第547話 〈三ま作戦〉

 「そうですね。一つ思いつきました」


 何もないのはしゃくだから、さっき考えた夜襲を言ってみよう。

 ただこんなのは、誰でも思いつく案だと思うな。


 「ほっ、どんな内容だ」


 「おぉ、どんな作戦だ」


 あぁ、五月蠅いな。

 二人同時にしゃべるなよ。


 僕は両王子に、夜襲をかければと提案した。

 それもただの夜襲ではない。

 丘に囲まれていることと、薪が沢山あることを利用する火責めを兼ねた作戦だ。


 薪を丸く縛(しば)ってから火を着けて、丘から転げ落として、混乱している敵を臨機応変(りんきおうへん)に叩くというものだ。


 敵に勝てるかの確信は持てないが、単なる夜襲よりは遥かに良いと思う。

 それにここで、敵をスルーしても上手い作戦が思いつけない。

 この辺りの町は、王国の中央部に位置して敵や魔獣の心配がないためだろう。

 城壁がないらしいので、三倍の敵を迎えて防御出来る場所がないんだ。


 僕の作戦に両王子の取り巻きの連中は、思ってたのと違う反応を見せた。


 「《ラング伯爵》の案に従いましょう」


 「《ラング伯爵》に任せましょう」


 かぁー、コイツら、僕の名前をやけに強調しやがったぞ。

 僕に責任を押し付けるつもりだな。


 夜襲が上手くいかない場合は、僕の作戦が悪かったと言うんだろう。

 そして、夜襲が上手くいった場合は、王子軍の働きが目覚ましかったとでも言うに違いない。

 これは、嵌(は)められた感が強いぞ。


 「〈リク〉、僕が犠牲にされそうな気がするけど、どう思う」


 「両王子軍の考えは、その通りだと思います。ただ、ご領主様は英雄であるのに、彼奴(きゃつら)は、それを全く理解しておりません。ご領主様は犠牲などになりませんよ。必ず輝く勲(いさお)しを立てられるでしょう」


 〈修道院〉が近いせいか、〈リク〉が何だか宗教染(しゅうきょうじ)みてきたぞ。

 まあ、作戦の勝算があると採っておこう。

 ここで手をこまねいていても、戦況は悪くなる一方ってことだ。


 ここが伸(の)るか反(そ)るかの分岐点だと思う。

 当然僕のは、雄々(おお)しく反っていると付け加(くわ)えておこう。

 何回も言うけどくわえる時は、少し左寄りなので許嫁達には注意を促(うなが)そう。


 〈海方面旅団〉と両王子の軍は、夜襲の準備を進めている。

 薪を丸く縛(しば)り、中心に油をしみ込ませたぼろ切れを突っ込んだものを五百個以上も作った。


 そして船に避難している院長に、修道院を燃やすと王子軍が通告したらしい。

 ぼろくても、長年暮らした思い出が沢山詰まった場所だろう。

 院長は心の中で泣いていたんじゃないのかな。

 それに明日から、どこで暮らせば良いのかと途方に暮れていると思う。

 僕の立てた作戦が絡んでいるから、院長に申し訳ない気もする。

 後で謝っておこう。


 夜襲は敵の虚(きょ)を突くのが、成功する絶対条件である。

 そのため、出来るだけ早く実行するのが秘訣(ひけつ)でもある。

 やれ風向きがだとか、雨が降りそうだとか、うだうだと考えていると概ねダメなものである。


 即決即断、鳥の行水、光陰矢の如し、三日ぼうずで、ピピピのピーである。

 一日でも早く許嫁達と、イチャイチャするためでもある。


 そう言うことで、草木も眠る丑三(うしみ)つ時に、〈修道院〉を囲む丘に〈海方面旅団〉は陣取っている。

 〈海方面旅団〉の持ち場は、一番高い東の丘だ。

 武力と人数が飛び抜けて低いので、一番敵がやってこない場所を割り当てられたんだ。


 でも〈海方面旅団〉は、〈旅団〉ではあるが実質は〈水上補給部隊〉でしかない。

 東の丘に敵がやってこないことを祈ろう。


 夜風が止まって月が雲に隠れた瞬間に、僕は大きな松明(たいまつ)を左右に振った。

 これが、作戦〈丸薪(まるまき)で巻く〉の開始の合図になっている。


 僕の責任だとハッキリとさせるためだろう。

 作戦開始の合図は僕がしろって言われた。

 作戦名〈丸薪で巻く〉は、僕が心の中で呟(つぶやいた)いただけだ。

 通称〈三ま作戦〉と呼称しよう。僕の心の中でだけだが。


 火をつけられた丸い塊の薪は、火の粉を闇夜に撒き散らしながら、〈青白い肌の男達〉に殺到(さっとう)していった。

 三面の丘の斜面に、燃える流星が幾筋(いくすじ)も赤い軌跡(きせき)を描(えが)き出している。


 そうだったら、カッコ良かったのだけど。

 現実は丘の中腹で、止まってしまった薪が半分以上あるぞ。

 なだらかな斜面で、ゴツゴツとした束(たば)ねただけの薪は、そう上手く転がってはくれない。


 僕は松明を前後に振って、また合図を送った。


 これは、中腹で止まった薪を蹴り落とせっていう合図だ。

 〈海方面旅団兵〉達も、刺股で薪を押し出している。

 この作業には刺股は最適だな。


 〈青白い肌の男達〉の駐屯地は、三方を炎に包まれて明るく照らし出されている。

 いくつもの天幕に、火が燃え移ってもいるようだ。


 完全に虚を突かれたのだろう。

 〈青白い肌の男達〉は、ようやく眠りから覚めて右往左往(うおうさおう)している感じだ。反撃は何も出来ないらしい。


 それにしても、夜襲を受けて混乱しているのに、〈青白い肌の男達〉が何にも声を出さないのが、とても不気味だ。

 薪と天幕が燃える「ゴウ」「ゴウ」という音が、やけに耳につく。


 両王子軍から、火矢が放たれ始めた。

 これは僕の合図ではなく、両王子軍の判断だ。

 この〈三ま作戦〉が、上手く行かなった場合に備えていたんだろう。

 僕はかなり信用されていなかったんだな。

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