酒造の錬金術師

第32話 錬金術師同士の交流の影響

「今度は西と北の隣国、それに隣国を隔てた大陸中央の各国からも要請が来ています」

「またか!未成年ということで追い返せ!」


 南の大陸の錬金術師により、ベルゲングリーン王国に彗星のように現れた新たな錬金薬師の力量が露見すると、錬金薬師に直に会って事の真偽を確かめようとする隣国の使者がひっきりなしに訪れるようになっていた。

 薄々気がついていたが、メリアスフィール・フォーリーフの錬金術師としての力量は、他国が存在を秘匿している錬金術師のそれを大きく凌駕する。そう、他国の錬金術師は弟子となって間もないライル・フォーリーフにすら遠く及ばないのだ。


「薬師として大人しくしてくれていれば・・・」


 してくれていればどうだというのだ?あれほどの発明、工業技術向上、優れた料理やお菓子の数々をなかったことにした機会損失はどれほどのものかわからない宰相ではなかった。

 それに、本業の薬師としての働きを怠けているわけではない。むしろこれ以上ない働きだ。もはやベルゲングリーン王家はそう簡単に死ねなくなった。やまいで死の淵を彷徨っていようと、両手両足をもがれようと、最高品質のポーションで全快するのだ。戦争で欠損を負った貴族やその子息たちも欠損を回復した上で全快していた。中級ポーションを豊富に備蓄した我が国の騎士団は不死騎士団として如何なる無謀な死地からも生還してみせるだろう。

 これで加護持ちでなかったら、フォーリーフの知識伝承を巡って各国で争奪戦争が起きていたところだ。


「非公式接触にも気をつけさせないといけませんね」

「だが南大陸との貿易拡大と国内物流拡大に乗じてあれだけ大商いをされるとな」


 あれだけの錬金薬師としての才を示しておきながら、大店おおだなと組んで暴力的なまでにうまいカレー、コーヒー、チョコレートの3点セットを強化された物流に乗せて国内にばら撒くなど、どういう商才をしている。計上されてくる納税額の規模を思うと、組んだ商会の会頭は笑いが止まるまい。結局、メリアスフィール・フォーリーフの頭の中にあることを実現していくことが、これ以上ない成功の秘訣なのだ。止め難い。


「宰相!つぎは神聖国から聖女認定を絡めた訪問要請が!」

「却下だ!十五歳になるまで全て未成年を理由にして突き返せ!」


 まったくと、未成年という口実が通用しなくなる二年後を思うと、今から頭が痛くなる宰相だった。


 ◇


「やっぱりお前の錬金術、おかしかったんだな」

「失礼ね、普通よ!」


 科学知識を必要とするものはともかく、付与強度は少なくとも前世では普通だったはず。どういうわけか、基礎訓練が足りていないようだわ。数が少なくなって大事にされるうちに弱体化していき、その弱い精神の波長を受け継いで、さらに次世代が弱くなっていくという負のスパイラルを辿ったのかもしれない。


「国内にまだいるならライル君と同じように騎士団で鍛えてもらえればいいのよ」

「いや、それはやめておいたほうがいいだろう」


 メリアと波長が合うような者でもなければぶっ倒れて死ぬかもしれないじゃないか。そう常識的な意見をいうブレイズさんに自信満々に言い放つ。


「大丈夫よ!中級ポーションを飲ませればすぐ回復するわ!」

「・・・なるほど」


 ばたん、ゴクゴク、シャキーン!ばたん、ゴクゴク、シャキーン・・・というループがブレイズの脳内でリピート再生される。とんでもないスパルタ訓練方法だが、精神こころさえ折れなければ問題ないかと判断するブレイズもまた、脳が筋肉でできていた。


「参考までに上申しておく」


 こうして錬金薬師がいる限り続けられる後進の錬金術師達の過酷な訓練メニューのベースが出来上がった。


 ◇


 エリザベートは南の大陸からもたらされたチョコレートという甘味の量産工場を視察していた。メリアの研究室からお土産として持ち帰ったチョコレートのお菓子を母である王妃に渡したところ、確実に入手できる体制を整えるように指示されたからだが、聞けば既に量産体制にあるという。


「凄まじいな」


 焙煎されたカカオ豆が自動的に皮を剥かれ、石臼で擦り潰され、砂糖と共に適温でかき混ぜられていく様子に舌を巻いていた。てっきり大量の人員で作っているのかと思えば、蒸気機関を使用した大型機械を使って、ごく少人数で量産されていた。出来上がったチョコレートのサンプルをいくつか食べてみると、品質のばらつきが恐ろしく少ない。少ない人手でも確実かつ大量に供給する意志のすごみを感じた。

 一体、メリアスフィール・フォーリーフの頭の中はどうなっているのか。これが甘味ではなく主食であれば、どれほどの生産性になるだろう。これほどの大仕掛けを小麦や大麦ではなく、真っ先に嗜好品であるチョコレートでやってしまうところに彼女らしさを感じて思わず笑ってしまう。


「いかがでしょうか」

「ああ、問題ない。ご苦労だった」


 査察を受け入れた説明員に礼を言って王宮に戻り、チョコレートの生産性に全く問題なく、順調に量産されていることを母に報告すると、エリザベートは農産物の納税を管理する部署に向かった。


「これほどの機械を甘味のみで終わらせる道理はあるまい」


 また、エリザベートの起案による改革が推進されようとしていた。


 ◇


「スクリュープロペラ式の蒸気船の竣工はいつになりそうだ」

「メリアの嬢ちゃんのガントチャートによると来月の四日だな」


 一時期パンク状態になったメリアは、全体の進み具合や負担が集中している工程がわかるよう、錬金術が関わるものについてはガントチャートを作成してテッドに渡していた。


「なるほど、うちが15日までに鋳造を終わらせて、ギッドのとこで並列で組み上げた蒸気ユニットが13日にできて、メリアちゃんの魔石を受け取って15日から半月ちょっとで組み上げるわけか」

「そうだな、嬢ちゃんのところは余裕をみて二日取ってるから大丈夫だろう」


 王家御用達の紋所をもらっちまって一時はどうなることかと思ったが、嬢ちゃんは管理も、いや、管理の方が本業みたいに多数の工房が入り混じった複雑な工程を整理しちまった。おかげで、蒸気船みたいな大規模な開発も最速と参加工房全員が自負できる短期間で終わってしまった。


「しかしテッドよぉ、錬金薬師殿の頭の中は一体どうなってんだ?」

「そりゃ・・・食い物のことで一杯だろ」


 そう言って、先日作ったチョコレートの量産機械の図面を放って見せた。


「蒸気船建造というプロジェクトが完了したら、スクリュープロペラ式の蒸気船でカカオ豆を南大陸から大量輸入して、その機械でチョコレートを大量生産して国内で売りさばくのが嬢ちゃんのプロジェクトだろ」


 ゲイツが飲んでいたコーヒーを吹き出した。


「嘘だろ!あの板チョコに関係あると知れたら出来るまで帰ってくるなって女房に言われちまうぞ」


 職人を集めた打ち合わせでお土産に配られた板状のチョコレート。あれを持ち帰った時の女房の反応はやばかったと当時を思い返すゲイツ。あれ以降、強面の工房長たちが錬金薬師殿の指示に、やけに従順になったのは気のせいではあるまい。


「今、吹いたそのコーヒーの豆も大量輸入するそうだからそれで誤魔化しておけ」


 そのチョコレート製造機の図面を見本のお菓子付きで渡された俺より全然マシだろ、どんだけ女房と娘に工房に張り付かれたと思ってるとコーヒーを一気に飲み込むテッド。


「本気でこいつの眠気覚ましの効果は役に立った」

「どうせならコーヒーより景気付けの酒にして欲しかったわ」

「そりゃ無理だろ、嬢ちゃんはまだ十三歳だぞ」


 はっはっはと笑い合うテッドとゲイツ。色々無理が重なっても、飛躍的に向上していく自分達の技術力に満足している工房長たちの姿があった。

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