第28話 リカイシャノコウドウ

「昨夜はよく眠れたようだな?」

「特に何も起きなかったようで何よりだ!」


 少女は朝になり、自然と普通に目が覚めた。


 少女が目覚めるとタイミングよく使いの者が部屋に入って来て、朝食をこれまた自然と運び入れていた。


 今朝はコーヒーは朝食の中に入ってなかった。昨日は別に頼んだからだろうか?

 まぁでも、無いなら無いでそれは別に構わなかった。


 朝食を食べ終わり、少しまったりしていた頃にアテナは部屋に入って来た。その顔はやはり美しかった。



「えぇ、お陰様で。ありがとう、アテナさん。ところで何をしたの?」


「ノックの音がすると言ってたからな、音に拠る結界を張っておいただけだ。不快な音が掻き消えるように」


「そんな事も出来るんだ?魔術なの?」


「ん?魔術?いや、神族ガディアは魔術は使えないぞ?魔術は魔族デモニア魔術の体現化マギア・ファンタズマで創り上げたモノだろう?」


「えっ?確かにそれは魔族デモニア専用だけど、魔術は全てが魔術の体現化マギア・ファンタズマではないわよ?魔術特性があればどんな種族でも使えるハズだわ?」


「ほう?それは興味深いな!じっくりと聞きたいモノだ!」


「時間があればいいけど、叔母様はもう来るのかしら?途中で話しの腰が折れちゃうのはイヤだからなぁ」


「流石に叔母上が来る時間までは流石に分からない。でもまぁ、その時はまた続きを後日聞かせてくれても構わないぞ?」



 そんなこんなでしばらくの間、部屋の中で2人は談笑していた。それは、いとこ同士だからなのか、女性同士だからなのか、それとも闘う者同士だからなのかは分からない。

 しかし、話しは弾み時間は過ぎていった。




「あら?貴女達、随分と仲が宜しいのだわ?」


「「!?」」


 2人は突然声を掛けられ驚いて顔を向けた。すると扉の前に一人の背の高い女性がりんとして立っていたのだった。話しに夢中になるあまり気付かなかったのだ。

 だから余計に焦ったとも言い換えられる。



 その女性は深紅のドレスを身にまとい、黒いショールを羽織っている。手にはドレスの色と同じ輝石の付いた玉杖ぎょくじょうを持っていた。

 髪はツヤがある赤み掛かった金色で、束ねて上げられ後ろで一つにスッキリと纏まっている。目鼻立ちは整っていて眼光は鋭く、その瞳はエメラルドグリーンに輝いていた。

 一見すると気が凄く強そうな感じがするが、独特な口調からその雰囲気が和らいでいる感じがしなくもない。

 これがギャップ萌えと言うヤツだろうか?いや、そもそもその前にこの場にいる誰も、「萌え」てはいない。



「叔母上!」


「こ、この人が?」

「は、ハジメマシテ」


 アテナは声に反応し、振り返ると片膝を付きこうべれ、少女は立ち上がると上目遣いに頭を下げていった。



「よくぞここまで来て下さったのだわ。アテクシはこの国の女神ヘラ。ヘラ・ガメイラ・ピーファウル。貴女の叔母にあたるのだわ」


 ヘラと名乗った女神は少女を見据え言の葉を投げていくが、やはり違和感に耐えない少女だった。


 その声は「うた」のような響きを持っている。それは情熱的な舞曲ボレロを彷彿とさせながら、苛烈かれつ輪舞曲ロンドをも想起させる。そんな、荒々しく猛々たけだけしいこえだった。

 だが。



「あぁ、貴女はよく似ているのだわ。顔や魂の在り方…。ちょっと此方こちらに来て欲しいのだわ?」


「は、はいっ」


きゅっ


「えっ!? /// あっ、いい匂い……」


 ヘラのいざないに従い、少女はヘラに近付いていく。そしてヘラは自分の愛娘まなむすめを抱き締めるように、少女の事を優しく抱き締めていった。



「あのコは幸せの全てをなげうって、女のよろこびまで犠牲にして、世界の守護者となる事を選んだというのに、あの唐変木とうへんぼくは怒り狂って姉を幽閉してしまったのだわ」


「母様……」


 ヘラは少女を抱き締めたまま、頭を撫でていた。少女は為すがままヘラの胸に抱かれ、可愛らしい子猫のようにその胸元にうずまっていた。だが、少女としては何故かイライラしなかったのだった。

 何故かはご想像にお任せするとしよう。


 少女は途中で、ヘラの抱き締める力が多少強くなった気がしていたが、特段苦しいと言う事もなかった。

 それ以前にヘラから発せられている香りは、少女の事をとても心地良くさせていた。



「ヘラ叔母様、お話しを聞かせてもらってもいいのかしら?」


「その前にアテナ!座る場所がないのだわ?」


 ヘラはその気が済むまで少女の事を抱き締め、頭を撫で回していた。少女はヘラの気が済むまで撫で回されていたので髪の毛はくしゃくしゃだったが、特に気にしていなかった。

 しかしヘラは少女がベッドに座り、アテナが椅子に座っていることから座る場所がないコトを気にした様子だった。


 アテナは急遽使いの者を呼び付け、質素な部屋には似つかわしくない豪華なソファが用意された。

 ソファが来た事でただでさえ狭い部屋が、更に狭くなったコトは、気にしてはいけない。



「それじゃ改めて……。アタシの母様はどこに幽閉されているんです?」


「あのコは唐変木とうへんぼくに因って、最奥さいおうの神殿の中に立つ「星屑ほしくずの塔」の最上階に幽閉されているのだわ」


「星屑の塔?」


 ヘラは憎々しげに少女に「うた」を紡いでいく。少女はその「詩」を聞きながら、「きっと「唐変木」とは「ゼウス」の事なんだろうなぁ?」と考えていた。



「その塔に入るにはどうすれば?その塔に行くまでが大変そうではあるけど…」


ちらっ


「そうね、それは簡単ではないのだわ」

「そして星屑の塔に入るには「三柱みつはしらの承認」が必要なのだわ」


「三柱の承認?」


「「オリュンポス」は現在の唐変木で3代目。その3代の王の承認があってやっと塔の中に立ち入る事が可能となるのだわ」


「そうすると、曾祖父そうそふと祖父、後、叔父から承認を得るって事になるのかしら?」


「えぇ、そうね。頭の回転が速いコは好きなのだわ」


「でも、その承認ってどうすれば?」


 ヘラは微笑ほほえみを作り、少女に向けていた。少女はその微笑ほほえみも「詩」同様に、とても心地良かったが質問の返答はもらえなかった。



「先ずは、ここから西にある「天空の塔」に貴女の曾祖父がいるのだわ。ただ、道中で唐変木から悪さが入るかもしれないから、貴女に加護ブレス護衛ギフトを付けておいてあげるのだわ」


加護ブレス護衛ギフト?」


「ちょっとアテクシの横に来るのだわ?」


ちょこん


ちゅッ


「ひゃうッ///」


 少女はヘラの横に座った。そして次の瞬間、少女のおでこにヘラの柔らかい唇が触れたのだった。


 少女はヘラの行動に対して驚きの余り可愛らしい悲鳴を上げ、アテナはその光景を微笑ましく思い「くすッ」と微笑いながら見ていた。



「貴女、空を行くコトは可能なのだわ?」


「えぇ、モチロンッ」


「それならば、天空の塔には空から向かうと良いのだわ」


「はい、分かりまし…でも、アタシ、場所が……」


「大丈夫なのだわ。アテナ、悪いけど、このコの道先案内をお願い出来るのだわ?」


「分かりました、叔母上」


 突然自分に向けられた言の葉にアテナは驚きの表情を見せていた。だがその返答にヘラは微笑んでいた。



「くれぐれも、唐変木におかされるような事があってはならないのだわ?そうなったらアテクシは、いくら貴女でもから細心の注意を払うのだわ」


ぶるるっ


 ヘラは最後に「詩」を残し部屋を後にしていった。少女は最後の瞬間にヘラが見せた凶悪な視線に、身震いをする思いだった。

 だからこそ、心に固く誓った。



「絶対に襲われないようにしないと……」




 アテナは少女を連れて神殿を出ると、権能の力に拠って自分の姿をふくろうに変化させた。

 少女は勿論、ブーツに火を点した。



 少女とアテナは空を行くその道中で、再び様々な声を交わしていった。話題は尽きるコトがなかったが、楽しい時間は経つのが早いモノだ。そして数時間が経過した頃、2人の前に地上から天にまで延びる「塔」が見えて来たのだった。

 それはあまりにも高過ぎて頂上付近は霞んでおり、確認する事も出来なかった。

 恐らく、人類の叡智を結集しても到底造る事は叶わないだろう。



ごくりっ


「あれが?」


「そうだ。あれが叔母上が話していた「天空の塔」だ」


「ここから先へは、貴女が一人で行くんだ。ウチは一緒には付いて行く事が出来ない。だから、ウチも貴女に「加護ブレス」を授けておこう。きっと役に立つハズだ」


がしっ


ちゅっ


「へぁっ?!」


 アテナは背中に梟の翼を生やしたの姿に変化した。そして少女の手を取ると、手の甲にアテナのキレイな顔が近付き、ぷるっとツヤのある唇が触れた。


 少女は先にヘラで経験していた事もあって、今度は驚きはしなかったがドキマギしていた。更に背中を一本指でなぞられたようなゾワゾワ感が身体を奔っていく。

 ちょっとでも気を抜けば声が漏れそうだったが、流石にそれは恥ずかしかったので全力で抑えていた。



「それではな。無事に「塔」から出て来れる事を祈っている。そして塔から出て来たら、ウチの名を呼ぶと良い。そうすればウチは迎えに来よう」


 アテナはそれだけを言い残して、来た方向へと飛び去って行った。



「無事に塔から出られる?ここって、そんなに危ないところなのっ?えっ?ちょ、ホント?」

「って、もう遅いか。取り敢えず行くとしまっ!?えっ?なにこれ?声が聞こえる……」



 少女は「塔」の下から入らずにそのまま「塔」の壁面に沿って上昇していた。それは、アテナがくれた「加護ブレス」がそう告げていたからであり、少女は純粋にそれに従っただけだ。



-・-・-・-・-・-・-



 アテナは知恵、芸術、戦略といった事を司る女神である。少女はその「加護ブレス」をアテナから与えられ、その「知恵」に拠って「塔」の中の様子を知ったのだった。



“塔の下層には一眼巨人種キュクロプス百腕巨人種ヘカトンケイルといった、人間界には棲息していない魔獣がおり侵入を拒んでいる”


「えっ?」


“中層には、犬の頭に蛇の髪の毛を持ち、背中に蝙蝠の羽を生やした殺戮妖精種エリニュスといった魔獣がいる”


「えぇっ?!」


“上層には、一見すると普通の人に見えるがその中には混沌が広がっていて不死性を持つ混沌妖精種メリアスといった魔獣がいる”


「はあぁぁぁぁ」

「えっと、それだと討伐難易度は余裕で古龍種Sランク超えそうよね?そんなのがいるって、無理ゲー過ぎない?」


“安全に行くのであれば外壁に沿って昇る事を推奨する”

“最上階に今回の目的の者がいるが、そこへは塔の中からは「


「あれ?そうなの?それじゃ、塔の中には……?って、そんなコトはまぁいっか!アタシの目的はそれじゃないしね!」

「まぁ、凄っごく気になるのは事実だけど、今は……あぁ、ちょっとだけちょっとだけだから、教えて?」


“…………”


「分かりました分かりました。行きます行きますよぉッ!」


 最上階には塔の外から行くしか方法は無かった。そして例え空から行ったとしても、大気の無い最上階へは物理的に到達出来無いとも告げられた。

 だけれども、空から行くしか方法がないのであれば仕方がない。


 だからこそ、少女は塔の外側からブーツで行ける所まで行く事にしたのだ。



 どれ程駆けただろう。どれ程飛んでも頂上は一向に見えて来ない。大気はどんどん薄くなり、マテリアル体の少女は大分息苦しさを感じるようになっていた。



「アタシくらいじゃないかな?人生で何回もこんな超高高度までブーツで駆けてるのなんて」

「でも、よくよく考えると「神界」って地球にあるってのがよく分かるわね。だけどそうなると「魔界」がどこにあるのか凄く気になるけど」


“知りたいか?”


「うぅん、今はいいや。それよりも、このまま空を駆け続けるのは無理よ?アタシ、ヒト種だから流石に呼吸出来ないと死んでしまうわよ?」


“内に秘めている力を解放すれば到達出来る”


「えっ?それって「惑星ほし御子みこ」の力を言ってるの?でも、その力はアタシは使えないわ」


“内に秘める力とその力は別物だ。神と魔の力は元から備わっている力だ。それを解放すればヒト種であっても到達出来る”


「えっ?そうだったの?!そんなッ……!」


 少女は言われるがままに「魔」と「神」の力を解放していく。そしてそれは凄く久し振りであり、そんな「力」の存在を忘れていたのも事実だった。

 何故ならば、その「力」を「惑星の御子」の力だと勘違いしていたからであり、その結果、その力を意図的に封印していたからである。



 一方でアテナの「加護ブレス」に拠って、その力が「惑星ほし御子みこ」の力ではない事を知った少女は衝撃を受けていた。

 何故なら人間界で今までに受けた依頼クエストのうち、その力を使えばラクに完結コンプリート出来た依頼クエストが多々あったからである。

 要するに無駄に苦労をしていたコトが深く悲しかったのだ。



 だが、過ぎたコトはどうしようもないので気を取り直し、意図的に封印していた「封」を開き少女は力を解放するに至る。



 久し振りに解放された少女の「半神フィジクス半魔キャンセラーの力」は大気を震わせ、「神界」をも震わせ惑星そのものをも震わせていた。

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