第44話 テンビンノカンシ

 「テルース」に伝わる神話の一つに「天秤てんびんの監視者」という話しがある。

 それは、「惑星融合」前のテルースにあった大国の創造神話の一端であり、その国に伝わる伝説やお伽噺とぎばなし、権力者の正統性といった各種様々な話しなどを編纂へんさんし産まれた神話体系だった。



 その「神話」に拠れば……、とある所に一柱の神がおり、その神は外界げかいを見て人間達を常に監視しているのだ……と。また、空に揺蕩たゆたう星の運行にも関わり、数多あまた煌めく星々が「テルース」に衝突しないようにしているのだと。



 その神は天秤を持ち、時に監視している人間達を間引き、時に運行の妨げになる星々を間引いているのだ……と。

 「テルース」に於ける創造神話の創造神でこそ無いが、創造神に拠り生み出され、創造神から天秤を託された神であって、創造神に匹敵する権能と概念ファンタスマゴリアを有しているとされている。


 それが、主神、エ・ラーダである。




「貴方が、「エ・ラーダ」かしら?」


「如何にも。此の我が「エル・シーナ」の主神、エ・ラーダ。エ・ラーダ=アレクスロードである」


 エ・ラーダはピラミッドの階段をゆっくりと降りてきている。表情には自信が満ち溢れ、「カツカツ」と響く足音はそれを強調している様子だった。



 その神族ガディアは金色だった。何もかもが金色。これでもかと言う程に金ピカだ。成金趣味なのだろうか……それともただの派手好きの、どちらかかもしれない。

 長い髪の毛と、顔に宿る瞳は黄金色こがねいろに輝いている。身に纏っている鎧や頭に被っている冠、帯剣している長剣ロングソードは金色に煌めいている。

 そして、左手に持っている「天秤」も然りだ。

 その全てが金ピカで、その全てが天井から射し込む陽の光を反射していた。だから少女としては眩しくて仕方がない。

 別に財を成すコトが悪いとは言わないが、財ですら実用性を好み見せびらかすコトを善しとは考えていないので、その成金趣味全開の姿には相容れない何かを感じていた。

 更には土色モノトーンの街とは絶対に相反する外観であり、余りにも似つかわしくないのは気に入らなかった。



 だが、そんな事を思っていても挑発するならいざ知らず、現状では口に出す必要性を感じない為に、「話しがあるんだけど?」と紡いでいく。



「侵略者が話しとは……な。どこぞの誰かに頼まれたから、この神域を返して欲しいとでも言うのか?」


「残念ながら、アタシは「パルティア」を取り戻してくれと頼まれて来たワケじゃないのよ」


 少女はおどけるようなポーズを取っており「やれやれ」とでも言いたそうな表情で、エ・ラーダを挑発していた。

 それの意味するところは幾つもあるのだろう。



「ほう?それでは一体、何を目的とした「話し」がしたいと言うのか?」


「ここには「蛇悪竜種アジ・ダハーカ」と呼ばれるモノが眠っていて、貴方達がここを占拠したから、その「蛇悪竜種アジ・ダハーカ」が起きる可能性が高いらしいのよ」


蛇悪竜種アジ・ダハーカ?ほう?そんなモノがいると?」


「それの討伐にアタシは来たの。ちなみに「蛇悪竜種アジ・ダハーカ」が目覚めるまでの期限は、あと「遅くとも2日以内」だそうよ?そっちでどうにか出来るのかしら?」


 先程までの戯ける仕草はもう失くなっていた。少女は真剣な表情で、瞳に意志を込め言の葉を紡いでおり、その真剣さが窺える様子だった。



「アタシはその「蛇悪竜種アジ・ダハーカ」が討伐出来ればいいけど、貴方達がアタシに闘いを挑むなら、アタシは降り掛かる火の粉を払わないといけなくなっちゃうでしょ?だから、邪魔をしないでもらえるかしら?って言う「話し」がしたかったんだけど?分かってもらえたかしら?」


「うむ。此の我の「天秤」が動かぬと言う事は、嘘は言っておらぬようだな。良かろう。それならば、その「蛇悪竜種アジ・ダハーカ」とやらを討伐するまでの間、此の我の名で滞在を許可する。それで良いか、ヒト種の娘よ?」


「えぇ、それで構わないわ」


 少女はその言葉を以って半神フィジクス半魔キャンセラー形態フォームと戦闘態勢を解き、元の姿に戻っていった。




 少女が「エル・シーナ」の元に滞在している間、少女は特に「エル・シーナ」の神族ガディアに絡まれる事も無く、ちょっと良い感じの待遇だったと言える。

 大きい「ピラミッド」内の一部屋をてがわれ、食事が出来ると小さい「ピラミッド」の中に呼ばれ、エ・ラーダと共に食べた。エ・ラーダの周囲には護衛として少女と闘った3人の姿もあったが、禍根は無い様子だった。

 ちなみに食事の際にはエ・ラーダから少女に対して幾つも話題が振られていった。

 少女はその話しに対して普通に受け応え、エ・ラーダはその解答から少女の人となりを、それ相応の評価と共に感じ取っていたのだった。




 そんなこんなで「蛇悪竜種アジ・ダハーカ」の反応が現れたのは、少女が「エル・シーナ」の元に身を寄せてから2日後の昼間の事だ。それは唐突に地鳴りと共に現れたのである。

 現れた先は、大きな「ピラミッド」の裏手後方にある山の頂。そこに1匹の魔獣が現れたのだ。

 それは半身蛇種ラミアのように後脚の部分が尾と一体化して、蛇のように長い。しかし、半身蛇種ラミアとはまるで違う生物だ。サイズ感からして先ず違い過ぎている。

 その身体はと言える程までに巨大で、反射する光すら喰らい尽くしているのか、ツヤがなくて黒かった。

更には、その巨体に対してアンバランスに膨れ上がった巨大な三頭みつがしらを持っており、ツヤのない身体とは反して6つの瞳だけが赤の色彩を放っている。

 完全に全ての重心が頭にあるだろうと感じられる姿でありながら、頭を擡げても顔面着地しないのは何故なのだろうか……。

 少女は頭の中に「何も入ってないんじゃないか」と勝手に想像した上で、バカな妄想に浸るのをやめた。


 後ろ脚の無い「竜」は前脚2本で山肌を掴み、翼を広げ、土色モノトーンの街を睨み3つの頭から同時に雄叫びを上げている。

 その身体から発せられている力の波動は禍々しく、身の毛がよだつくらいおぞましいモノだった。



 地鳴りと共に嫌な予感に見舞われた少女は食べていた昼食を放り出し、「ピラミッド」の内部から飛び出して山の頂にいる「蛇悪竜種アジ・ダハーカ」を目撃したのだ。その直後、「蛇悪竜種アジ・ダハーカ」の直上にアフラの光輪が現れて、光輝を振り撒いていた。

 その光輝であっても、光を喰らい尽くす身体は反射すら許さない様子だった。



「あれが「アフラの知らせ」って事ね?」


かちゃ


「ブーツオン」


「あれが「蛇悪竜種アジ・ダハーカ」なのか?」


 エ・ラーダは少女を追い掛けて来ていた。突然血相を変えて昼食を放り出したから怒っている……というワケではなく、少女と同じモノを感じ取っていたからだろう。そして出て来た直後に既に臨戦態勢を整え終わらせ、空を舞っている少女に目掛け声を投げていった。

 あと少し遅ければその声は少女の背中が聞いていた事だろう。



「そのようね。アタシはアイツの討伐に向かうけど、この街に被害が出る可能性もあるから、それは、そっちで何とかしてもらえるかしら?」


「アイツがここまで来ればそれこそ街がなくなるだろう。だから街は気にせず存分に暴れるがいい」


 少女はその言の葉に何も重ねることなく、ただ微笑むと「蛇悪竜種アジ・ダハーカ」を目掛けて空を駆けていった。

 エ・ラーダは空を駆けていく少女の姿をその目で追い掛けていたが、その顔には悔しそうな表情を浮かべていた。



 少女は「蛇悪竜種アジ・ダハーカ」に迫る途中で「半神フィジクス半魔キャンセラー」の形態フォームにその身を変えていった。そして三頭を擡げて雄叫びを上げている、「蛇悪竜種アジ・ダハーカ」の前に躍り出たのである。

 「蛇悪竜種アジ・ダハーカ」は突如として自身の前に立ちはだかった異形の少女を「敵」と認識したらしく、三頭で睨み低く唸り声を上げていた。



「さぁ、とっとと倒されちゃってもらえるかしら?アタシにはやらなきゃいけないコトが、たっくさんあるの。アンタに構ってあげられる時間すら惜しいのよッ!」

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