第91話 What it takes to become a god

「ねぇ?スサノオは、「高天原たかまがはら」に帰るの?それとも、自分の「根の国」に帰るの?」


 「神界」に戻り暫くぷらぷらと歩いていた2人だが、見渡すばかりの草原を見付けたので休憩する事にしたのだった。休憩している2人の間を、気持ちのいい風が吹き抜けていく。陽の光は暖かく少女は余りの気持ちの良さに、思わず草原の上に寝転がっていった。

 それはまるで無邪気な子供のようとしか言えなかった。


 スサノオはそんな少女の無邪気さに付き合う事にして、雄大な草原の上に寝転がっていく。

 フィオは寝転がっている少女の元から離れ、周囲を飛び回って鳥や蝶を追い掛けて遊んでいた。



「オレサマは根っからの根無し草だからな。「高天原たかまがはら」に帰ってもあの暴虐姉アマテラスにコキ使われるだけだし、「根の国」の、あのジメジメ感が性に合わねぇ」


「ぷっ、実にスサノオらしいわ」


「もういっその事、オレサマも、おめぇと一緒に人間界に行くってのもアリかもな?にかッ」


 スサノオは揶揄からかうように紡ぐと、寝転がっている少女の顔まであと数cmの所まで自分の顔を近付けて、わらった。それは裏表のない健やかな笑顔だった。



「ちょ、ちょっと、近いってばッ///それに変なコト思い出しちゃうじゃないッ!や、やめてよ……もう」


「でもま、オレサマが人間界に行ったら行ったで、スグに飽きちまうかもしれねぇな。おめぇみたいな強者ツワモノがゴロゴロいればそれはそれで楽しそうだが、そんなヤツにはそうそう出会えねぇだろ?よっこいせっと」


 スサノオは少女の抗議を受けたからか、少女の顔に何1つ触れる事無く自身の顔を離し、そのまま立ち上がっていった。

 少女としてはドキドキさせられた事が癪だった様子で、耳まで真っ赤にしながら「ばか」とだけ小さく小さく返していた。



「そっかぁ……。でもま、闘う事しか考えていないスサノオらしいわね」


「まったく、オレサマをなんだと思っていやがるんだか」


 スサノオは少女が意図せず口から漏らしていた、残念そうな声のところだけを聞こえないフリをして少女に手を差し出していった。

 少女はその手を取り立ち上がると、今度はちゃんと声に出し笑顔をせていた。



「ありがと、スサノオ」




「じゃあ、ここでお別れねッ!」


 あの草原での出来事から数日が経っていた。2人は特別何かを急いでいたワケではなかったので別れを惜しんでいるかのように、色々な事を語らいながらゆっくりと旅をして目的地へと向かっていたのだった。

 たかだか数日の旅の途中で、様々な事が起き2人の絆は深まっていったのだが、そこから関係が発展する事もなかったのでこれは余談でしかない。


 こうして2人は旅の目的地である、「高天原たかまがはら」に繋がるポータルの前に来る事が出来たのだった。



「やっぱりオレサマは「高天原たかまがはら」には帰らねぇ。暫くの間、「神界」のあっちこっちの国を回って武者修行でもするさ。「神界こっち」にゃまだまだ強えぇヤツがゴロゴロいそうだしな。それに飽きたら、人間界に行って、おめぇと手合わせすっから、それまでちゃあんと腕を磨いておけよ」


「うん、スサノオの性格ならそんなコト言う気がしてた。でも、アタシが1番最後なの?アタシはヒト種だから、そんなに長い事放置されると歳取って弱くなっちゃうかもよ?」


「なぁに、そしたら人間界でおめぇよりも強えぇヤツを探すだけだ」


「ホントに闘うコトばっかり……バカね」


 少女は正直な所、寂しかった。だがそれを悟られないように笑顔を作り皮肉まで付け加えて紡いでいく事しか出来なかった。



「えっ?///」


 それは突然の出来事であり、スサノオの想定外の行動に少女は驚きを隠せなかった。そして少女は動揺のあまり耳まで真っ赤にしながら、モジモジする事しか出来ないでいた。


 そんな想定外の行動……それはスサノオが優しく少女の事を抱き締めたのだった。



「ちょ、ちょッと、どうしたのよ一体?///」


「いやなぁに、おめぇがそんな寂しそうな顔をするモンだからよッ」


「さ、寂しい事なんて、あるワケがないじゃないッ!あ、アンタの方が、アタシと離れるのが寂しいんでしょ?」


「ははは、かもしんねぇな」


 スサノオは少女に対して紡ぎわらっていた。その顔はとてもいい笑顔だった。

 戦場での苛烈かれつな闘神の姿からは想像も出来ない程の笑顔に、少女は内心「どきッ」とさせられていた。更にはいつもなら皮肉を言えば突っ掛かって来るにも拘わらず、それに対して素直に返されたコトがなんか癪に障っていた。

 素直になり切れないのは少女自分の方であり、それがより一層癪に障らせたのだろう。



「なんで……よ。そんなのズルいじゃない」


 2人の間に沈黙の時間が流れ、少しばかり強くなった風が少女の髪を揺らしていく。

 目の前にあるポータルを利用する者は誰もいない為に、周囲には誰かの気配もなく2人はなんか気まずいまま、その場に立ち竦んでいたのだった。



「そ、それじゃあ、ここでお別れねッ!」


 少女は何かを吹っ切った様子で、とびっきりの笑顔をスサノオに贈った。別れを受け入れたスサノオは歩き出し、その背中を見送る少女は精一杯の皮肉を込めて「今までありがとう」と結んでいった。

 歩き始めたスサノオは背中が聞いた「ありがとう」に対して、少女に振り返る事はせず、ただ右手を挙げて応えていた。

 少女が見送ったその背中は、どこか哀愁を漂わせていたのだった。




 少女が「高天原たかまがはら」へと無事に到着した頃、「アースガルズ」に再び進軍を開始させていた連合軍は、オーディン主導の元に無事に「ヴァーラスキャールヴ」を陥落させる事が出来ていた。


 「神々の黄昏ラグナロク」を巻き起こした敵の軍勢は最後の一兵になるまで必死の抵抗を見せたが、最後には力を取り戻したオーディンのグングニルに因って、その生命の全てを狩り取られていき「神々の黄昏ラグナロク」は終結したのである。


 「ヴァーラスキャールヴ」を無事に陥落させ、自身の高座こうざである「フリズスキャールヴ」に落ち着いたオーディンは、「神々の黄昏ラグナロク」終結の余韻に浸る事無く、世界の隅々まで観測を始めていくのだった。


 オーディンが観測していたのは未だ「アースガルズ」に戻っていない「消えた神族ガディア達の行方」である。

 こうしてセック達首謀者らに因って捕らえられていた者達は順次観測され、「アースガルズ」からの軍勢はそれらの者達を救出しに向かう事になる。


 然しながらフレイを始めとするバルドルの軍に参陣させた者達の行方は、「フリズスキャールヴ」の観測に引っ掛かる事なくついぞ分からなかった。

 オーディンは「何故?」と顔をしかめていたが、神族ガディアは肉体が死んで魔石になったとしてもいずれは復活するので、帰って来るのを気長に待つ事にして今は、自分がすべき事を次々にこなしていくのだった。



 そんな中、オーディンが観測していく途中で、「高天原たかまがはら」にいる少女も観測する事が出来ていた。流石に「フリズスキャールヴ」では観測しか出来ず、話し掛ける事は不可能なのだが、それでもオーディンは感謝を少女に言いたかった。

 だから直接は伝えられない感謝をただただ漏らす事しか出来なかったのだった。



「今回は大変世話になった。お嬢さんの未来に大いなる祝福があらん事を」



-・-・-・-・-・-・-



「あぁ、「高天原たかまがはら」にやっと帰ってこれたわね」


「ママ、これからどこへ行くの?」


「アマテラスさまっていう、凄く偉い人に挨拶してから、人間界のアタシの屋敷に戻るつもりよ。アマテラスさまは凄く偉い神族ガディアだから、ちゃんと良い子にしててね。粗相そそうをしたら絶対にダメよ!」


「はーいッ!良い子にしてるね、ママ」


 フィオは少女に素直に返事をしており、少女はそんなフィオの頭を撫でていた。




「今回は真にありがとうございました」


 アマテラスの社に到着した少女は前と同じように「所作しょさ」を繰り返し、無事にアマテラスと対面する事が叶っていた。

 そして、社の中にアマテラスの放つ可憐な「うた」が響き渡っていく。



「あら?その子は……」


「あっ、この子は!」


「えぇ分かっています。大丈夫よ」

「大人しい良い子ね。


「あはははは」


「さて、この度は大層な働きぶり、真、感謝の意に堪えません。「神界」に住まう者として、あれを野放しにしておけばこの「高天原たかまがはら」の平穏も脅かされていた事でしょう」


「いえいえいえ、アタシの方こそ、スサノオに助けられてばっかりだったし、アタシ1人の働きじゃなくて、スサノオにサリエル、ヘルモーズといった仲間がいたからこそ為せた結果です。それに、アタシの力で迷惑を掛けてしまった人達もいるし……」


 アマテラスは純粋に感謝を少女に紡ぎ、少女は謙遜けんそんから一気に消沈していく。



「大丈夫。きっと何とかなります」


「アマテラスさま……」


「貴女が為さった事を悔いてはなりません。悔いればその行いはかげってしまいます。胸を張って、貴女が為さった事を誇りに思いなさい」


「――はいッ。分かりました、ありがとうございます」


 アマテラスの「詩」はそう結ばれた。全ての行いが「是」である神族ガディアとは違い、行い全てに「是非」が問われるヒト種である少女は未だ割り切れていない思いがあった。

 しかしその可憐な「詩」に少女は救われた気持ちで胸がいっぱいになり、一筋のしずくが溢れ落ちていったのである。




 少女がアマテラスの元を辞すと、そこには懐かしいタケミカヅチの顔があった。それはこの世界へと最初に案内してくれた懐かしい顔であり、タケミカヅチもまた少女の事を心配していたうちの1人だった。


 少女は自分の力で「神界」と「人間界」を行き来出来るが、「わざわざ力を使わなくてもポータルを使えばいい」と言われた事もあり、それに甘んじてタケミカヅチにポータルまで案内してもらう事にしたのである。

 まぁ、タケミカヅチとしては「少女の武勇伝を聞きたい!」という思いと、「スサノオが他国で何かを仕出かしてしまったのではないか?」という確認がしたかった事もある為に、詭弁をろうしたに過ぎない。




「タケミカヅチさん、ここまで案内して頂いて、ありがとうございました」


「短い時間では御座ったが、なかなか大層なご活躍を為されたようで楽しい武勇伝で御座った」


「それならば良かったです。それじゃあ、アマテラスさまにも宜しくお伝え下さい。タケミカヅチさんも、お元気で」


 少女は言の葉を結び、タケミカヅチは手を挙げて応えていた。少女はこうして晴れやかな気持ちでフィオと2人、今度こそ人間界へと帰って行ったのだった。



「また、どこかでお会い出来るのを楽しみにしておりますぞ」

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