第9話



一口ひとくちに語りましょうか? このセカイに魔術はあります。悪魔も別側面でたゆたっております。

 異世界・並行世界の発展を逐一ちくいち、記録してしまう〝〟は有名ですよね。世界樹とよくカテゴライズされて、他の作品には登場しますが……もちろん、アレもあります」

「な、にを……っ⁉︎」

「はて、そこに魔術のがいるから説明済みかと思われたのですが。魔術・魔法はことごとく認めることから始まる、とね」


 驚愕は戦慄せんりつにかわる。

 記憶は過去を、今を、未来をあさり……


 考えすぎてしまう。


 いつぞやに学校から転校のカタチでった人はなにが理由だった?

 病人がふとあらぬてんめがけ目線を固定するのはなにを根拠に?

 フラついた酔いどれがふと止まって硬直するのは単に肝臓の限界を迎えるからか?

 ふと思い出せるぐらい仲のイイ友人は、もしやすれば?


「……そろそろ認めるべきでしょうね。あなた方がこのセカイで生きているように、あなた方に瓜二うりふたつなあなた方が、別途のセカイで生きている。

 なにせ誰かがっていたかもしれない選択肢は無限数、その無限数の行く先々であなた方は存在しえる」

「……なるほどのぅ。ソナタ、土台よりも大事な土壌どじょうに、その考え方を」

「ええ。どこかのセカイであり得たかもしれない、創作物のキャラクターそっくりな誰か。つまり運姫ゆうきさん、白雪しらゆきさん。あなた方ふたりは、セカイが認識をあやまった結果、この次元によびだされた。


 ニヒルに笑う業理ごうり


「それにしても面妖ですね。どれだけファンタジーだと考えても、もしかすれば既に別のセカイが辿たどった道筋——であるなどと。事実は小説よりも奇なり、とはよくぞ言ったものですよ。まさしくその通り」

「フン。その言葉に当てはまるのは、記念すべき一人目として呼び寄せられたソナタじゃろうに。おおかた、魔術も科学もそれなりにかじった経験があるのじゃろう」

「ハハハ、正解! もっとも、この数を呼び寄せるには苦労させられましたがね」


 窓のひとつも残っていない吹きさらしホール、その中央で摂理せつりが露わになった。

 游戯ゆうぎはしめされた虚構きわまりない理を、反芻はんすう。理解におさめようとしている。

 一方で、雄魔おうま


「————……ダメだな。スケールが膨大、っつーことだけは理解できたが。魔術だの科学だの、根本にあるものがキテレツなだけに、理解するのが厳しい」

「……子どもね。諦める前に、もう少し考えてから——」

「俺ぁ感覚で掴みたいがわ、みたいだな。理屈とか筋道に沿うとかはできそうにない」

「世間体ではおバカ、って言うわね。ああでも可能性はあるわ、天才と紙一重ってたとえられるものね。……アナタの場合、おバカに傾いているとは思うけれど」

「ことここに来ても喧嘩腰かよ……。ヤ、もう性格がそうなっているんだろうけどもよ。もっとやんわり言葉の方がいいぞ」


 ものの捉え方は、やはり個人差きわまる。

 ディティールにまでこだわりたい人もいれば、荒づもりしてぶっつけ本番を好むタイプもいる。そもそも、考えなしに成功を掴んでしまう場合もある。


「永遠課題ですよ。そこにカマかけるぐらいなら、僕のささやかな取引に耳をかたむけた方が利口りこうかと」

「……そうね。解釈違いにかんしては、話し合いを重ねても無駄だもの」

「人類の課題を解釈違いのひとことで済ませるとは……。ハハっ、末恐ろしい」


 細部まで考えるくせに、手にあまる事柄は寝かせておく……

 游戯はそのきらいがあるらしい。


「待てぃ。取引もなにもじゃなぁ……業理、とやら。ソナタの目的を聞いておらん。なにをするにしても指針ししんはいるじゃろ」

「賛同。かくしごと多発の相手は信用不可。……せめてもの狙いを示してほしい」


 業理のペースに持ち込まれる手前、まゆを逆立てた白雪が待ったをかける。スムーズはいいことであるが、穴抜けの事情はうけとれまい。

 すると、業理がよけいに胡散臭うさんくさい笑顔をうかべた。


「ハハハ、もともとの目的が見事、御破算ごはさんになりましてね! ……ですので、ふたつめのパターンに取り掛かろうと思いまして。いわゆる路線変更、をね?」

「信用ならねェ」

「わかりみ。アナタをここで仕留しとめた方が話の進みはスムーズそう」

「デスゲーム司会者にしか見えない。アンチ・デスゲーム。ユウギが言うなら、私も同じだから殺してもいい。いや殺したい」

「まずは自己がどれほど不信任の塊かを見つめなおせぃ。あと企みごとあるじゃろ」


 全会一致もはなはだしい。

 さしもの業理とて、顔色かおいろをくずした。——とりあえず、目の前で雷撃銃剣を抜いたカノジョにだけは距離をとらねばならない。


「こっちも切羽詰まっているんですがァ⁉︎ なんですか三○○人もいるのに、一人として建物を壊さずに話を聞いてくれる人がいないんですが⁉︎」

てして研究者はそうあるのよねぇ。謎の風潮。基本的に研究費用が根こそぎなくなるぐらい、徹頭徹尾てっとうてつび、施設を破壊されるのよ」

「うん。それぐらい普通。私も焼いたことある」

「だよな、運姫。エンド二○のお前は研究者に連れ去られて、総力戦で主人公らが助けに行くんだよな……。お前ひとりで研究施設まるごとがし潰したもんな」

「うるさい。キモめ」


 業理もろとも、雄魔も悄気しょげる。いや自業自得。

 しかし、だ。


「ぬぅう……まぁよい。話すだけ話せ。そもそもとデンパ女とて、目下の目標がいっさい無いに等しいワケじゃからな」

「フフハ恩にきります。では————」


 やや温情めいた促しを受け、本日の主賓しゅひんはポケットを掘り返す。——無線、スマホ、妙なスイッチ、ネジ、ボルト、クリップピン、鼻をかんだティッシュ……

 そして、深めのポケット最奥部にあったソレをかかげた。


「雄魔さん、游戯さん。あなたら二人にはこのビデオカメラ内蔵発信機をつけていただきたのです」

「嫌だが? っつーかお前、大事なもの入っているポケットに鼻かんだティッシュ入れねェだろうが普通。よけいにいやだわ」

「粘着質ストーカーの真似事? というか別の意味合いで粘着質よね。きたな」

「お話をササッと進ませてくださいよッッッ‼︎」


 合理性のいた絶叫、そして合理的とはかけ離れたポケットの内容物。なるほど業理とは、あんがいズボラ人間なのやもしれない。

 しょうがなく、しぶしぶ缶バッジぐらいのサイズを受け取ったふたり。


微妙びみょうにイイ匂いするのが腹立たしいな……。というか科学文明をこれだけ発達させてんだろうが。もっと小型化すればいいんじゃ、」

「ご安心を。しますよ、それ」

らねェんだけど……」


 コンパクトを履き違えたサイズ感、かつベルトをしていなければズボンを下げていくほどの重量感。携帯けいたいする分にはいささか弊害があるが……


「で? こんなものを手渡すんだもの。どんな訳アリかしら」

「はい。これからお二人のココロの変容、人間性のシフトぶりをモニタリングさせていただきます」

「は、ぁ……?」


 二つ返事では理解できない単語。とりわけココロなどと、目にみえる形ではないもの。


「僕は本日、いわゆる上級者エキスパートと呼べる方々をここに集めたのです。ひとつの作品に魂をそそぎこむほど熱に浮かされた彼ら——作られ、商品として売り出されたストーリーを最高位レベルに理解している人たちです」

「まぁ、その……たしかに意気込いきごみは凄かったな。あんな大荷物、担いでここにくること自体も驚愕モノだ」

「ゆえに新たなるめつすがめつ、を見たいのですよ! 古株だからこその積み上げた知識ではない、フラッシュアイディア! 鮮度たっぷりのかけだし!

 彼らにはその新鮮味がたりない。出汁だしをまるきり抜かれた海藻をもらっても、うれしくは無いでしょう?」


 微妙に嫌なたとえをり交ぜてかたる。この男、次元を越えてきたと言う割に、えらく現実味のある節があるものだ。


「たしかに出汁のとれない昆布はいらないな……。こう、いちおう感謝はするが、どうしたものかと途方とほうに暮れる感じだ」

「おでんにぶちこめばイイ話よ」

「だけど、ビックリするような具材ではないでしょう? 昔馴染み、としか形容できない。そりゃあ盤石ばんじゃくで、必要なものですがね……それでは、新しさとは言えない」


 どうして昆布オンリーのお話になるのか。

 すっかり味の整えられた鍋めがけ、出汁のない昆布をぶちこむ……


 なるほど捉えようによっては、正鵠せいこくを射るとも言えるが。


「……ユウギ。お腹が鳴りかけそう」

「えぇっ? そう言われても……待って、アナタのように電子データから組み上げられたからだでも、お腹がすくのかしら?」

「……。あのですね、游戯さん。カノジョらは予め用意しておいた素体に、基礎・応用データを流し込んだ存在だけじゃあないんですよ? どこか別のセカイで《こんな子いたなぁ》ってセカイが誤認して、同一視した結果の体なワケでして……、」

「要するにそっくりそのまま人間という生物が出来上がった、と考えるべきじゃ。半端はんぱな錬金術では到達できぬ、いっこの生き物としてのぅ」


 もはや、話の方角は転がりに転がった。

 業理の目的やら、次元越えの方途やら、あたらしく人を降霊させたやら……


「————だぁああッまったく‼︎ 話の着地点が下手くそか⁉︎ 話下手か⁉︎」

「聞き捨てならないわね……? 誰もが皆、アナタのように感覚で生きているワケではないのよ。しっかり考えて、論議して、リテイクをして、世の中のことはだいたいプロセスをしっかり踏んで——、」

「しゃらくさい、んだよ。いいじゃねェか、俺とお前の目的はってことに尽きるんだろうが! だったら、どんな厄介ごと吹っかけられても文句ゼロでけ負う。その方が三割増しにスマートで、れる対象になりえる!」


 序破急もなんのその、弥猛やたけのいきおいで今後の展望を口にする。思いつきは思いきり躊躇ちゅうちょなく、突拍子のなさにこそ或いは光明を見出す——


 考えなしのむこうみず……、そう言いさして、游戯は口をひきむすんだ。

 何故か? なにを根拠に? どれをキッカケに?


 いつもならば即レスポンスで、ばっさり切り捨ててやるところだ。游戯の性質上、この手の考えついただけ理論は目に余るハズ。


「……フフン。さすがは余の見込んだ男、よな」


 混乱におちいった游戯のよこがおをチラリ見て、居丈高いたけだか、ちいさな幼女はしたり顔をした。これが理解に苦しんで、なまじ知識の段階が違うばかりに読めなくて。


 ——そう口をまごつかせる折り合い、反論ゼロと受け取った雄魔が段取だんどりをすすめた。


「業理、お前は何を望んでるってんだ? ぽっと出同然の俺たちに」

「……。ちかくの地熱発電所に、上級者エキスパートの一人が駆けていきました。炎をつかさどるサラマンダー系ヒロイン——が、彼のパートナーであったかと」

「そうか、ならお手頃てごろだな。ちょうど白雪がどう戦うのかも見たかった、そして運姫にイイ格好を披露してやりたかった。……請け負わせてもらうぜ、そのミッション」


 自己完結。最小限がすぎる情報を咀嚼そしゃくして、雄魔は膝をもちあげた。


「っ、待ちなさいな! ただ情報提供どうも、って話の流れでしょう? 誰もそこに向かえだとか、何をしろだとか言っていないじゃない」

「何もしてほしくないなら言葉にしねェ。そして安心しろ、ぜんぜん待つぜ。だって運姫にも用があるんだからな、……お前も同伴確定だぜ!」

「は、ぁ……⁉︎」


 ニカッと笑い、その後ろ姿はどこへ向かうやら進んでいく。ともない、パートナーぜんとして白雪も後を追う。身長差にして四○センチ前後。目を疑うものだ。


 一方で、いまだ状況整理がすまない游戯・運姫ペア。品性たっぷりに足を揃えた座り方。ふたりは共に、女性らしい仕草にんでいる。

 パリついた豪放さが目立つ雄魔・白雪ペアとは、だいぶ位相いそうが違う。


「……行くアテもないくせに、どうしたってこう……」

「男の子は一箇所に止まりませんからね。浮気性、と言われてしまえばオシマイですが」

「そういうアナタは、男性像にも女性像にもひっかからないわね」

「……


 ニコリと表情をやわらげて、業理はみずからの指先をリップに押しあてる。


「気楽なものですよ。裁量さいりょうに性別という要素が入りませんので」

「なによそれ。……神様でも気取っているのかしら?」

「——倨傲きょごう。でも、手抜かりゼロ。頷ける、ユウギの言葉は正しいのかも」


 どこまでも取りつく島のない拍子ひょうし抜け。そう思わされるほどに、業理は気取らずはにかんでみせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いつか誰ぞのスワッピング フー @steeleismybody

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ