第546話 物言わぬ人形の兵隊

 「はっはは、自分を知っているだけですよ。それとお聞きしますが、この〈修道院〉の状況を見張れる良い場所はありませんか」


 「そうですね。この〈修道院〉は小高い丘に三方が囲まれているのですが、東の丘が一番高いのです。そこに上がれば良く見えますよ」


 〈青白い肌の男達〉が迫ってきているとの偵察の報告を受けて、〈海方面旅団〉は川岸まで戻り〈修道女〉達を〈青と赤の淑女号〉に収容した。

 船に積んでいた薪は、輸送の邪魔になるから河原に放置している。

 暖房より人命優先なのは、当たり前のことだ。


 それと同時に、〈ビゴ〉と〈ラガ〉の町に駐屯している両王子の軍に伝令を走らせた。

 あんた達の目的が、ここにいるって知らせてあげたんだ。


 念のため、僕と〈副旅団長〉と〈リク〉とで東の小高い丘に登ってみた。

 〈スアノニ女子修道院〉の扉と窓は、全て蹴破(けやぶ)られて、最初からぼろかったのが更に酷い有様になっている。

 それにしても、〈青白い肌の男達〉は何人いるんだ。

 ここから見えるだけも、二千人以上いるんじゃないのか。

 〈修道院〉の内部や見えない場所を考慮したら、三千人はいるんじゃないのか。


 三倍か。

 これはヤバいな。


 「〈旅団長〉様、吃驚するほど敵が多いです。それにしても、怖いほど静かですね。これほどの人数ですが、咳(せき)をする音さえも聞こえてこないです」


 咳の音はここまで聞こえないとは思うけど、〈副旅団長〉が言うように大勢の人間が集まっているとは思えない静かさだ。


 「本当に不気味だ。物言わぬ人形の兵隊みたいだな」


 「ご領主様、この軍は一体どこから進軍してきたのでしょう」


 ううーん、〈リク〉よ。

 思わず言ったんだと思うけど、僕が知っているはずがないぞ。


 「良く分からないな」


 「えぇ、その通りですね。こいつ等はどこから湧いてきたのでしょう。忽然(こつぜん)と現れて悪夢を見せられている気分です。これほどの規模の軍隊が相手では、年単位の軍務になるかも知れませんね」


 えぇー、そんなことを言うなよ、〈副旅団長〉。

 冬休みはおろか、〈アコ〉との結婚式と初夜もお預(あずけ)けになるじゃないか。


 それに、この戦力差では両王子の軍が壊滅して、こっちまで危なくなる可能性まであるぞ。

 何か、グッとくるグッドアイデアはないものか。


 「〈リク〉と〈副旅団長〉は、何か良い作戦を思いつかないか」


 「この人数差を埋めるのは、容易ではありません」


 「ははっ、それは私達の役割ではないです。もう直ぐ到着する王子軍に任せましょう」


 〈リク〉と〈副旅団長〉の言うことももっともではあるが、このままでは数か月以上補給に奔走(ほんそう)しそうだ。

 僕が童貞を捨て去る時期も、こんなことで翻弄(ほんろう)されてしまうのか。


 〈青白い肌の男達〉は、この場所で野営をするらしい。

 天幕を張ったり焚火(たきび)を起こし始めたぞ。

 当初の目的地が空振りだったので、新たな命令を待っているのかも知れないな。


 でもここで野営をするのに、竈(かまど)を作らないのは不思議な気がする。

 普通は食事をするための、簡易なものを作るんじゃないかな。

 古代では竈から立ち昇る煙の筋の本数で、軍隊の規模を数えたらしいのに。


 「夜襲でもかけたら混乱して良さそうだな。〈リク〉はどう思う」


 「ご領主様の言う通りだと思います。ただ、〈海方面旅団〉はあまりにも寡兵(かへい)です」


 うーん、三千人対数十人では話にならないのは、さすがに僕も分かっている。

 〈リク〉が言いたいことは、やるなら両王子の軍を引き込めってことだろう。


 でも、僕の安易な作戦を、両王子の取り巻きが支持するとは思えない。

 敵も当然警戒しているだろうし、そもそも夜襲が上手くいく保証もないんだ。


 まあ、ここにいてもしょうがないから、とりあえず河原に帰るか。

 簡単なお昼を食べてぼーっとしていたら、ようやく両王子とその取り巻きの貴族連中が河原にやってきた。

 さすがに気づかれるとマズいと思ったのだろう、軍の大部分は遠くの方に隠しているようだ。


 良く考えたら、〈青白い肌の男達〉は偵察をどうしているんだろう。

 普通ならこの場所も、既にバレていてもおかしくはないぞ。

 さっき見た限りでは、周辺の偵察をしているようでもなかった。

 ますます〈青白い肌の男達〉の行動原理の、見当(けんとう)がつかなくなるな。


 両王子に東の丘への案内を請(こ)われて、また登ってきました。

 そして、河原に帰ってくると両王子も取り巻きの貴族も、半で押したように同じことをほざきやがる。


 「敵が、これほど多いとは思わなかった」


 「大軍なのに、静かすぎて不気味だ」


 「女性ばかり狙うのはどうしてだ」


 「戦力差があり過ぎる」


 「この後は、どこかの町を襲撃するつもりか」


 「〈ビゴ〉も〈ラガ〉の町も城壁がないので、籠城戦(ろうじょうせん)は出来ないぞ」


 言いたいのは分かるけど、そんなこと言っても誰も答えてはくれないぞ。

 もっと建設的な意見を出せないものか。


 「《ラング伯爵》はどう思う」


 「《ラング伯爵》に良い作戦はないか」


 〈サシィトルハ〉王子と〈タィマンルハ〉王子が、同時に僕へ話を振ってきた。

 兄弟だからか、タイミングが一緒だな。

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