第478話 海のバカ野郎

 あぁ、バケツがあったらな。ふと、洗ってある鍋に視線を送ると。


 「〈タロ〉様、鍋を使うなんて、ダメですよ」


 と〈クルス〉が、僕の意図を悟って機先(きせん)を制してくる。

 えっ、思考を読まれているぞ。

 どうして分かるのだろう。少しビビッてしまう。


 「はははっ、そんなことはしないよ」


 〈クルス〉が、少し怖くて、引きつった顔になりそうになった。


 だけど、僕は陽気に笑って、弱気になりそうな自分を、鼓舞(こぶ)したんだ。

 降り注ぐ太陽の、光の下じゃないか。朗(ほが)らかにいこう。


 そして、砂を積み上げていくんだ。

 崩れても、また積んで、壊れても、また積んで、それを何度も繰り返す。

 単純な動作の繰り返しは、気持ちを落ち着かせる、効果もあるんだよ。


 「〈タロ〉様、大きなお城造りましょう。私も頑張りますわ」


 「ここに、砂を積んだら良いんだね。〈サトミ〉も一緒に造るよ」


 「強度がないと、崩れてしまいます。私は〈根ほり〉で、叩いて固めますね」


 おぉ、しめしめ。許嫁達が、真剣に造り始めたぞ。

 砂がつくのを嫌ったのか。しゃがんだ時に、少し濡れたのか。

 木綿のワンピースを脱いで、スリップ姿になったぞ。


 桜貝がちょこんと胸にあるし、ワンピースと同色のショーツが、裾から見えている。

 お揃(そろ)いの色だなんて、何てお洒落(しゃれ)さんだろう。


 僕を興奮(こうふん)させて、どうされたいのか。

 ウヒィヒィ、後で確かめる必要があるな。


 「砂を積み上げるのは、もう良いだろう。〈クルス〉みたいに、四角く固めてくれ」


 四人で砂をペタペタ固めると、砂のお城のベースは出来上がりだ。


 「次は窓とか。尖塔(せんとう)を作ってくれ」


 許嫁達は、〈根ほり〉の先を使って、細かいところを仕上げていった。

 僕も、許嫁達が造ったお城を貫く、一本のぶっとい塔を造った。

 一本で十分なんだ。そのかわり、途中に庇(ひさし)をつけたぞ。


 許嫁達は、何か言いたそうだったけど、何も言わなかった。

 今度こそ、心の底から、呆れているのだろう。

 僕の造った、ぶっとい塔を、汚物か、ゴミを見るみたいな目で見てくる。

 ちょっとだけ、ご褒美を貰った気分だ。ハァハァハァ。


 僕と許嫁達の、たゆまぬ努力の甲斐があって、砂のお城は竣工の時を迎えた。

 ぶっとい塔以外は、許嫁達が頑張った。


 僕は、〈アコ〉の薄い赤色、〈クルス〉の青色、〈サトミ〉の濃い黄色を、見るのが忙しかったんだ。

 しゃがむと、ムニュって半分見えてしまう。

 そこに目がいくのは、しょうがないじゃないか。


 「わぁー、〈タロ〉様。〈サトミ〉達のお城が、完成したよ」


 「ふふふ、立派なお城ですわ。こんなお城に住みたいですね」


 「うふふ、砂で造った芸術作品ですよ。持って帰りたいぐらいです」


 許嫁達は、顔を砂で汚して、身体も砂まみれだけど、弾けるような笑顔だ。

 ワンピースを脱がせるために、やり出したことだけど、良い選択だったらしい。


 僕が感慨にふけっていると、〈サトミ〉の警告が、夏の海に響き渡った。


 「きゃー、〈タロ〉様。大波がくるよ」


 僕達のお城に、自然災害が迫ってきたんだ。

 沖の方から、大きな波が段々近づいているのが、見える。


 「〈タロ〉様、どうしましょう。このままでは、全て流されてしまいますわ」


 「緊急事態だ。皆、防波堤なれ。夢のお城を防衛するんだ」


 僕と許嫁達は、急いで砂の城の前に、身を投げ出した。

 城の前に、身体を横たえて、波を防ごうとしたんだ。


 大きな波が、ザブンと押し寄せてくる。

 僕と許嫁達は、砂が口に入っても、逃げ出すことはなかった。

 四人で造った、夢のお城を守りたかったんだ。


 でも、人間の身体は壁じゃない。

 股や首や、色んな隙間(すきま)から波が侵入してしまう。

 それで、夢のお城は、海の藻屑(もくず)だ。

 海藻の切れ端と共に、崩れ去ってしまった。


 許嫁達は、言葉もなく、夢のお城だった砂の残骸を見詰めている。

 その心には、どんな感情が、渦巻いているのだろう。

 きっと、海のバカ野郎って、気持ちだと思う。


 「今の許せない思いを、海にぶつけてやろうぜ」


 「海なんか嫌いよ。お城を返して」


 〈サトミ〉は、波を蹴(け)りながら、海に叫んでいる。


 「一生懸命に造ったのに。酷過(ひどす)ぎますわ」


 〈アコ〉は、両手をワナワナと震わせ、海に文句を言っている。


 「いずれ壊れる、砂の楼閣だったとしても、あまりにも情けがないです」


 〈クルス〉は、両手で砂をすくいながら、海に恨みを投げかけている。


 「海は広いな。大きいな」


 僕は頭に浮かんだ、歌詞を思わず言ってしまった。

 砂の城は、単なる手段だったので、海に怒りはなかったんだ。

 幼い時の記憶って、突然蘇(とつぜんよみが)るってことがあるよね。

 何を言おうかと考えているうちに、ぽろっと出ちゃたんだよ。


 「えぇ、なんで。〈タロ〉様、今のはなに。〈サトミ〉は、訳わかんないよ」


 「まあ、〈タロ〉様は、海に怒っていないのですか」


 「はぁ、どう言うことですの。いい加減にして欲しいですわ」


 〈サトミ〉は、「裏切者」って言って、波を蹴り僕に海水をかけてきた。


 「ちょっと、〈サトミ〉止めろよ」


 〈アコ〉は、両手で海水をすくって、僕にかけてきた。


 「この浮気者」とも言っている。海に浮気をしたってことか。

 確かに、包容力は際限ないけどな。


 「うわ、ぺっ、〈アコ〉酷いぞ」

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