応できず、一人また一人と昏倒させられていく。


「――せいッ!」


 女性の短剣捌きも見事なもので、銀色に輝く刃の軌跡が視界の端で踊る。どうやら本当に加勢は必要なかったようだと息をついたシロウは、最後に残った相手を斬り伏せた。


 倒れた黒色ローブの集団を見下ろしたシロウは、息一つ乱していない女性を確認して刀を鞘に戻す。


「素晴らしい練度だ。長きに渡り修練を積んだと見受けられる」

「あなたこそ、見惚れるような刀捌きでした」


 女性はフードを脱いだ。長い銀髪を風に靡かせた美貌の女性は碧眼を細めて微笑む。


「ご助力に感謝します、東洋の剣士さん」

「やはり東洋剣術だと分かるか」

「はい。それなりに見慣れた太刀筋でしたので」

「見慣れた……?」


 シロウの疑問をよそに、女性は後方に待機するリンカに目を向ける。


「リンカ先輩……お久しぶりです」

「相変わらずの短剣捌きでしたね、クーデリア」


 どうやらリンカと女性は知り合いのようだ。

 旧知の仲であるのか、郷愁を感じさせる表情で見つめ合う二人の美女。

 シロウは彼女たちの間に割り込むのを躊躇いつつも質問した。


「師匠は、この人を知っていたんだな」

「ええ。クーデリアは私の後輩です」

「後輩とは、学校の下級生のことか。師匠が学生だったなんて知らなかった」

「そう言えば伝えてませんでしたね。私は未成年の頃にヴァリエス王国の騎士学院に在籍していた時期があります。クーデリアとはライバルとして剣を交えた仲です」


 敵なしと謳われる剣聖にライバルがいたとは思いもよらぬ事実だ。

 確かにリンカの剣技に負けず劣らない見事な短剣捌きだったと腑に落ちたシロウは、師匠の旧友に頭を下げる。


「シロウ・ムラクモだ。二年前から師匠のもとで世話になっている」

「私はクーデリア・アルセイユ。騎士学院の学院長を務めています」

「騎士学院……それは師匠と貴女が在籍していた場所か?」

「その通りです。学院創設者の直系である私は、祖父から学院長の座を引き継ぎまして」


 クーデリアが騎士学院の長になったことはリンカも知らなかったらしい。

 しばらくリンカはクーデリアと現在のお互いの立場を伝え合う。

 そして話がまとまりかけた時にリンカが提案をしてきた。


「ここでクーデリアと再会したのも一つのえにしでしょう。シロウが良ければ、騎士学院に入学してみてはどうでしょうか?」

「俺が学院に……」


 クーデリアを窺うと、彼女も頷いていた。


「シロウさんのような卓越した剣の実力者が入学してくれるのは大歓迎です」

「だが、俺が学院とやらに馴染めるかどうか」


 ずっと東洋大陸の僻地で生きていたために、教育機関に全く縁がなかったシロウ。知識としては知っているものの、果たして自分が円満な学生生活を送れるのだろうか。


「シロウ、悩む必要はありません」


 リンカの手が、そっと肩に置かれる。


「あなたの心のままに決めなさい。重要なのは、あなたがどうしたいかです」

「俺は……できるのならば、学生になって見聞を広めたい」

「決まりましたね。入学しましょう、アルセイユ騎士学院に」


 どことなく嬉しそうなリンカと、見るからに歓喜しているクーデリアに見つめられ、少し決まりの悪さを感じるシロウだった。

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