第34話 トモニアルモノノネガイ

 これは次の日の早朝の事。

 朝早くに起きた少女はアテナに連れられて、アテナの神殿の最下層にある浴場へと足を運んでいた。


 アテナは浴場の入り口の扉を、「何があっても死守するように」と従者に厳命し、少女と共に中に入っていった。


 扉の先には脱衣所があり、二人はそこで装備品を全て外し、インナーや下着を全て脱ぎ、一糸いっしまとわぬ姿になると浴場へ入った。

 少女はアテナの裸をチラ見していたが、非常に自虐的になりかけたので見る事をやめた。



「うわぁ、凄い!」

「凄く幻想的!!まるで楽園みたいねッ!」


「はっはっは。そこまで褒めてもらえると恐縮だな」


 その浴場は地下にあり、採光用の窓も無い。だから暗く、その細部まではよく見えない。

 分かる範囲で言えば質素な造りの浴場だと言えるだろう。


 だが、それでは「楽園」と呼ぶには遠く及ばない。ただの「洞窟風呂」と言い換えても不自然はない。

 よってその真髄は、広い場内に浮かぶ凄く幻想的な光にある。少女は中に入るとその光景に、直ぐに感嘆の声を上げたのだ。



「ねぇ、アテナ、この光は何が光っているの?」

「凄く不思議ね。触ると感触のある光だなんて」


 少女はフワフワと浮かんでいる、色とりどりの光が当然の事だが気になった。だから指先でツンツンと突っつくが光は質量を持っているのか、その指に弾かれ辺りに余韻を残しながら漂っていく。



「それはジュベナイル精霊フェアリアの放つ光だ。この浴場は神聖な空間だからな、自然とジュベナイル精霊フェアリア達が集まって来るのだ」


ジュベナイル精霊フェアリア精霊族フェアリアの幼体ってコト?」


「あぁ、そうだ。さぁ、こっちにおいで。身体を洗ってあげよう」


「えっ!?/// ちょ、恥ずかしいわ///」


「ははは。知らないん仲じゃないんだ。それに、いとこ同士の親睦を深めるだけだ。さ、おいで」


 アテナは甲斐甲斐かいがいしく少女を洗っていった。途中で、少女の敏感な場所にアテナの指先が当たり、少女は甘い声を漏らしていた。

 少女としては凄く恥ずかしかったが、アテナの優しく繊細な指先遣いには抗えず、身を任せていく。



「よし!頭は洗い終わったぞ。どうだ?気持ち良かっただろう?」


「アテナさん、上手すぎぃ。トロけちゃいそうなくらい気持ち良かった」


「よしッ!次は身体も洗ってあげよう!」


「えっ!?ちょちょちょ、流石にそれは恥ずかしくて死んじゃう///」


「そうか?死なれては困る。なら、背中だけ流させてくれ!」


 そんなこんなで久々に、髪と身体を洗ってサッパリした少女は、浴槽に張られた湯の中にゆっくりと足をひたしていく。

 その指先でその温度を確認すると、そのまま湯の中に肢体したいを沈めていった。


 アテナも少女の後に湯に足を浸けると、「ちゃぷん」と言う音を立てて少女の横に座った。



「うわあぁぁぁぁぁ。生き返るうぅぅぅぅぅ。やっぱりお風呂っていいわねぇ~」


「そんなに喜んで貰えるなら、ウチとしても嬉しいものだな」


「ねぇ、アテナさん。さっき、ここは「神聖」な空間って言ってたけど、アタシが入って良かったの?まぁ、今更なんだけど……」


「なぁに、問題は無いさ。ここは祭事の前日にしか使われる事がない浴場だ。従って普段は使われる事もない。それに同性同士なんだから気構える必要もないさ」


「祭事の前日?」


「ここはウチが祭事の前に身を清める為の場所だから、今まではここにウチ以外が「入る事がなかった」だけの「神聖さ」って事だ」


「アテナさん専用の浴場かぁ。それはそれで羨ましいと言うかなんというか」


 アテナは笑顔で少女に対して言の葉を紡いでおり、やはりその顔は美しい。一糸纏わぬ姿であってもその表情は凛々りりしく、少女はそんなアテナの姿に見惚みほれてしまう程だった。



「まぁ、ジュベナイル精霊フェアリア達はウチから放たれている力に寄って来ているから、他の者がいれば少し驚いているかも知れん。でもそれは大した問題ではないさ」


「えっ?そうなの?アテナさんがご飯なの?」


「ぶっ。ははははは。ウチがご飯……か。まぁ、言い得て妙だな。確かにそうかもしれん。神族ガディア天使族エンジェリア精霊族フェアリアとは縁が深いからな。持ちつ持たれつと言うヤツだ」

「ところで、一緒に風呂に入った仲だ。改めて言ってもいいか?」


「改まってどうしたの?アテナ



-・-・-・-・-・-・-



「風呂?風呂に入りたかったのか?」


コクンっ


「今日はお祖父様じいさまのところで汗かいちゃったし臭いかなって」

「ひゃっ///」


 少女は顔を真っ赤にして、凄く恥ずかしそうに「モゴモゴ」と紡いでいた。

 アテナとしてはその姿が、とても思える程だった。


 だからアテナは少女に近付くと、その髪の毛をその手でき、手ですくい上げた髪に自分の鼻を近付けていった。

 少女は近寄ってくるアテナの顔に胸の鼓動が高鳴るだけでなく、「クンクン」と匂いを嗅いだアテナに対して耳まで真っ赤になっていく。



「ちょ、アテナさん……恥ずかしいってば///」


「別に臭くは無いぞ。むしろ良い香りがすると思うのだが?」


「ちょ、そんなコトっ/// でも……」


「分かった!それなら明日、起きたら風呂に入ろう。今日はこれから夜になる。そうなれば、誰かがのぞきに来るやも知れんからな」

「それで良ければ、朝入れるように準備をさせておこう。それでいいかな?」


「うんッ!ありがとうッ!!」


 少女は笑顔でアテナに紡ぎ、アテナは満足そうに微笑んでいた。それが昨日の「やりとり」であり、そして今に至るのだった。




「いや、そのなんだ。その「さん」付けは他人行儀な気がするのだ。だから、ウチのコトは……もっと気さくに呼んで欲しいと思っているのだが、ダメだろうか?」


「えっ?それじゃあ、アタシのコトを「貴女」って呼ぶのも他人行儀じゃない?アタシのコトを「アルレ」って呼んでくれるなら、アタシもアテナって呼ぶようにするけど、どうかしら?」


「あ、アルレ……」


「なぁに?アテナ」


「ふっふははははは。なんだか気恥ずかしいモノだな」


「えへへ。ホントね。うふふふふ」


 その後、アテナと少女は浴槽にかりながら、様々な「ガールズトーク」で盛り上がった。

 その結果、少しばかり長湯をしたが2人揃って湯から上がり浴場を後にした。



「ありがとう、アテナ。お陰でサッパリした」


「こちらこそ、ありがとう。実に有意義な時間だった」


 2人はそのままわらいながら声を交わしていく。それはまるで仲の良い姉妹のようであり、付き合いたてのカップルのようだと言えるかもしれない。

 まぁ、誰とも付き合ったコトがない2人なので、そんなコトは未経験だろうが。


 そんな他愛もない話しをしながら、2人は身体を拭きその肢体に装備を纏っていく。

 少女は着替えの下着が装備と共に置いてある事に驚いていたが、アテナは少女を見ると一度だけウインクをしていた。



「もう、ホントにありがと、アテナ」




 2人は浴場から少女の部屋に戻って来ていた。浴場から戻ってきた後、少女の部屋で2人揃って朝食を食べる事にしたからだ。

 少女にとって「神界」に来てから、初めて1凄く新鮮だった。



「アテナのお父様は最初にアタシが行こうとした「神殿」にいるって事でいいのよね?」


「あぁそうだ。父は昼間は基本的には「神殿」の中にいる。まぁ、女性を見付けるとコトもあるらしいが、本来は「神殿」の中だ」


「そう、分かったわ。ありがとう」


「これから行くのか?」


 アテナの言葉に、少女はアテナの目を見据えて頷いた。少女は緊張している様子で、その表情は強張こわばっている。

 しかしながら少女の瞳には強固な「意志」が宿っており、アテナは「なんとかなりそう」な予感を感じ取っていたのだった。


 ちなみに……少女が浴場から持って帰ってきた下着は、どうするか悩ましかったので、取り敢えず机の引き出しに仕舞っておく事にしたと言うのは余談である。




「それじゃあ、頑張ってな」


「ありがとう、行ってきます!」


 アテナは少女を神殿の入り口まで見送った。少女はブーツに火をともすと宙を舞うように空を駆けていく。



神族ガディアのそれとは違う、奇妙な飛翔方法に変わりは無いが、その姿は相変わらず美しいな」




 少女は一際大きな神殿の入り口の前に着地すると、そのまま中に入っていく。入り口には扉も無く、「御自由にお入り下さい」と言われているような気がしたからだ。

 まぁ、勝手な解釈には違いないだろう。



 穢れのない真っ白な神殿内には装飾や窓は一切無く、廊下には柱と柱に接合している真っ黒な燭台しょくだいがあるばかりで、基調としてはモノトーンな世界。

 唯一とも言える色彩を示しているのは、燭台の上にあるロウソクが赤々と炎を灯している情景だけだ。そして、その赤がモノトーンの世界に色彩を強烈にアピールしていた。



 少女は歩速を均一にして歩き、長い長いモノトーンの世界を歩いていく。すれ違う者は誰一人としていなかった。

 そしてその世界の終着点に、一際異様に大きな空間が広がっているのが視界に入って来ていた。

 その空間の奥の方には階段が見えている。更に付け加えると、階段には紅い絨毯じゅうたんが引かれており、その階段の上の玉座に一人の男が座っていた。



 この空間の中にいたのは、その男のみ。周りには誰一人として気配は無い。

 言い換えるならば、勇者の襲来を単身玉座で待つ魔王……とでも言えるような情景だった。

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