第52話 ケツイトテアワセ

「こんな所にいたのか?探しちまったぜ」

「なッ!?くそッ!」


 不躾ぶしつけにもほどがあると思うが、窓を破壊して侵入して来た者は、乱暴に言葉を紡ぎながら少女の元へと近付いていった。しかし男は少女が今まさに、齧り付こうとしている骨付き肉を見るやいなや血相を変え、少女の手からそれを強引に奪い取ると放り投げたのだった。



「あ、アタシのお肉……」


「おいッ!一口でも、喰ったか?」


 男は少女の肩を掴んでガクガクと前後に揺らしながら、これまた乱雑に紡いでいく。

 少女は男の言っている意味が分からなかったが、既に自我を失っている少女は聞かれた事に対して何の疑問も抱かず、ただ従順に「まだ、何も」と呟いていた。

 拠って、この男が誰なのかも分かっていない。



「そうか、なら良かった。行くぞ、ほら立てッ!」


「あっ……」


 男は少女の手を引いて強引に椅子から立たせると、入って来た窓から出て行こうとしていた。少女は為すがままにされていたが、何も手を付けられなかった目の前のご馳走に対しては未練が少しだけ残っている様子だった。



「そうはさせないでありんすぇッ!ガングラティ、ガングレト止めておくんなまシ」


「「はっ」」


「ちぃッ、やっぱそうなるよな?だけど、こっちとしても命令されて来てるモンでなッ!多少、手荒な真似をしてでも、お前らにコイツをやるワケにゃ行かねぇんだよッ!」

わりぃが、コイツでちぃとばっかし遊んでてくれや」


しゃッ


八雲やくも立つ 八重垣やえがき作る 葡萄ぶどうの木」


 男は頭からを1つ取ると向かって来ている召使いの前に向かって投げ、床に落ちたかんざしは瞬く間に部屋の中にツルを張っていった。そしてそのまま部屋の中に枝を伸ばし根を盛り上がっていく。

 こうして、部屋全体を覆い尽くす植物の「壁」が造り上げられたのだった。



「よしッ、行くぞ!」


「え……あ……ご飯……ご飯」


「そんなモン、こっから出たらたらふく喰わせてやっから、とっとと来い!」


 こうして男は少女の手を更に引いて自分の方へと抱き寄せると、自分が壊した窓から外へと飛び出して悠々と逃亡していったのだった。



 男は少女の手を掴み、ひたすら走っていた。そして手を掴まれている少女は為されるがままに……、言われるままに付き従っている。

 要するに手を引く男が走っているから、少女もまた走っていただけだ。




「えぇい、何をシているでありんすッ!!早く追い掛けるでありんすッ!」


「「は、ははッ」」


 女主人の表情は醜く歪み、声にあった煌めきは跡形も失くなっていた。

 先程までとはまるで別人の様相と、怒声をもって召使い達を追い立てており、召使い達の表情はとても青褪めているのだった。



 男は少女を連れて暫く走った頃、追っ手が来ていない事を確認すると少女に声を掛けた。だが少女から返されて来る言の葉は、「えぇ」とか「うん」とか、「はい」とかで、男は頭を「ぽりぽり」掻きながら「仕方ぇなぁ」と呟いていた。

 拠って男は少女の頭を思いっ切りはたいたのだった。



「痛ッたいわねッ!何すんのよッ!」


「おぅ!やっと正気に戻ったようだな。重畳ちょうじょう重畳!!」


「あれ?ここは?それに、アンタ!何でこんなところに?」


「はぁ……。困ったヤツだな。まぁ話しは後だ。今はこっから逃げんのが先だ。行くぞッ!」


がしっ


「えっ?!ちょ、ちょっと、そんなに強く引っ張られると痛いってばッ!」


「捕まったら終わりなんだ、死ぬ気で走れ!」


「えっ?えぇ、ちょ、一体どうなってんのよ」


 少女からのクレームを無視して男は、より一層のこと少女の手を強く握ると引っ張り荒野を掛けていく。



「な、何よ?ちょっと……強引じゃない」


 少女は少しばかり顔を赤らめながら口を尖らせ、小さく小さく呟く事が今出来る精一杯で唯一の抵抗だった。




「さてと、ここまで来れば……って、やっぱり、そうは問屋とんやおろしちゃくれねぇってか?」


「げッ?何よあれ?まるで生ける屍リビングデッドの群れじゃない!アイツら一体何なの?」


「良く分かってるじゃねぇか。アイツらはこの世界の住人さ。アイツらが仮に地上に出られたら、そりゃあもう「生ける屍リビングデッド」と呼ばれるモンだから、大当たりだ」

「だがこの国……この「ヘルヘイム」じゃ、アイツらはこの国の女主人「ヘル」の召使いだろうがな」


「ヘル?」


「そう「ヘル」だ。北欧の死者の国を司る女主人ってヤツだ」


「確か、「ヘル」って……」


 ヘルの召使い達は地面から湧き出していた。言葉にならない言葉を発し、次から次へと湧き出してくるソイツらは、人間界で言うところの屍躯種ゾンビと呼ばれる魔獣と同じモノだそうだ。

 地面から湧き出て来ている召使い達は、湧き出る場所が逃げる2人に追い付いた様子で、2人の足元の地面も「ぼこぼこッ」と音を立て始めていた。



「しゃーねぇ、あんまり使いたくはねぇんだが、やるしかねぇか!」


しゃッ


 男は先程投げたかんざしとは違う1つの結櫛ゆいぐしを頭から抜くと、地面に向かって投げて言の葉を紡いでいく。



「八雲立つ その八重垣に たけのかわ


ザザザザザザザザザザッ


 結櫛は男の言葉に呼応し、姿を変えると地面から立て続けに無数の槍衾やりぶすまとなって現れ、一気に空へと向かって奔っていった。



「ほら、もっと早く走れ!じゃねぇと、オレサマ達も串刺しになっちまうぞ!」


「ちょ、そんなコト言ったって……。この道、走り辛いのよ!」


「だあぁぁ、もう、しゃあねぇなッ。よっこらせっと」


「えっ!?ちょ///ちょちょっ………って、アタシは荷物かぁッ!!」


 男はグダグダ言う少女を抱きかかえると、全力で走っていった。少女は一瞬だけ顔を赤らめたが、流石に肩に担がれればそんな感情は一瞬で失くなっていくのだった。



 地面から次々と生えてくる槍衾に召使い達は次々と穿つらぬかれていく。

 更には新たに這い出て来た者達もまた、その餌食となっていった。


 槍衾に穿かれ身体が千切れるモノ、そのまま刺し貫かれてジタバタしながらも追い掛けようと必死なモノ、屍躯種ゾンビと同じモノなら痛覚はないのかもしれない。だからこそ叫び声すら上がらないが、怨嗟にも似た唸り声は周囲に木霊し、カオスでシュールな絵面は地獄絵図のような光景を醸し出している。

 それは大の大人であってもトラウマになりそうな光景……とも言い換えられるかもしれない。


 だが、当事者2人はそんな光景に目もくれずに、戦線離脱していった。



 男はひたすらに、ひたすらに走った。そして肩に担がれた少女は、車酔いにも似た症状に悩まされていた。

 少女は我慢の限界を迎えそうになった頃、男に声を掛けて地面に下ろしてもらったのだが、その直後に背後に違和感を感じ取ったのだった。

 その違和感の正体は、紛れも無く「ヘル」が放っていたモノだ。



「そんな……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る