第444話 川風がきっと心地良い

 「そうなのか。そうだよな。至急、新町に集合住宅を建てよう。〈カリタ〉を呼び出してくれないか」


 「分かりました。直ぐに呼びに行かせます」


 入り江から帰ってきたばかりの〈ソラィウ〉は、即座(そくざ)に〈カリタ〉を呼びに行ったのであった。

ゼイゼイ言ってたけど、大丈夫だ。入り江で、十分寝ていたと思う。大変だな。



 「ご領主様、無事帰参なさって嬉しい限りです。今、〈アコ―セン〉様の後宮を建てているのですよ。見に行かれますか」


 うーん、集合住宅も大事だけど、後宮も大変大切だと思う。

 僕の大きな欲望を、満たしてくれるはずの、夢の場所だ。

 めくるめく夜が、繰り広げられる舞台だ。

 それに、〈アコ〉も見たいだろう。自分の後宮だもん。


 〈カリタ〉も言っていることだし、先に後宮を見てみようか。

 〈アコ〉を呼び出して、建設中の後宮を見ることにした。


 〈アコ〉の後宮は、館に廊下で繋がって、《ラング川》の畔(ほとり)に位置している。

 二人の火照(ほて)った肌に、川風がきっと心地良いだろう。ヒィヒィ。


 後宮は、もう粗方(あらかた)出来上がっているようだ。

 二階建てで、かなりの広さを有していると思う。

 子供が五、六人生まれても、余裕を持って生活出来るな。

 ただ、内装はこれからで、のっぺらぼうの状態だ。


 「ご領主様、中々良い感じでしょう」


 「そうだな。思ったより広いな」


 「〈アコ―セン〉様の意見を取り入れて、各部屋は余裕を持たせた作りになっています。特に寝室は広いですよ」


 「〈カリタ〉さん、ありがとうございます」


 〈アコ〉は、少し顔を赤くしている。

 寝室を広くしたのが、恥ずかしいのだろう。どうして広くしたのかな。

 ただ、僕も賛成だ。大は小を兼ねる。どんなことも出来るんだ。イエーィ。


 「後の内装は、〈アコ―セン〉様と職人とで、考えをすり合わせてください。たぶん、ご夫人が一番こだわる部分ですので、ご領主様も黙っていた方が良いと思いますよ」


 「ふふ、〈カリタ〉さんそうさせて頂きます。結婚までは、もう一年ちょっとですので、今回の休み中には、決めさせて頂きますわ」


 「おっ、〈カリタ〉は、家の内装のことで〈ドリー〉に怒られたのか」


 「うぅ、何を言っているのですか。怒られてはいませんよ。無視されただけです」


 ふぅー、無視された方が酷いんじゃないのか。相手にもされていないのか。

 新婚早々、もう問題発生なんだ。


 「そうだ、問題解決だ。〈カリタ〉を呼び出したのは、集合住宅を、至急、造って欲しいんだよ」


 「ほぉ、至急ですか。例の女性達の住居ですね」


 「知っているなら、話は早いな。今の暮らしている住居は、狭過ぎるらしいんだ」


 「三軒に二十人は、かなり狭いですね。ただ、集合住宅を建てるのは、結構時間はかかりますよ。しばらくは、我慢して貰うしかないですね」


 「〈タロ〉様、その人達は、誘拐された、女性と子供達なのでしょうか」


 「そうだよ」


 「それでは、〈タロ〉様さえ良かったら、ここへ住んで貰ったどうでしょう」


 「えっ、ここは〈アコ〉の後宮だよ。それを他人の、家にして良いのか」


 「えぇ、当然、集合住宅が出来るまでです。〈カリタ〉さん、一年あったら出来ますよね」


 「はぁ、凝(こ)った造りじゃないのなら、一年あれば余裕で出来ますが」


 「〈アコ〉、良く考えろよ。最初に住むのが、自分じゃなくなるんだぞ。中古住宅になってしまうぞ」


 「はい。分かっていますわ。〈タロ〉様が良ければ、ここにしばらく住んで頂きましょう。あの人達は、一緒に誘拐された、言わば仲間なのですよ。困っておられるのは、他人事とは思えないのです」


 「うーん、そうか、分かった。〈アコ〉がそう決めたなら、僕はもう何も言わない。〈アコ〉に、助けて貰ったよ」


 「ふふ、〈タロ〉様を、助けたのではありませんわ。誘拐仲間を助けたのですよ」


 はぁ、誘拐仲間って、何だよ。もう誘拐されるのは、勘弁してくれよ。


 〈アコ〉の後宮は、内装をせずに、一時的な収容施設に使用することとなった。

 数日中に、移住者の7割程度が、移り住む手筈(てはず)だ。

 後の人達はそのまま、兵長と農長と執事の〈コラィウ〉の旧宅に住み続ける。


 集合住宅が完成するまでの、暫定処置だ。

 新町の空き地が、集合住宅で、少しでも埋まるのは喜ばしいと思う。




 僕は夕食後、〈アコ〉から誘いを受けた。

 一緒に後宮へ来て欲しいと、お願いされたんだ。

 〈アコ〉は、なぜだか大きな鞄を抱えている。


 「〈タロ〉様、ここが私達の住む場所なのですね」


 「そうだな。後、一年ちょっとで、僕も寝泊まりするんだな」


 「私は少し、未練がましいのですわ。この後宮を最初に使うのは、〈タロ〉様と私のはずです」


 「本来は、そのはずだ。〈アコ〉のための後宮だもの。最初は、〈アコ〉が使いたかっただろう。申し訳ないことをしたよ」


 「ううん、〈タロ〉様が悪いのではありませんわ。後悔はしておりません。ただ、最初に使うのは、私と〈タロ〉様ですよ」


 「えっ、どういうこと」


 「ふふ、まずは二階からですわ」


 〈アコ〉は、軽やかな足取りで、階段を昇り始めた。

 僕は?マークのまま、付いて行くしかない。

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