第32話 エイリナルヤイバト

「あら貴女、ヒト種ね?こんなところでどうしたの?」


 微笑んでいる綺麗な女性がそこにいた。いな、この世界で少女が出会う女神達は一様に綺麗なワケで、喩えるならば「綺麗の綺麗による綺麗の為のインフレ」が起きている。

 そろそろスーパーを通り越してハイパーインフレーションが起きるんじゃないかってくらいに、綺麗で美人な女神が多い。そしてそんな中でも、この女性は慈愛に満ちていた。

 更には真ん中に一本しんの入った美しさをかもし出している。

 しかしそんな美しい顔から齎される笑顔は実に可愛らしかった。



 長くツヤがあり輝く黒髪を束ね、その髪を肩から垂らしている。瞳の色は芽吹いた若葉の色に似ていた。

 上から纏っているシースルーのショールから透けて見える肌は、そんな髪の色とは対象的で透き通るほどに白かった。着ている服はドレスだろう。

 胸元は開かれておらず、若葉色をした至ってシンプルなエンパイアラインのデザインだ。


 座っているせいもあって身長は分からないが、凄く姿勢がよく目を見て話してくるので、綺麗な女性に見詰められた少女は自分が恥ずかしくなる思いだった。



 ちなみに、さっきの2人の会話な於いては、だ。




「アタシは、アタシのお祖母様ばあさまに会いにここに来ました」

「えっと、その……」


 少女の紡ぐ言の葉は、二人の女神の美しさに負けてしまい、いつもの調子が出ていない様子だ。



「お祖母様?貴女は一体、誰の子なの?」

「ヒト種の娘を持つ子供なんていたかしら?」


 少女はその言葉に、言葉を詰まらせていた。何故ならば母親の正確な名を



「アタシの母様は今、幽閉されていて……。そこから助け出す為に、ヘラ叔母様から、「大地の塔」に行き承認を貰えと言われたのです。それでアタシの「いとこ」のアテナから、ここにアタシのお祖母様がいるから、会ってから行けと……」


 母親の名前を知らない少女は、苦し紛れに、その言の葉に拠ってのだった。



「そう、なら、貴女の「お祖母様」は、わっちでは無くて、こっちよ」


「えっ?あたい?まぁ、ヘラがアンタの叔母で、アテナがいとこなら、あたいで確かにその通りだわさ。でもヒト種の孫かぁ。あの子がヒト種と交わってたなんてねぇ。まったくもって予想外だわさ」


「交わるって、卑猥な表現をするものではないわ。まったくデリカシーがないんだから。はぁ」


 慈愛に満ちた女性は少女の前に、その場にいたもう1人の女性を差し出していった。



 もう1人の女神。その女神はヘラ同様に凛とした意思をその目に宿しており、髪は短く小麦色に輝き魅惑的な色気がある。瞳の色は若葉色よりも色味の強い萌黄色だ。

 顔立ちはやはり整っているから、これまた美人な事に違いはない。

 肌の色が褐色な事もあるので、エスニック美人と表現出来るかもしれない。頭には白いシースルーのベールを被っており、そのベールの白さが対照的な肌の色を映えさせていた。


 着ている服はシースドレスのようだが、左脚に腰まで延びる大胆なスリットが入っている。

 少女は下着が見えそうなくらいのスリットに、見ている自分が恥ずかしくなる思いだった。


 しかし、こちらの女神は慈愛に満ちた女神とは違って姿勢は宜しくなかった。椅子を跨いで座り、椅子の背もたれに頬杖を付いている。椅子の背もたれに浅く腰掛けている、慈愛に満ちた女神とは真逆と言えるだろう。

 更には大胆なスリットから伸びる脚が独特な色気を出しているものの、当の本人は気にしていない様子だ。



「で?アンタが、あたいの孫?」


「えっと、お名前を伺ってもいいですか?」


「あたいの名前はレアだわさ。レア・レイアー・パイン。で、アンタはヒト種であってる…よな?」


 少女の耳に聞こえたその「名」は、大地の塔に幽閉されているであろう一柱ひとはしらの「神族ガディア」の妻の「名」で間違いないだろう。しかしそうすると、もう1人の女神の事が気になる少女だった。



「そうしたら、そちらの女神様の名前は?」


「貴女はもう、知ってるハズよ?」


「するともしかして、ガイアさんですか?」


「うふふふ」


 少女の問いに対して慈愛の女神は微笑みだけで返答していた。


 少女はガイアとレアの二人に、事情と自身の身の上を話す事にした。あまり長い時間を掛ける事も出来ないので多少、2人の女神は少女が紡ぐ言の葉を聞き、その内容を理解してくれた様子だった。

 それに拠って2人の女神は少女の事を認め、少女の力になる事を確約してくれた。



 その証として、ガイアは少女の左頬にレアは少女の右頬にキスをし、「加護ブレス」を与えたのだった。少女は綺麗な2人の女神からのキス加護を受けて、心臓が破裂する思いであった。

 しかし、顔に出さないように、かもし出していた。


 そんな初々しい様子の少女に対して2人の女神は微笑みを崩す事は無かった。



 少女は2人から「加護ブレス」を貰うと礼を述べて、祠を後にした。2人の女神は去っていく少女に対して、微笑みながら手を振って見送っていた。




「ここ数日、この地のマナが賑わっていたのは、あのが来たからなのかもね」


「少しはあの娘の力で「バカ共」が反省してくれればいいのだわさ」


「相変わらず口が悪いわね、レア。もっとお淑やかにしていた方が貴女は魅力的なのに……」


 ガイアはレアに対して、なんとも言えない表情で生温かい目を向けながら返していた。そして、少女が出ていった祠の入り口の方を見詰め直して呟いていた。



「ガイア・ゲー・テルセウスの名に於いて、あの娘に祝福を……」




「ここが「大地の塔」ね」

「でもまぁ、なんて言うか、先に「天空の塔」を見てしまってからだと、うーん、なんて言うか…………しょぼい?ふふふ」


 少女は塔の前に立ち、塔を見上げていた。だが、天まで貫く「天空の塔」程の高さはそこにはない。

 せいぜいが10階建てのビル程度の高さだ。



「アテナの「加護ブレス」から貰った情報だと、ここは、地道に下から上がって行くしか方法は無さそうだけど、中には…やっぱりたくさんいそうよね」


“そうだな。1フロアに100匹以上はいるだろう”


「えっと、蛇足種ギガスだっけ?人間界にいない魔獣だから、使い魔ファミリアにするのもアリかな?討伐難易度は聞いた限りだとAランクくらいだから魔犬種ガルム達より強そうだし、きっと半身蛇種ラミアみたいな感じよね?半身蛇種ラミアは魔術も使えるからたくさん蛇足種ギガス使い魔ファミリアにして魔術支援させるってのもアリかなぁ?」


“盛り上がっているところ悪いが、オススメはしないぞ”


「えっ?そうなの?魔術支援を受けられれば魔獣討伐が凄くラクになるんだけどな」


“まぁ、それでも手元においておきたいと願うのであれば止めはしない”


「じゃ、乗り込むとしますか!」


ぎいぃぃぃぃぃ


ギィヤアァァァァァ


ばたんっ


「@#$%&*☆¥※〒$&@☆#※$*〒!??!!!ッ///」

「なななななななな、ナニアレ?/// ナニアレ?なんでなんでなんで?///」


“だから言っただろう?オススメはしないと”


 少女は武器を構えると扉を開け、塔の中へと入っていったのだが、少女の元に大挙として「蛇足種ギガス」達が向かって来たのだ。




 蛇足種ギガスは上半身が人間、両脚の膝から下がそれぞれ蛇になっている。要するに2匹の蛇を脚としているだけだ。

 そして魔獣であり、をしている。

 そして、オスの魔獣だ。お分かりだろうか?メスではなくオスなのだ。だからこそ倫理的にどうかと思うので説明はしない。

 まぁ、メスならともかくオスなので説明したくない。



 だからこそ「半身蛇種ラミア」をイメージしていた少女は、その出来損ないのような、あられもないモノを見させられて大変にトチ狂ったのだ。

 それはもう、半狂乱といってもいいだろう。


 しかしこの魔獣、「「神」や「神の力」では決して殺す事が出来ない」と言う「因果カルマ・エフェクト」を持っていたりするので意外と侮れない。


 よって少女は一回締めた扉を再び開ける前に、深く深呼吸をして落ち着きを取り戻し、自身の大剣グレートソードに「魔」の力を宿して準備を整えていった。



 そこから先は狂気の殺戮だった。塔の中に再び乱入して来た闖入者に因って、蛇足種ギガス達の悲鳴が、断末魔の叫びが次々と塔を包み込んでいくのだった。



「あはははははははッ!そんないきり立った粗末なモノを見せ付けられる身にもなりなさいッ!もう、死んじゃえ死んじゃえ死にたくなりなさいッ!あはははははははッ!」


 蛇足種ギガス達の断末魔の叫び以上に、少女の絶叫が塔の内部に響いていた。まぁ、まともな精神のままでは流石に辛かったと思うので、そこは許してあげて下さい。


 それはともかく、従魔アニマ・コン契約トラクトゥスは見送られる事になったのは言うまでもないだろう。




 後にこの殺戮衝動に対して少女は、「服を着ないで、おっ立てながら見せびらかしているのが悪い」とふくれっ面で言っていたとかいなかったとか……。




 「強行突破」をすると決めた少女の行動は迅速だった。少女はルート上にいる蛇足種ギガスだけを愛剣で斬り結び、最上階の1つ下の階まで一気に駆け上がっていったのだ。


 しかしながら、「狩りハント残しから挟み撃ちにされるとマズい」と考えた少女は、駆け上がって来た階段を闇属性魔術「闇の鎖テネブリス・カテナ」を張り巡らせて封鎖した。その上でその階のみは、隅々まで殲滅する事にしたのだった。


 何故ならば、そこで少し休もうと思ったのだ。見たくもないモノを見させられて精神的にもかなりキていたし、落ち着きを取り戻した上で最上階に上がりたかったのだ。

 だからその階の隅々まで殲滅した後で少し休んでいた。


 そして、最上階へと足を踏み入れるべく歩を進めていった。



「ひい祖父じい様の場所と同じね」

「ここは建物の中のハズなのに、ここの天井も「宇宙」繋がっているのかしら?でも、それにしては、姿アタシはよく生きていられるわね」


“ここは「天空の塔」とは違う。だから宇宙とも繋がっていない。空間が歪んでいるのはこの塔の主の力のせいであり、ただ歪んでいるだけで繋がっていないからヒト種であろうと死ぬことはない”


 そんな解答がアテナの加護ブレスから得られた。まぁ、分からないが、アストラル体にならずに済むのであればそれに越した事はないだろう。


 ちなみに床の色こそ「天空の塔」とは違うが、そこの空間は「天空の塔」の最上階を思い出させる空間だった。


 次元の歪みが幾重にも重なり合って、空間すらも歪んで見える。

 天井には広大な宇宙が広がっており、その宇宙すらも歪んでいるかのような光景だ。

 ただ、この空間には壁がある。その点だけが「天空の塔」と一線をかくす「仕様」な気がしていた少女だった。



 少女はその空間を歩いていった。そして、一人の男を見付けたのだ。



「へんッ!よく来たな、乃公オレ住処すみかへ。乃公オレがここの主、クロノス。クロノス・ハルパー・サートゥリアだ」


「貴方が祖父じい様なの?」


 クロノスは少女に対して重圧を放っていた。喩えるならその重圧は、荒々しく猛々しい暴風直下の海にいるような「圧」だ。

 簡単に言えば生命知らずと言えるだろう。しかし少女はそんな重圧に対して必死に耐え、言の葉を紡いでいった。



「アタシの母様が幽閉されている塔に入って助ける為に、貴方の承認が欲しくてアタシはここに来たの。アタシに承認を頂けないかしら?」


「へんッ!「承認」だと?乃公オレはバカ息子にここに幽閉され、詰まらねぇんだ。レアもここには近寄んねぇ。ここに閉じ込められて幾星霜いくせいそう。ただただいとまを持て余すだけの日々だ。そんな乃公オレたのしませろ!そうしたら、その「承認」とやらをくれてやんぜ!」

「バカ息子が塔の中に放ったザコ共に屈せずここまで来れたんだ、それなりに力はあんだろ?」


「それは思い出させないで……お願いだから」


 クロノスはその長い髪を振り乱し、まるで駄々っ子がわめいているようにしか少女の瞳には映ってはいなかった。然しながらその「駄々っ子」から発せられている「重圧」は、少女の口の端を非常に重くさせていた。



「何をしろと言うの?アタシに貴方を愉しませられるのかしら?言っとくけどヤらしいコトは全力でお断りよ?」


「へんッ!乃公オレはバカ息子と違ってオンナなら誰でもいいってワケじゃあねぇ。まっ、そうだな、それじゃあ先ずは乃公オレと遊べッ!」


だっ

だんッ


「で、デカいッ!」


 クロノスは左右の手それぞれに大鎌を持ち、大きく跳び上がると少女の前に着地した。

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