第45話 Balance monitoring

「主神よ!アレは一体何なのですか?」 / 「何卒なにとぞ我らをお救い下さい」 / 「我らに安息をお与え下さい」


 地鳴りと共に突如として現れた「蛇悪竜種アジ・ダハーカ」に因って、ピラミッド前は騒然となっていた。戦闘向きではない「エル・シーナ」の神族ガディアや、新参の神族ガディア達が騒いでおり、エ・ラーダを始めとして護衛の者達がその対応に追われている様子だった。




「アレはこの街に封印されている「蛇悪竜種アジ・ダハーカ」と呼ばれる魔獣であり、拙者の宿敵が生み出した、ありとあらゆる「悪の根源」である」


「「「貴様はッ!」」」


「この地の統治を汝らが行うのであれば、あの「蛇悪竜種アジ・ダハーカ」も背負うと言う事。例え今回、あの娘が倒したとしても、世界から「悪」が滅びぬ限り、必ずや再びこの地に現れる。汝らにあの「蛇悪竜種アジ・ダハーカ」を背負う覚悟はあるか?」


 アフラは光輪をその身に纏い、背より翼を生やしてピラミッドの直上から「エル・シーナ」に向かって紡いでいた。その言の葉を受けた「エル・シーナ」の面々は何も言えずにいる様子だった。

 それは偏に侵略した自分達への悔恨からなのか、それとも自分達が侵略者に成り下がったコトに対する罪の意識だったのかは定かではない。



「元々この地にいた神族ガディアだな?」


如何いかにも」


「此の我達にも、あの「蛇悪竜種アジ・ダハーカ」とやらを抑える事は出来るのか?」


蛇悪竜種アジ・ダハーカは「悪」を糧として産まれるモノ。故に汝らだけではそれは叶わぬだろう」

「しかし拙者等がそれは叶うやもしれぬ」


「そうか……。それならば先ずは、あの「蛇悪竜種アジ・ダハーカ」をどうにかする所から始めなければならぬな」


 エ・ラーダは覚悟を決めた表情になり、「エル・シーナ」の面々に向きを変えた。

 そして重たい口を開くと決意を紡いでいった。



「これより、此の我はあの「蛇悪竜種アジ・ダハーカ」討伐に向かう。強き者よ、此の我に従え!」


「「「「「おぅッ!」」」」」


だンだンッ


 エ・ラーダの決意は「エル・シーナ」の面々に響いていった様子だ。

拠って鼓舞され士気の上がった一同は雄叫びを上げ、地面を踏み鳴らし奮起ふんきしていく。



「ティシュトリヤ、アナーヒター、アープ、スラオシャ、皆を導き皆を護りなさい」


「「「「はっ」」」」


 アフラは自分の影となり付き従っている、残された「パルティア」の四柱に指示を出した。こうして、「エル・シーナ」との遺恨は一時的に水に流され、2つの勢力は共闘する事を決めたのである。




きィんキキぃん、ガキぃん


「全っっったく、硬いッたら!なんで出来てるのよ、この鱗!」


 少女は相手が巨大過ぎるので空中戦を挑んでいた。流石に地上戦闘では致命打を与えられないと踏んだからだ。迫り来る蛇悪竜種アジ・ダハーカの攻撃を躱し幾重にも剣撃を放つが、大剣グレートソードディオルゲートの斬れ味を以ってしても、その鱗に阻まれ弾かれてしまい傷1つ付ける事は叶わなかった。


 蛇悪竜種アジ・ダハーカは三頭から少女に向けて吐息アジブレスを放ち、少女はそれを躱しながら剣撃を入れていた。だが、お互いの攻撃はお互いに決定打にはなっていないと言えるだろう。

 少なくとも吐息アジブレスは決定打になるだろうが、なんてことはない。

 まぁ、貰った所で少女の身体はダメージを直ぐに回復してしまうので致命傷にはならないが、痛いものは痛いし、痛みを悦びに変えられる程にそんなドMでもない。



「仕方無い……か。このままり合っててもラチが明かないものね」

「我が愛剣よ、力を纏え!」


 少女の愛剣は「魔」と「神」の力を取り込んでいく。そして、眩いばかりに輝く白金プラチナ色の剣へと、その姿を変えていった。



「でえぇぇぇぇぇやあぁぁああぁぁぁ!」


がぎッ


「おんどりゃあぁぁぁぁぁぁぁッ!」


ざしゅッ


ギャオォォォォォォォ / ピギャアァァァァァアアァァ / ギョガァァァァァァ


「斬れたッ!って、なに……アレ?」


 少女は気合いと根性と雄叫びで見舞った渾身の一撃で、やっとこさ蛇悪竜種アジ・ダハーカにダメージを負わせる事に成功していた。斬り裂かれた、蛇悪竜種アジ・ダハーカは雄叫びとも唸り声ともつかない音を発しながら、のたうち回っているのだが、その光景は少女を驚愕させたのだった。


 斬り裂かれた蛇悪竜種アジ・ダハーカの身体からは無数の蛇の形をした魔獣、蛇悪幼竜種アジ・アサミチーナが湧き出て来たからだ。

 どうやら、無数に身体の中に幼体を飼っている為に重心が頭に無かったのかもしれないが、これは余談である。



「えぁ!?本気マジでッ?!傷から魔獣が湧くとかどんな身体の構造してるワケ?!えぇい、しゃーないわねッ」

「流石にアレが街に行っても困るから、てっとり早く消えてもらうに限るわね!業炎円陣フレイムサークル


 少女が放った炎陣フレイムサークルは悶え暴れている蛇悪竜種アジ・ダハーカを中心に生成された。そしてそれは湧き出てくる蛇悪幼竜種アジ・アサミチーナを瞬時に灰に変えていく。



「「蛇悪竜種アジ・ダハーカ」だけでも厄介なのに、あんな「蛇悪幼竜種アジ・アサミチーナ」まで相手に出来ますかっての!ってか、どんだけ身体の中に抱えているのよ…。アレが全ての成体になったら大変なコトになるわね……。ゾッとしちゃう。ぶるるっ」

「1匹でも逃がすと大変なコトになりそうだから……業炎円陣フレイムサークル×7マルチプライセブン!!」


 少女は7度に渡り炎陣フレイムサークルに拠る結界を張った。それは体内から溢れる蛇悪幼竜種アジ・アサミチーナを現れた途端に消し炭へと変え、未だに蛇悪竜種アジ・ダハーカ体力値VITをジワジワと削っていた。

 一度斬られただけでは致命打になっているとは思えなかったが、あれだけ硬い守りを持っていた理由は打たれ弱さにあったのかもしれない。

 一方で幸いな事に、炎陣フレイムサークルは煌々と炎を湛え、轟々と音を立てて燃やし尽くしているが、山肌に木々が1本も生えていない事は救いだった。

 流石に大規模な森林火災を巻き起こせば、必ず麓の街に被害が出るのは目に見えて明らかな事だ。



 蛇悪竜種アジ・ダハーカは、斬られた痛みと炎に焼かれる苦しみに、ところ構わず吐息アジブレスを吐き出していた。さっきまでは気にしていなかったが、どうやらその属性は複数の上位属性を有している様子だ。

 だから、吐息アジブレス同士がぶつかり合う事で引き起こされた斥力は、周囲を巻き込んで爆発を起こすばかりか、炎陣フレイムサークルに触れても爆発を起こしていく始末だった。



「もう、手が付けられないって感じだけど……、まぁこうなったモンはしゃーないわよね?アタシのせいじゃないわよ絶対ッ!」

「でも、これ以上状況が悪くならないうちにとっとと終わらせましょッ!」


 こんな事になるとは思ってもいなかった少女は、だいぶ面倒臭くなってきているのだろう。

 だから、とっておきを使って早期決着させる事に決めた。



「我が手に集え、赤き炎よ。我が手に集え、蒼き水よ。我が手に集え、翠緑の大樹よ。我が手に集え、鮮黄せんおうの大地よ。我が手に集え、金色なる果実よ。我が内なる全ての力よ、1つに混じりて我が敵を討たん」


「我が手に集いし大いなる力よ、空虚なる微睡みに揺蕩う力よ。全てを穿ち貫く一矢となれ!」


 少女の紡いだ詠唱はマナを編み上げていく。やはり数日前にゼウスに放った時と同じで、マナは従順にして急速に集まってくれた。

 こうして、極大まで高められた五大属性の力は1つに纏まり、少女の指先で一条の虹色の矢を形成していった。



極大五色アルティメット・ワン!!!!」


 少女は心の中でトリガーを弾き、矢は静かに流れていく。蛇悪竜種アジ・ダハーカに向かって。




「あ、あれは一体……、何なのだ?」 / 「あの凄まじい魔力は何だ?」


「騒ぐな!今はあの者は此の我らが味方だ。今こそ、好機ぞ!此の我と共に続けぇ!」


 少女の放つ極大魔術アルティメット・ワンを見た「エル・シーナ」の面々は、その強大な魔力に戦々恐々と動揺が奔り、戦戦慄慄と士気はみるみるうちに下がっていった。しかし「エル・シーナ」の軍勢は主神である、エ・ラーダの言葉で鼓舞されると下がった士気以上に膨れ上がっていく。

 これは天秤の概念ファンタスマゴリアを持つエ・ラーダの権能だったのかもしれない。



 こうして戦慄を好機チャンスに昇華させたエ・ラーダは、仲間達と共に山を一気呵成に駆け登っていったのだ。

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