第33話 製粉効率化とお酒造りの準備

「はぁ〜風が気持ちいいわ!」


 秋に差し掛かり紅葉の彩りが美しい王宮の中庭の小道で私は自転車を走らせていた。

 天然ゴムの生産ができるようになり、まずはゴム管やゴムバンドに応用されたけど、それではタイヤに利用されるほどの品質に至らないので、蒸気馬車よりもハードルの低い自転車を作ってもらった。人力で動かす変速ギアもない簡単なものだけど、一定以上の所得を持つ町の住民なら手に入れられる範囲だから、それなりに普及していくはず。そうすれば自然に進化していくでしょう。必要は発明の母よ。


「蒸気自動車を作るより余程簡単だわ。どうして今まで作らなかったのかしら」


 自転車を停めて後ろを見ると、少し危なっかしい様子で自転車を漕いでくるブレイズさんの姿が見えた。一般売りするときには乗れるまで補助輪も必要かしら。個人的には変速ギア無しならむしろ一輪車でいいのだけど。


「どう?自転車にはもう慣れた?」

「ああ。なかなか気持ちいい乗り物だな」


 そう、自転車は自分で直接動かす分だけ楽しい。というか、騎士団の人たちもこれで我慢してくれないかしら。


「無理だろう。馬の方が早いし整った路面しか走れない」

「それは残念だわ」


 あれから蒸気船が増えて南の大陸との貿易が活発になり、蒸気馬車が整備されて国内の物流が安定してきた結果、料理に使われる香辛料のほか、コーヒー豆、それからチョコレートのような嗜好品も広く出回るようになった。そこからさらに乗合蒸気馬車が設けられて物だけでなく人の移動も活発になると、治安の問題から現場に急行できるバギーの需要が高くなってしまったのだ。


「スローライフの道は遠いわね」


 束の間の休み時間が終わり、私は気合を入れ直して自転車を魔法鞄にしまい王宮の研究室に戻った。


 ◇


「そういえば麦の製粉機の相談が来ていたぞ」

「あら、ついにそこに辿り着いたのね」

「なにを言っているんだ・・・」


 チョコレートの大量生産で製粉機を作って動かして見せたのはお前だろうというブレイズさん。そういえばそうだった!チョコレートを行き渡らせる使命感に突き動かされて忘れていたわ。どうやらチョコレートの大量生産現場を見たエリザベートさんが、麦を集積させる倉庫に隣接して製粉所を作れば国の生産性を上げられることに気がついたらしい。


「この国だけそんなに発展して大丈夫なのかしら」

「ん?発展する分には問題ないだろ」


 だって周辺国との差が開いたら戦争でも起きそう、いえ、起こしそうじゃない。そう言うと、ブレイズさんはそれはないと否定した。


「お前がいるからな」

「どういうことよ」


 なんと、加護持ちがいる国は攻めないという暗黙の了解から、加護持ちがいる国自身からも攻めないのが慣例だそうだ。それじゃあ、私が生きている間は争いはないってことじゃない!でも、そうなると外交に比重が移るのかしら。


「そうだな。そのうち外交に引っ張り出されるぞ」


 今は十三歳だから余程の大国相手じゃないと式典にも出なくて済んでいるとか。なにそれ、大国なら出ないといけないみたいに聞こえたけど、今は忘れることにしましょう。


「それより秋になったからにはスイートポテトやモンブランを食べたくなってきたと言うものよ」


 焼き芋も久しぶりに食べたいわね。まさか、大麦や芋ばかり食べていた私がまた芋を食べたくなる日が来るとは思わなかったけど、今ならフライドポテトでもポテトチップスでもクリームコロッケでもメンチカツでも作ろうと思えば作れる。素材は同じでも色々なバラエティが楽しめるわ!

 そういう意味では、麦を使ったお菓子もまだまだ作っていないものはある。お酒は・・・まだ飲めないからイマイチ作る気がしないけど、完成するまでに年月が必要なものはそろそろ考えたほうがいいのかしら?チョコレートができたからにはウイスキーボンボンは欲しくなるわね。それにブランデーとラム酒くらいは作らないと、しっとり系のお菓子が作り難いじゃない。サトウキビを見つけたからにはラム酒はいけるはずよ。


「酒まで作れるのか!?どうして先に作らなかったんだ」

「私が飲めないものなんて作る価値が無いでしょう」


 そう言って両手を広げて未成年アピールをして見せる。


「錬金術で大人になるんだ」

「なれるわけないでしょ!」


 もう!まさかスピード狂に続いて酒乱なんじゃないでしょうね?私はブレイズさんに酒は危険と心の中のメモ帳に追記した。


「大体、エールとワインで十分でしょう」


 と言いつつ、どんどん湧き出してくる過去の記憶。大人になったらラガービールは欲しいかも…というかワインも熟成が全然…どうして白ワインを作らないのかしら…今なら魔石で完璧な温度管理が、というところで頭を振って忘れた。私基準で十分なんてものは、この世界にはほとんど存在しないのだ。というか料理用に日本酒が欲しいわよ!

 でも稲とかどこにあるのやら。みりんも無しでよく生きていけるわ。基本ののうち三つも封印されていることを思い出させないでちょうだい。もう前世で味噌醤油欠乏症は乗り越えたのよ!うっ、頭がって感じなの!


「それもそうか」


 そんな内心の葛藤かっとうを知らず、あっさり引き下がるブレイズさん。とにかく今はできることを一つ一つ実現していきましょう。


 ◇


「というわけで麦の製粉機械を作ることになったのよ」


 テッドさんのところに来て経緯を話し、麦の穂殻を掛ける突起のついた円筒形を回転させる脱穀機と送風機による殻と実の選別して網目の金属をカム機構で振動させて実だけ振い落とし、回転する石臼で製粉する一連の製粉工程を説明した。


「送風機は蒸気船のスクリューと同じようにすれば水の代わりに風を送れるけど、難しいようなら風の魔石で代用するわ」


 魔石から常時風が吹くから使わない時は箱で閉じ込めないといけないけどと付け加える。


「いや、大丈夫だ。チョコレート製造機より簡単だ」


 まあ、そうよね。温度管理も要らないし。回転運動を上下運動に変える機構も散々作ってきたからノウハウは蓄積されているでしょう。新しいことと言えば、実と殻の重みの違いを利用して送風して選別するという発想くらいよ。

 それに比べてラム酒を作ろうとなったら遠心分離機と蒸留器がいるから少し今までと違うことをしないといけないかしら・・・というか砂糖の大量生産に必要ね。少し早いけど今からノウハウを蓄積してもらおうかしら。


「これは研究的な側面があるけど・・・」


 私は遠心分離機の原理を説明した。回転による遠心力で砂糖の結晶と糖蜜を比重の違いにより分離する。これが出来れば錬金術と似たような感覚で機械的に大量抽出ができるから、錬金術無しでサトウキビから砂糖を精製する時の質の向上と量の確保の両方が実現できるわ。


「重さの違いで分離できるものなら砂糖に限らず使える技術よ」

「なるほどなぁ。こりゃ面白い」


 それと蒸留器。沸点の違いを利用して沸点の低い成分を蒸発させて濃度を上げるものよ。これは構造的には簡単だけど銅製にしないと錆びるわね。温度はチョコレート製造の時と同じようにすれば狙った温度を維持することができるわ。


「内容は理解したし難しくもないが、これは何に使うんだ」

「・・・お酒よ」

「酒、だと?」


 私は飲めないけど、エールやワインみたいなお酒を濃縮したり、さっきのサトウキビの遠心分離で取り出した糖蜜に酵母を加えて発酵させてお菓子用の甘い酒を取り出したりするのよ。


「遠心分離機や蒸留器は個人的なものだから暇を見てでいいわ」

「わかった、任せてくれ」


 テッドさんはブレイズさんの方を見て何やら頷き合っていた。

 お酒ができたら普及はどうしよう。今度は酒に強い商会が必要ね。また商業ギルドで紹介でもしてもらおうかしら。

 そんなことを考えながら私は鍛冶屋を後にした。

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