第517話 円満の秘訣

 乳製品の即売場の方は、あまり混んでいなかった。

 値段が結構するせいだと思う。


 でも、僕は〈サトミ〉のために一杯買ってあげた。

 そこそこ、お金は持っているからな。

 あはははっ。


 牛乳も売っていたから、〈サトミ〉が休憩の時に、《ラング》伯爵家の伝統に則(のっと)りグイッと飲んだ。

 もちろん、〈アコ〉と〈クルス〉と〈サトミ〉も一緒にだ。

 三人とも、腰に手を当てるのも忘れていないぞ。

 唇を牛乳で白くして、笑い合う僕達を、皆は生暖(なまあたた)かな目で見ていた。


 しかし、何も気にする必要はない。

 こうして伝統は造るものなのだ。


 ただ、周りに人がいるので、白くなった唇を舐(な)められないのは痛恨(つうこん)ではある。

 帰ったら、買った牛乳で試してみよう。

 いつかは、牛乳以外も舐めとって欲しいな。


 馬車を買った物で満杯にして、僕達は帰路についた。

 〈サトミ〉は後片付けがあるので、僕達に手を振っている。

 慣れない売り子で疲れているようだけど、充実感もあるようだ。

 笑いながら大きく、ブンブンと手を振っているぞ。


 〈リーツア〉さんを始め女性陣も、大変満足しているらしい。

 各々ゲットした農産物を、いかにお買い得か満面の笑みで熱く語っている。

 〈アコ〉と〈クルス〉も、その会話に混じっているから、僕は黙り込んだままだ。

 〈リク〉と駆け落ち夫も同様である。


 それぞれのパートナーが、喜んでいるんだ。

 邪魔をしちゃいけない。

 それが円満の秘訣(ひけつ)だと、僕は推察(すいさつ)している。


 今日のように、軍団を形成して食物を奪取(だっしゅ)するのは、ストレスの軽減につながっていると思う。

 僕達の御先祖は、原始の世界でこのような群れつくり、厳しい条件を乗り越えてきたのに違いない。

 だから、とても深い満足が得られると考察してみた。


 馬車の外には、刈り取られた畑が広がっている。

 一面の茶色がかった景色だ。

 茶色しか見えなくても、何も淋しい気持ちにはならない。

 それは収穫された後だと、知っているからだ。

 《ラング領》も、豊作だと聞いている。領民の笑い声が聞こえてくるようだ。

 実りの秋は、心まで豊かにするんだな。


 馬車の中がとても五月蠅くても、少しの怒りも湧いてこない。

 〈サトミ〉が誘ってくれた〈緑農祭〉は、非常に有意義だったと思う。

 来年も来ようと、密(ひそ)かに誓(ちか)ったよ。


 ただ、〈サトミ〉が売り子じゃなくなるので、見上げる言い訳がかなり難しいな。



 駆け落ち妻が大量の農産物を買ったのは、鍋パーティーをするためらしい。

 駆け落ち妻と駆け落ち夫の両親を招いて、親睦を図るためだ。

 駆け落ち妻〈ルメータ〉の父親の方が、ようやくわだかまりを解(と)いたんだろう。


 ほんと、中年おやじは扱(あつか)いにくいな。

 無視すると拗(す)ねるし、持ち上げれば増長(ぞうちょう)する。

 一人にすれば蔑(ないがし)ろにされたと喚(わめ)くし、輪に入れてあげたら五月蠅いと文句を吐(は)きやがる。


 それで鍋パーティーにしたんだろう。良く考えているな。

 口に物を入れている間は、言葉を発しないから、ただの草臥(くたび)れた人型の動物だ。

 隅(すみ)に追いやる必要がないんだろう。


 ただ困ったことになった。

 鍋パーティーの前に、僕に挨拶をしたいらしい。

 子供が世話になったのに、何もしないわけにはいかないと、かなり五月蠅いようだ。

 やっぱり、五月蠅いんだ。


 僕が伯爵様で海方面旅団長だと、いう面もあると思う。

 二人の父親は、共に商売をしているからな。

 貴族にも軍にも、悪い印象を与えたくはないのだろう。


 「《ラング伯爵》様、お会い出来て光栄であります。私は貿易業を営んでおります、〈マルべ・ルメィル〉と申します。以前からご活躍は聞き及(およ)んでいましたが、この度(たび)は娘を救って頂き深く感謝いたします」


 〈ルメータ〉の父親は、恰幅(かっぷく)が良くて四十代くらいに見える。

 若い時はイケメンだったかも知れないが、今は脂ぎった感じが前面に出ている。

 この脂の量を考えると、かなり儲かっているんだろう。


 ただ、僕のこれまでの噂と娘のことは同列なんだ。

 そこに少し、不穏(ふおん)なものを感じるな。


 「《ラング伯爵》の〈タロスィト・ラング〉だ。よろしくお願いしますね。言われるほど、大したことはしていませんよ。こちらこそ、優秀な人材を雇用出来たと喜んでいるのです」


 偉そうのか、へりくだっているのか、変な挨拶になったな。


 「《ラング伯爵》様、愚息(ぐそく)が大変お世話になっております。しがない武具店を開いています、〈グラバ・レィアオ〉です。《伯爵》様のような英雄に拾って頂き、家族一同歓喜しております。今後ともよしなに、お願い申し上げます」


 「《ラング伯爵》の〈タロスィト・ラング〉だ。よろしく頼むよ。ははっ、大袈裟過ぎますよ。息子さんは優秀ですから、大いに期待しているんですよ」


 どうだろう、今度はもう少し偉そうにしてみたぞ。


 駆け落ち夫〈レィイロ〉の父親は、ちょい悪親父風(わるおやじふう)だ。

 こっちも四十代くらいか。武具店だけあって、ガッチリしているな。

 立派な口髭を生やして、気難しそうに見えるな。

 武具店の店主が、ヘラヘラ笑っていたらダメなんだろう。


 挨拶を終えて、お茶を僕の部屋で飲むと、緊張も少し取れてくる。

 少しずつではあるが、会話も成立しだした。

 おっさんと話したくはないのだが、従業員の親御(おやご)さんだ。

 無下(むげ)にも出来ない。

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