第23話 名無し
「 親愛なる姪へ
突然の手紙で驚かれていると思います。さらに、貴女には自覚が無い事だと思いますが、貴女は
貴女の母親は今も尚、健在です。ですが、貴女の母親は兄であり弟の
母親の拘束を解くには貴女の力が必要です。
使いの者と、
貴女の母親は
どうか助けてあげて下さい。
叔母より 」
「うーん、何だろ、コレ?母様が生きてるって、どう言うコトなんだろう?でも、死んだ父様が
「ってか、そもそも、兄であり弟とか、姉であり妹とか意味分かんないんだけど?」
少女は実はあの後、笑い転げていた。屋敷に帰ろうと思ったが込み上げて来る「笑いたい欲求」に耐え兼ね、文字通り転がってゲラゲラしていた。
しかし笑い疲れるとサクッと屋敷に戻り、部屋に入ると封書を机の上にポイッと放り投げ、そのままベッドにゴロンッと倒れ込んで眠りに落ちていった。
だから渡された封書を開けたのは起きてからだ。朝になり寝ぼけ
然しながら、その封筒の可愛らしさとは裏腹に、重た過ぎる内容に対して正直なところ迷っていた。
そして、迷っている最中に部屋の扉がノックされたのだった。
こんこん
「どうぞー、開いてるわよ」
「その、師匠、失礼します」
「あぁ、ハロルドか、どうしたの?何かあった?」
「いえ、そうではなくて、師匠。助けて頂いたばかりでなく、部屋を貸して頂き住むことを許可してもらった事、誠に有り難う御座います」
きょとん
「律儀ねぇ。でも、そんな事はどうでもいいのよ。ただ、ハロルドには言わないといけない事があるから、そっちを先ず伝えておくわね」
少女はハロルドの「お礼」を「そんな事」とバッサリ切り捨てると、昨夜「魔界」で魔王ディグラスと話した内容を簡易的に伝えていく。
その内容に対してハロルドの返答は、「
「あと、アタシはこれから
「た・だ・し、この屋敷から外に出る事は禁止よッ!何かしら必要な物があれば、執事の爺や、メイドのサラやレミに言ってくれれば一通りは揃うと思うから遠慮無く言ってね」
「師匠、それは構いませんが、外に出てはいけない理由があるのですか?」
「そう、あるの!だからダメ!詳しいコトを説明するのはめんど…じゃなかった、だからとにかく、気になるなら後で爺に聞いてみて」
「わ、分かりました」
「あと、ハロルドの装備は爺に言っておくから、ちゃんと用意してくれると思うわ。だから、装備が整ったら鍛錬をしてなさい。爺はハロルド以上に「型」を使えるし、ハロルドなんか足元にも及ばないくらい強いから、色々と闘い方を教えて貰うといいわ」
「はい、分かりました。ところで、師匠と執事殿、どちらが強いのですか?」
「それはモチロン、アタシに決まってるでしょ?」
ハロルドの顔は希望に満ちた顔付きになっていた。更に昔の出会ったばかりの頃とはだいぶ違っていて、より一層、精悍な顔付きになっていたのは目に見えて分かった。
ハロルドにはルミネのコトを話しておかなければならないのは分かっているが、それは神奈川国のトップシークレットに関わるコトでもある為に正直なところ悩ましかった。
しかし、探しに行かれても困るので「さわりの部分」くらいは伝える事にしたのだった。
「ルミネには
「それのせいでルミネ自身あんまり自由が無いかも知れないけど、そして何をしてもらっているのかは詳しくは話せないけど、とても重要な事なの。だから察してね」
少女は当たり障りの無い事だけをハロルドに伝えた上で、「察しろ」と言った。便利な言葉だが、ハロルドは「察しろ」と言われた時の少女の表情が「深く追求するな」と言ってるように思えたし、追求した場合はボコボコにされるのが目に見えていたので、黙って頷くだけに留めていた。
少女としてはハロルドはルミネの関係者だから話しても良いような気がしていたが、公安からすれば部外者である事に変わりはない。
よって、仕方の無い事と割り切るしかなかった。
「でもま、ハロルドは男なんだから、暫く会えなくても耐えなさいねッ!」
「はいッ!ルミネ様がご無事なら安心して待ちます!」
「宜しい!じゃ、ハロルド、皆を紹介するから付いてきて」
少女はハロルドを伴って階下に降りていく。すると爺を見付けたので改めてハロルドを紹介したのだった。
ハロルドはハキハキとした態度で爺に挨拶し、「これから
そんなハロルドの姿は爺に好印象を齎した様子で「厳しく教えますのでちゃんと付いて来て下さいね」と爺は言っていた。
ハロルドの事はサラとレミにも改めて紹介したが、特にサラは凄くモジモジしており、いつもの快活さはどこ吹く風だった。レミはいつも通りに、誰に対しても同じ「気さくな様子」でハロルドにも接していた。
そんなこんなで屋敷内でのハロルド関係の処理を終えると少女は、爺を自室に招き、思い出したように手紙の話しを始めたのだった。
「爺、この手紙、どう思う?」
「拝読させて頂きます」
「ふむ、旦那様と奥様の事に関しまして、当方が触れて良い事なのか分かり兼ねますが、もう既に旦那様の事をお嬢様はご存知で御座いますし、奥様の事を、お話しても良いのかもしれませんね」
爺は観念したような表情を作ると言の葉を紡いでいく。
「奥様は神界の、さる
「母様って
「えぇ。そしてお2人が結婚され、産まれたのがお嬢様で御座います。ですが、お嬢様がお産まれになった事により奥様のご兄弟達は激怒され、奥様は「神界」に連れ戻されてしまったので御座います」
「母様は亡くなったワケではなかったのね……」
「お嬢様…」
「お嬢様は「神界」に行かれるお積もりですか?」
爺は一呼吸置いてから言葉を結んだ。その表情はなんとも言えない表情で辛そうな感じさえしていた。
「まぁ、そうね。行きたい行きたくないはアタシの意思とは別物みたいよ?ねぇ?」
「ッ!?」
「気付いていたのか?」
少女は爺の後にいる1つの影に向かって言の葉を投げていった。
そこにいたのは先日、少女の前に現れた
爺はその気配に最初から全く気付いておらず、少女に言われて初めて気付いた様子だった。
だからその顔には「驚いた」と書いてあったかもしれない。
「えぇ、まぁ、気付くわよ。でもってそうしたら、アタシはマテリアル体のまま、「神界」に行く事になるのかしら?それとも、アストラル体の方が良かったりするの?」
「神界に於いてはマテリアル体であっても特に問題は無い。好きな身体で来ればいい」
「そう、なんかそれ、変な表現ね?でもま、それならこのまま行くわ!」
「そうと決まれば、これからいくって事でいいのかしら?あぁ、そうだわ!貴方の名前を聞いてなかったわね?道先案内してくれる貴方の名前、聞いておいてもいいかしら?」
「この姿に名は無い」
「そう、じゃあ、名無しさんね?ならとっとと行きましょ!」
「と、言うワケで爺、暫く「神界」に行って来るから、後の事を色々とお願いねッ!マムやギルマスから何か連絡が来たら、そっちの対応もお願い出来るかしら?」
「かしこまりました。お嬢様、行ってらっしゃいませ」
少女は爺の方を向き、笑顔で言の葉を紡いでいた。爺は何故か少しだけ残念そうな表情をしていたが、それ以外は顔に出さずに少女を見送る事にした様子だった。
「じゃ、お願いね、道先案内人さん」
「付いて来い」
道先案内人である希薄な男は、ポータルを開き中に入っていく。少女もその後に付いてポータルの中へと入っていった。
少女がポータルに入ると光の余韻を残し静かに消えて行き、少女の自室には爺が一人だけ残されていた。
季節は夏を間近に控え、空模様は日ごとにコロコロと変わる。そんなジメジメとした雨が多い季節を迎えている。
ここ最近は雨が少なく暑い日が続いていたが、明日からは前線が下がって来る様子だ。
だから天気が大きく崩れるかもしれない。
空には今、でしゃばりな積乱雲が大手を振っており、部屋の窓から見上げる空には太陽の姿は無い。
もしかしたら、夏でもないのに夏の雨が降りそうな気配すら感じさせる雲だった。
春との別れを惜しみ、大泣きしたいのかもしれない。
爺は太陽の見えない空を見詰めながら、天に祈りを捧げる事しか出来なかった。
「お嬢様、どうかご無事で」
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