第70話 サキホコレヨニンフ

 スサノオは起きなかった。そして、少女とヘルモーズは何も出来ない状況にる瀬無い苛立いらだちを覚えていた。


 「ウトガルザ」の隠れ家に入ってから更に2日経ち、スサノオはそれでもまだ目覚める事をしなかった為に少女は焦りを募らせていたのだ。



「ねぇ、ところでさ、ヘルモーズさん」


「どうかされたか?」


「気になったんだけど、バルドル達ってここに、いつ来るの?」


 少女達が「ウトガルザ」に入ってからもう4日は経っている。歩兵が多い軍勢であったとしても道中で戦闘が起きなければ、ウトガルザに到着していても可怪しくはない日数だ。

 可能性があるとすれば、少女達が知らないうちに斥候が到着し、既に「ウトガルザ」が討たれた事を知って「アースガルズ」に撤退した可能性が残るが、それでいても敵国の首都を占領せず何もしないとは考えられない。



「確かに言われてみれば可怪しいですね」


「でしょ?「神界」の国同士の戦争に決まりがあってって言うならアタシは知らないコトだらけだけど、なんか引っ掛かるのよねぇ」


「それでしたら、もし宜しければバルドル兄上達が来るであろう道を、非才がこちらから出向き軍勢を導きたく思うがどうだろうか?」


「ここでってのはどうかと思うから、お願い出来るかしら?」


「承知した。それではこれより非才は、道を遡ってバルドル兄上達を案内して来よう」


 こうして隠れ家には少女とスサノオの2人きりが残る事になった。少女は「ウトガルザ」の街の中に誰もいない事を調べ終えると、「なんで誰もいないんだろ?」といぶかしみながらも、食料や医薬品などの「使える物」を各民家に押し入り探し回った。

 途中でふと、「魔界」で過去に起きた事を思い出したりもしたが、今は思案に頭を巡らせるよりも、少ないながらも物資を集める事を先決させたのだった。


 然しながらそれから更に数日が経ち、ヘルモーズも帰って来ないこの状況に、あからさまな「怪しさ」を覚えたのである。




「ねぇ、スサノオ?なんで貴方は起きないの?いつまで寝ているつもり?この、お寝坊さん」


すすすっ


 少女は口元を上げた妖艶ようえんな顔付きで、床に横たわるスサノオの顔を見ながら、その顔に指をわせていく。だが、スサノオからは何も反応が返って来る気配はない。

 もしもここで、スサノオが目を開けたら少女としては言い逃れが出来ないだろうが、そんな事を考える余裕がないくらい暇を弄んだ結果がコレだった。


 少女はスサノオに顔を近付け、スサノオの顔をまじまじと観察し自分の指でスサノオの顔をいじり倒して遊んでいた。何かしらの反応があれば、唐突に恥ずかしくなって止めるだろうが、何も反応がないのはむしろ、には充分だと言える。

 そして付け上がった結果、少女は普段恥ずかしくて出来ないようなコトを突然したくなったのだ。

 少女と言いながらも、もう既に年齢的には大人なのだが、やっと大人の階段を登りたくなった……と言い換えられるかもしれない。まぁ、実際の所はそれ以上何も出来ないくらいの、「恥ずかしがり屋」なので顔から下に触れる事は何一つとして出来ないのは言うまでもないだろう。




 隠れ家の周辺どころか「ウトガルザ」内にある、粗方あらかたの民家はあさり尽くし更には城内も物色した事から、隠れ家に物資は運び入れ終わっており、少ない部屋はパンパンに詰まっていた。

 それに少女の着れる服や下着もちゃっかり見繕って来ていた。なので、劇的に改善されたと言っていいだろう。

 なにしろ麻布が擦れてヒリヒリする事もなくなったし、開放感から来る恥ずかしさもなくなったのだから。



 さて、そこまで既に終わっている事から、昼間は特に何もやる事が無い。夜は睡眠時間に充てればいいだけなので、隣で安らかに寝ているスサノオを異性として意識さえしなければ何ら問題が起こることも無い。

 まぁ、異性として意識してしまうと、悶々としてしまうのでその場合は昼までぐっすり寝れるかもしれない。

 とは言っても、少女は今までの人生でそういった事について何一つ経験はなく、更には心に決めた人がいるのでそんな間違いは起こるハズもなかった。


 拠って昼までぐっすり寝ていられず、昼間の暇を潰す行為が「スサノオ遊び」だったのである。




 そして、それから更に2日ほど経ったある日、朝になると少女はスサノオの隣でいつも通りに目が覚めた。まぁ、見た目は添い寝であって、これ添い寝すらも最初は躊躇っていたが慣れとは怖いものである。

 その代わりに1つ大人の階段を登った気分だった。


 少女は寝ている時に夢を見ていたが、起きた時にはこれまたいつものように見ていた夢の内容を忘れてしまっていた。

 その夢は随分とリアルで、何かを訴えていた気がしたのだが忘れてしまった事はどうしようもない。



 スサノオは起きる気配がない。そしてヘルモーズも帰って来ていない。状況は何一つとして変わっていなかった。



「よしッ!」


パンッ


「気合いも入ったし、ちょっくら出掛けて来ますかッ!」

「それじゃあスサノオ、ちょっと行ってくるね。いい子でお留守番しててね。うふふ」


 こうして何かを吹っ切った少女はサークル魔術陣を展開し、「ウトガルザ」から姿を消していった。




しゅうんッ


「なんか久し振りに来たけど、あれ?」


 少女は「パルティア」にやって来ていた。「パルティア」の小さなピラミッドの前に少女はやって来たのだった。

 しかし何か前とは違う違和感を感じてもいた。



「汝よ、どうした?」


「ひゃうッ」

「あ、アフラかぁ。もうッ、驚かせないでよッ!口から心臓が出ちゃうかと思ったじゃない」


「ふむ、それは大変だ。アナーヒターを呼んでくるとしよう」


「うぇ?!いやいやいや、だ、大丈夫!大丈夫だからッ!今のはただの比喩表現みたいなモンよッ。それに驚かされなければそんなコトは起きないし、驚かされても、心臓は口から出ないからっ」


「そうなのか。だが驚かせるも何も突然、汝がやってきたのだぞ?」


「ま、まぁそうなんだけど」

「あ……れ?そう言えばここ「パルティア」で間違ってないわよね?」


「如何にも。ここは「パルティア」で相違ない」


「何か、前と見た目が変わってない?何か色鮮やかになったと言うか、何と言うか前はもっと、殺風景だった気が……」


かッつんかッつん


「それはな、色があった方が華やかだろうと、この街に住まう者達が色々と案を出し合った結果こうなったのだ。確かに土色の街は殺風景だったが、平和になれば華やぐというモノだ。ここより外に出れば、なお一層華やかに生まれ変わった「パルティア」の姿が見られるぞ?」


 少女の問いに解答をくれたのはエ・ラーダであり、アフラと少女の会話を聞き付け小さなピラミッドから出て来た様子だった。



「ところで、今日はどうしたのだ?此の我……いや我らに何か用か?」


「うん、ちょっとアフラに用があって」


「なんだ、それは残念だ」


「拙者に……用?」


「うん。アテナの時に……前にアフラから貰った薬がもう一度欲しいの。それが欲しくてここに来たの。ねぇ、また貰えないかしら?」


 少女は懇願こんがんするような視線をアフラに送っていた。その瞳は潤み、もう他に頼める者がいないと訴えている様子だった。



「何をそんなにをする必要がある?此の我らには大恩があるのだ、そなたの「頼み」を無碍むげにはしないさ。なぁ、アフラ殿?」


「それは勿論だ」


「だが、その前に何があった?他にも助けになる事があれば断りはしない。話してくれないか?」


 少女は2人の温かみに心を打たれながら事情を掻い摘んで話す事に決めた。本来ならば今回のゴタゴタと関係のない「パルティア」を巻き込んではいけないと感じていたし、スサノオの事がなければこの地に来るつもりもなかったからだ。


 だが予想に反して、その「事情」を聞いた2人は困惑している様子だった。いや、アフラはいつものポーカーフェイスに変わりはないので言葉のアヤだ。

 少女は2人が何故に「困った顔」をしているか分からなかったが、その「問い」は取り敢えず押さえ込んで話しを終えた。



 アフラは事情を理解した様子で1つの小瓶を少女の前に差し出した。それはアテナの時に貰った小瓶と同じモノで、少女の曇っていた表情は直ぐさま明るくなっていった。

 しかし少女の表情が明るくなった一方で、エ・ラーダは少女に1つ聞いたのだった。

 そしてその口から齎された質問に少女は声を失う事になる。



「そなたは「アースガルズ」が滅んだ事を知っているのか?」

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