第90話 カミサマノヨウソ

「なッ、何故だッ!何故だッ!何故だあぁぁぁぁぁッ!」

「何故だッ、何故だッ、何故だッ!何故、紛い物を断ち切れん!何故、本物が負けるッ!何故ッ?何故ッ?何故ッ!?」


 当然の事ながら喚いているのはその手にあったレーヴァテインを失ったセックだ。本物であり「勝利」をもたらすハズのレーヴァテインが自身の手から弾かれた事、そしてまがい物に撃ち勝てない本物に対して、ありとあらゆる疑問がセックの感情を支配していた。

 更には「何故?アタイが死の恐怖にさいなまれているのか?」と言う事もまた、セックの心を輪を掛けて乱していった。



「応え合わせが必要かしら?」


かちゃッ


 少女は創り上げたレーヴァテインの切っ先を、セックの首元に突き付けながら言の葉を紡いでいく。




 少女が魔術に拠って創り上げたこのレーヴァテインは紛い物では無い。至ってなのである。しかしそれでは語弊が生じるかもしれないので更に付け加えるならば、概念魔術のみでレーヴァテインを創造していたならば「贋作がんさく」に当て嵌まると言う事だ。

 拠って、少女が概念魔術にそれ以外の要素を付加して創り上げたので、正真正銘の本物と言う事が出来る。

 それは即ち、「少女が自身の腕でレーヴァテインを造ればそれは贋作であり、造られた贋作が本物と撃ち合えば勝てる道理は無い」と言う事になる。

 セックはこれについて言及しているのだ。だから、打ち負ける道理が分からないでいた。



 少女が行った「概念魔術」は、その剣を造った「本人=ロキ」に剣を「打たせる」事から始まった。そして打たせたその剣を、剣に認められてはいないが扱う事が出来る「仮の使い手=スルト」に剣を「使わせる行為」と言う概念を創り上げる事で帰結した。

 拠ってこれは、本物と同等以上の贋作の作成であったと言い換えられる。



 対するセックが持つレーヴァテインは、概念を少女に因って書き換えられており、それを本来の製作者以外の者が手を加えて直し、あまつさえ勝手に強化している。それによって、正当な「敗北の因果を断ち切る」という勝利の剣の由来にもなった概念強度カルマ・ファンタズムを貶めていた。

 これに更に付け加えると、使用者が本来の剣から認められた使用者ではないので、使用者が「紛い者」とも言えよう。



 レーヴァテインに認められた者は、使用者と管理者の2人だけしかいない。それが現しているのは、「フレイ」と「シンモラ」である。

 スルトは、シンモラから「譲渡」される事によって、使う事を許される仮の使用者であり、それらの事が全て加味された結果、贋作概念魔術本物神造兵器を超えたのである。


 言うなればセックの持つレーヴァテインを本物とするならば、少女が造ったレーヴァテインはレーヴァテイン・真打しんうち、またはシン・レーヴァテインとでも名付けられるだろう。

 要するに真打が、負ける道理など無いのである。



「そんな事……認めない……認めない、認めないッ」


ぎりッ


「来い!レーヴァテイン、アタイの元に!」


「させるワケがないでしょう?」


しゅぱんッ


 セックは最後の最後で、無駄な足掻きをしようとした。首元に切っ先を突き付けられたままで。

 少女は冷たく突き刺さるような言葉を冷酷な表情で紡ぐと、セックの頭は胴体とは泣き別れて床に転がっていった。その表情は口を開け目を見開いており、驚愕とも恐怖ともつかない様相だった。

 持ち主を失ったレーヴァテインはセックの元に向かう途中で床に転がり、「かららんッ」と音を立て沈黙していた。



「サリエル、大丈夫?」


「死守すると言っておきながら、酷い体たらくだったな」


「大丈夫よ、サリエルが身体を張ってくれたあの一瞬がなければ、間に合わなかったかもしれないもの。ありがとう」


「あはは、そう言ってもらえるだけで、不詳わたしは救われる」


 セックの圧と斬撃に因って弾き飛ばされていたサリエルは、その身体を壁に強く打ち付けられており、見た感じ重傷のていだった。少女はイズンから貰った「林檎クインスコード」をサリエルに渡すと、スサノオの元に向かう前にサリエルに紡いでいく。



「ちゃんと食べられる?」


「口移しで食べさせてくれれば、「愛」の力で最大限の効果が発揮出来る……だったか?」


「サリエル風に言うと、子供出来ちゃうけどね。にひッ」


「流石に、そなたの子供なら孕んでもいい気はするな。試してみるか?にやッ」


 少女はちょっと揶揄ってみたくなったのだが、サリエルは思ったよりも手強かった。だから屈託の無い笑顔を返すとそのままスサノオの元へと向かっていった。



「えっと、アンタは大丈夫そう……よね?」


 スサノオは肩口から出血をしており、身体中にレーヴァテインで斬られた傷が生々しく痛々しかった。だが、どの傷もそれ自体は深く無さそうだったので少女は念の為「林檎クインスコード」を渡す事にした。



「ほらッ。ちゃんと食べなさいよッ!」


「なんだ?功労者のオレサマには食べさせてくれてもいいんだぜ?」


「@#$%&*☆¥※〒ッ!?///」


「ん?誰もオレサマはなんて、ひとッ言も言ってねぇけど、おめぇなんで顔を赤くしてんだ?」


「くぁwせdrftgyふじこlpッ?!ちょ、ちょ、ちょ……なんでアンタが……ま、ま、まさかッ!」


「あ、ヤベッ」


ぼしゅうッ

 ばたッ


「あーあ、やっちまったな、こりゃ」


 少女はスサノオの一言で全て悟った。スサノオがちゃんと覚えていた事を知ってしまったのだ。そして「恥ずか死」の結果轟沈した。

 まぁ、ここはまだ敵の本拠地に変わりはないのだが、恥かしいものは恥かしいし、キャパオーバーしてオーバーヒートすれば、極度の緊張感から解放された今、少女例外ではない様子だった。



「本当に罪な男で、悪い神族ガディアだ」




「ここは……?」


「おぉ、主よ!やっと目覚められましたか?」


 連合軍の天幕の中でオーディンは目覚めた。そのオーディンのかたわらにはテュールを始め、ニョルズ、ヴァーリなど連合軍として「アースガルズ」を取り戻すべく闘い抜き、生き残った神族ガディア達が控えていた。

 そして、その誰しもがオーディンの目覚めを待ち望んでいたのだった。



 オーディンはその身に重傷を負い、一命こそ取り留めたものの、負った怪我は想像以上に深く、昏睡状態の為に意識は一向に戻る気配がなかった。

 いつ命数が尽きるとも分からない状態であり、戦線に出ない配下の神族ガディア達は一進一退の戦況にやきもきしていた。


 そんな時、セックを倒したと話す少女が1人で天幕を訪れたのだ。そして少女は事情を話した上でオーディンへの面会を求めたが、当然のようにオーディンへの面会が認められる事はなかった。

 だからと言って諦めるワケがない少女は、イズンから貰った「林檎クインスコード」を強引に受け取らせると連合軍の陣幕から外に出て姿を消していった。


 「林檎クインスコード」を渡された者はそれが「林檎クインスコード」だと分かるやいなや天幕の中へと駆け込んで行き、その後「林檎クインスコード」を持って来た少女を探したが見付ける事は出来なかった。



 斯くして少女達はオーディンの目覚めを見届ける事なく、ヘラの待つ「ヘスペリデス」へと帰る事にしたのである。

 ちなみに、ミョルニルはヘルモーズから教えてもらった方法で、サイズを小さくして終始スサノオに持たせていた。だが陣幕の中に入る際にスサノオが渋った為に返しそびれてしまったのである。

 まぁ、天幕に赴いた時に少女が持っていたとしても、無碍に扱われた事から返さなかった事は明白だったがこれは余談である。


 拠って「ミョルニルを返す」と言う目的は今回、完結コンプリートに至らなかったので、これが依頼クエストだったならば達成出来ずに失敗に終わったコトになる。

 返せなかったミョルニルはそのままヘルモーズに託され、後日「アースガルズ」に返還される事になるが、これもまた余談である。




「吾の生命、尽きる事は無かったか」

「ところで戦況は、どうなっている?「神々の黄昏ラグナロク」はどうなったのだ?」


 オーディンは横たわっているベッドの上から、周りにはべる者達に現況の確認を行っていくのだった。




 少女達が「ヘスペリデス」に着いた時にはもう、明け方近くになっており、東の空がうすぼんやりと明るくなり始めた頃だった。

 昼から夜、夜から昼へと虚ろうように変わっていくマジックアワー、そして明け方のブルーアワーからゴールデンアワーに変わっていく様相は文字通りこれから「アースガルズ」を明るく照らしていく事だろう。




「おかえりなさい」


 ヘラは「ヘスペリデス」へと近付いてくる少女達の気配を感じ取り、「ヘスペリデス」の門の所まで出迎えに出ていた。



「ただいま戻りました、ヘラ叔母様」


「良かった、本当に無事で良かった。ありがとう、本当にありがとう。無事に帰ってきてくれて」


 少女は出迎えてくれたヘラに対して、ピースサインを作りながら屈託の無い笑顔を向けていた。



 ヘラは目を潤ませながら少女の元へと歩みを進め、自分に対して笑いかけている少女を優しく抱き締めると少女の髪を濡らしていった。

 ヘラに抱き締められた少女は、ヘラの背中に手を回してヘラの胸元に顔をうずめ、その温もりを感じていた。




 少女達はこれ以上、「アースガルズ」の闘いに身を投じようとは思っていなかった。

 少女が気にしている事や気になっている事は幾つもあったのだが、これ以上、積極的に関わってはいけない気がしていたのだ。それ故に、「ヘスペリデス」にて休息を取り終えた後、少女とスサノオは共に闘ったサリエルに、そして世話になった管理者イズンとヘラに別れを告げ、「ヘスペリデス」を後にする事を決めた。

 ヘルモーズはバルドルの事で頭がいっぱいいっぱいな様子だった事から放置しておいた。少女としてはヘルモーズの性格からして湿っぽくなる気がしたから……という事もまた事実だった。



 サリエルは凄く残念そうな顔をしていたが、最後には笑顔で2人を見送っていた。少女は別れ際、使わなかった「林檎クインスコード」をイズンに返そうとしたが、イズンから「それはもう、あげた物なんだから持って帰って必要な時に使っていいよー」と言われたので、ありがたく貰っておく事にした。

 どうやらこの果実は腐りもしないし劣化もしないらしい。いつか必要になったら使わせて貰おうと考え、デバイスの中で眠らせる事にした少女だった。



 ヘラは凄く心配そうな表情をして少女を見詰めていた。「いつでも遊びにいらっしゃい」と言ってくれたヘラの優しさに少女は心を打たれたが、長々と紡ぐと別れが一層辛くなると思い「ありがとうございます、ヘラ叔母様」とだけ返すと空を見詰めていた。


 こうして別れを済ませた少女はスサノオと共に「ヘスペリデス」から一路「神界」へと戻っていったのである。

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