第83話 Alfheim lying down

 少女は割り切るのが上手な方だった。だから割り切った。それ故に術式の構築は思考回路と、アテナの加護ブレスにほっぽり投げて詠唱を始めたのだ。

 当然、少女の頭の隅ではブツクサと文句を言ってるのがいるが、知ったこっちゃない。

 大事な局面に於いて、大雑把過ぎる気がしないワケでもないが、今回の術式は既に「魔術」ではないのだから、のだった。



「我が手に集え、冬の瞬光しゅんこうよ。我が手に集え、秋の月下げっかよ。我が手に集え、夏の黒炎よ。我が手に集え、春の陽光ようこうよ」


 少女は今までに試した事のない法則で詠唱を紡いでいく。それは即ち、「逆転の因果」の概念付与に他ならない。



 魔術の属性には因果関係がある。火は水に、水は木に、木は土に、土は金に、金は火に、それぞれ「還る」のである。それは斥力と親和の関係とは違うものであり、構築の難しさはそこにあるとされる。

 故に魔術は発明とされているのだ。そして更に付け加えると、光と闇はそれぞれお互いに「還っていく性質」を持っており、元から共存させるのは難しいとされている。

 それは光の中に闇が、闇の中に光が存在出来ない事が根拠となっているからだ。




「我が手に集え、粗金あらかね金杯きんぱいよ。我が手に集え、土器からわけ杯土はいどよ。我が手に集え、空木うつぎ木霊こだまよ。我が手に集え、水脈みお手水ちょうずよ。我が手に集え、陰火いんか火光かぎろいよ」


 こうして5つの属性の因果を逆転させ、更には火から闇と光に還し詠唱は結ばれていった。


 これは少女が今まで試したことの無い、ぶっつけ本番の詠唱。「半神フィジクス半魔キャンセラー」の形態フォームになっていなければ、襲い来る斥力に因って少女の四肢は斬り裂かれげ落ち、肢体はズタズタに引き裂かれているであろう究極とも言い換えられる極大アルティメッ魔術ト・シリーズ

 現状に於いて、少女の身体には激痛が奔っているが、その程度で詠唱を中断させるワケにはいかないので、必死に耐え抜いた結果とも言える。


 拠って既に「魔法」の領域に達している「ことわり」を持った究極の魔術はこうして完成した。

 あとはマナをみ上げただけは足りない術式の全ての言の葉に、オドをあてれば完成するハズだった。



「くッ、足りない。編んだマナだけじゃ圧倒的に足りないのは分かってるけど、オドを限界まで注いでも足りないなんて……。くッそぉ。ここまで練ったのに、足りないなんてッ!でも……でもッ!それなら、オドをもっとべるまでよッ」

「お願いだから、足りて」


じゃきんッ


「デバイスオープン、マモンの魔石、ロキの魔石、剣に宿れ!」


「おや♪アナタですか?おやおや♫ワタクシを呼び出すとは。ワタクシを呼び出して、ワタクシの力を使わなければならない程とはねぇ。まぁ♪仇敵きゅうてきの力を使わなければならない程とはねぇ。まぁまぁ♫ワタクシに何をさせる気か知りませんが、アナタがワタクシを所持している以上、使われてあげますよ……」


 ロキは少女の中で言いたい事を言い放ち、一方的に言の葉を投げて消えていった。


 少女は神族ガディアの魔石からオドを奪うという暴挙に出る事にしたのだ。


 少女の母・ウェスタは前に言っていた。「神族ガディアの魔石はオドの増幅装置だ」と、魔族デモニアの魔石からはオドが奪えるが、神族ガディアの魔石について、その事には言及していなかった。

 だからこそ少女はその可能性に賭ける事にしたのだ。「もしダメならその時はその時」と割り切っていたとも言える。


 マモンとロキの魔石を宿した少女の愛剣は、その魔石からオドを吸い上げていく。どうやら、神族ガディアの魔石からでもオドを吸い上げる事は可能な様子だ。そして、吸い上げられたオドは少女へと急速に流れ込み、「魔法」を編み上げる栄養となっていく。

 いきあたりばったりの賭けだったが、どうやら成功した様子だ。



 少女の身体は相反する力の逆流で今も斬り裂かれ続けているので、止む事の無い痛みは全身を駆け巡っているが、身体は瞬時に傷のみの修復を繰り返していた。拠って時間が掛かれば掛かる程に痛みばかりが募っていく。これに耐えきれなくなって、組み上げた「魔法」の構築が制御出来なくなった時の事を考えると気が抜けない。

 魔石からオドを吸い上げていると言っても、まだオドが足りていないのは事実であって、満たすまでには時間が掛かるのは目に見えて分かっていた。

 それでも、スサノオが必死に作っている時を無駄にしないために、焦りながらも慎重に編み上げて行くのであった。



 そして一方では、「ぴしッ」と言う音が響く。それは小さな音で少女には届かない程の小さな小さな音だった。

 一度鳴ったその音は少しの時間も置かずに再び「ぴしッ」と音を立て、立て続けに「ぴしぴしッ」と鳴っていき、しまいにそれは連続した音となり弾けたのである。



「アナタが、ママ?」


「ま、ママぁ?えっ?えっ?どゆ事?えっ?」


 少女は突如として呼ばれた「ママ」と言う言の葉に危うく「魔法」の制御を暴走させるところだった。まぁ、誰とも付き合った事がなく、全くシた事が無いのに、「ママ」呼ばわりされれば驚くのも当たり前と言えば当たり前だ。

 それ故に危うく暴走させ掛けた「魔法」だったが、なんとかこらえると冷静に……そう、非常に冷静に振る舞って声の主に言の葉を紡ぐ事にしたのである。



「アタシを「ママ」と呼ぶアナタは、どこにいるの?」


「ママッ!ここだよ?ここにいるよ!」


ぽんッ


「アナタは、まさか?!もしかして……」


 少女の目の前に現れたのは、羽と一本の角が生えたウサギのような生き物であり、そのウサギモドキは少女の目の前で羽を羽ばたかせて飛んでいた。少女にはこのウサギモドキに心当たりが1つだけあり、恐らくそれで間違ってはいないだろうが、今はそれを確かめる余裕などなかった。


 そのウサギモドキは少女半神半魔の異形な姿に恐れる事もひるむこともせず、少女がやっている事をまじまじと見ていた。



「ママ、力を集めればいいの?」


「えぇ、そうよ。だから、ごめんね、あまり構ってあげられないの」


「そっかぁ。それじゃあ、ママのお手伝いをするッ!」


「えっ?!」


 ウサギモドキはと言った。少女としてはその事の本意がまったく意味が分からなかったが、そのウサギモドキが小さなその身の内に、急速にマナを集めて行くのが分かり、危うく再び制御を暴走させてしまうところだった。

 それくらい流石の少女もその光景には驚きを隠せなかったのである。



「集まったよ、ママ!」


ちょこんっ


「えっ、あ、ホントだ……凄い」


 ウサギモドキは「魔法」を発動させられるだけのマナを集め終えると、少女の肩の上に着地した。そして、自分の身の内に貯めたマナを少女に譲り渡し、こうして「魔法」への魔力の供給は整ったのである。



「ありがとう。頭を撫でてあげたいけど、今は手が塞がってるから、後でねッ!」


「わーいッ。ママに褒めてもらえたーッ。やったーッ」


 ウサギモドキの初めてのお手伝いは成功し、少女の肩の上で無邪気にはしゃいでいた。少女としては、「ママ」と呼ばれる事への抵抗が消えたワケではなかったが、それはそれとして置いておき、今は「魔法」を撃つタイミングを計る事に集中力を研ぎ澄ましていく。



 少女はスサノオの神速の剣舞に因ってフレイヤが粉微塵になるのを見届けた事で、今が好機チャンスと感じとったのである。まぁ、フレイヤが何を言ってスサノオをキレさせたのかまでは聞こえなかったが、取り敢えず今はそんな事を気にする必要はないだろう。

 それよりも、スサノオがキレたお陰で絶好の機会チャンスに恵まれたと受け取り、スサノオにすかさず声を掛けていった。



「お待たせッ、完成したわ。これで滅ぼせるハズよッ」


「お、おめぇ、なんだその、エラく凶暴な力の塊は?」


 スサノオはおびえるような目を少女に向けていた。少女が完成させた「魔法」が内包する力を瞬時に悟ったのだろう。無敵の闘神であっても正直恐れ慄く程の魔力の塊が、少女の手元にあるのだから。



「これが、完成したアタシのとっておきよッ!ちゃんとスサノオ」


「へっ、流石にありゃ、オレサマでも耐え切れねぇだろうからな、全力全開でそうさせてもらうッ」


 少女は愛剣を左手一本で持ち直すと、右手の人差し指をフレイヤに向けて照準を合わせていく。照準を合わせる手が震える。「魔法」が完成した事で、完全に相反する斥力は抑え込まれ、少女の身体を奔る痛みはもうないが、それでも大き過ぎる力にその四肢は震えを抑えきれない様子だった。



「くっ、力が大き過ぎて手足が震えて、マトが定まらない」


「ママ、大丈夫?」


「うん、大丈夫よ。ありがとう、心配してくれて」


 少女はウサギモドキの言葉に拠って、自分の四肢の震えが治まっていった気がしていた。こうして、人差し指の先に修復しつつあるフレイヤを見据え、少女は心の中で引き金を思いっきり引いていったのである。

 フレイヤは修復中で身動きが取れないままであり、その「魔法」を一身に浴びる事を宿命付けられたようなモノだった。



極大七色アルティメット虹之根本エターナルレスト!!!いっけぇぇぇぇぇぇええぇぇぇ!」

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