第443話 新住民

 僕は手を振っている〈サトミ〉を、後ろからそっと抱きしめた。


 「あっ、〈タロ〉様、心配しないで。〈サトミ〉は落ちたりしないよ」


 「僕が〈サトミ〉を、必ず救ってあげるよ」


 「もう、〈タロ〉様は。だから落ちないって、言ってるでしょう」


 〈サトミ〉は、僕の方を振り向いて、かなり不満げだ。

 子供扱いされていると、思ったのだろう。


 〈サトミ〉は、子供の時代のような不幸には、もう落ちたりしない。

 〈アコ〉と〈クルス〉が、親友になったんだ。学舎でも友達が出来ている。

 その他の人も、〈サトミ〉から逃げ出したりはしない。

 〈サトミ〉が笑顔でいれば、皆、近づいてくれるはずだ。


 そして、〈サトミ〉が笑顔になるように、僕はいつも包み込んでいよう。

 〈サトミ〉が、いてくれて嬉しいと、四六時中(しろくじちゅう)思うんだ。


 「はぁー、〈タロ〉様は、そんなに〈サトミ〉を抱きしめたいの。皆に見られて恥ずかしいけど、我慢してあげるね。でも胸を揉んだら、怒るよ」


 出迎えてくれた人の中に、元奴隷の人達を見つけた。

 この入り江で、漁業に従事しているらしい。

 白い島から、鳥糞の肥料も運ぶこともあるようだ。


 《ベン》島出身だから、海には慣れていたんだろう。

 もう一端(いっぱし)の海の男だ。赤銅色に焼けた肌が、勇ましいぞ。


 「ご領主様、お帰りなさい。俺らは、もう《ラング》の住人です。魚が欲しければ、幾らでも持っていきますよ」


 「ほぉ、それは頼もしいな。それに顔が、生き生きしているぞ」


 「あははっ、お陰様で、もう奴隷じゃないんでね。それに、獲った魚は王都へ運ばれて、《ベン》島出身者がやっている店で、出しているんだ。そりゃ、やりがいが、ありまくりますよ」


 「そいつは良かった。でも、身体が資本だからな」


 「そのとおりです。波が高ければ、直ぐに休みますよ。何とって言っても、自由があるんです」


 元奴隷の人達は、また訪れた自由を噛締(かみし)めているようだ。

 充実感が、声に滲(にじ)み出ている気がする。

 《ラング領》への移住を勧めたのは、間違いじゃなかったな。

 はははっ、元奴隷の人達じゃない。もう新住民の人達に変っている。


 僕と許嫁達は、新住民に別れを告げて、《ラング》の町へ歩き始めた。

 いつもどおり馬車は使わない。

 距離も大したこともないし、久しぶりの故郷をゆっくりと見たいんだ。


 「ご領主様、良かった。やっと帰ってきてくれました」


 〈ソラィウ〉が、僕の足にすがりついて、泣きそうな声で言ってくる。

 何だか、嫌な予感がするぞ。


 帰って来たばかりで、疲れているんだ。無視しておこう。

 〈ソラィウ〉を振り払って、僕は歩き出した。


 「〈タロ〉様、〈ソラィウ〉さんが倒れています。放置しておいて良いのですか」


 生真面目な〈クルス〉が、確認してくるけど、こんな往来では話も出来ない。


 「うん、大丈夫だよ。寝たいんだろう。話は館で聞くよ」



 城壁の門を潜ると、空き地はまだ埋まっていない。

 少しは建物が増えているようだけど、まだまだ広大な空き地が広がっている。

 いつになったら、新町は埋まるんだろう、せめて半分は埋まって欲しいな。

 今は、せいぜい三割程度だ。少しくらいか、結構心配になってくるぞ。


 胃が痛くなってきた。ストレス性胃炎に違いない。


 それに比べて旧町の方は、移転した兵舎があった場所に、臣下の住宅が新築されている。

 真新しくて立派な建物だ。

 館の左翼を守るという意味もあるが、固まることで領主と家臣が、一団となるという意味も持たせているんだ。

 実際になるかは、はなはだ不透明ではあるが、何もしないよりはマシだろう。


 館に着いて荷物を解(ほど)く間もなく、執事の〈コラィウ〉が呼びにきた。

 何だか問題が生じているらしい。新町が埋まらない問題の他に、まだあるのか。

 帰ってきて早々に嫌になるな。

 胃が痛くなってきた。ストレス性胃炎に間違いない。


 「ご領主様、お疲れのところ、申し訳ありません」


 「僕の留守中は、良くやってくれて礼を言うよ。それで、何が起こったんだ」


 「少し前に、ご領主様が移住させた女性と子供のことです。受け入れが上手くいっておりません」


 かぁー、〈ソラィウ〉に、任せたのが失敗だったのか。

 それでアイツは、道に倒れ伏していたのか。


 「具体的には、どういう問題だ」


 「大きくは二つありまして、一つ目は住居の問題です」


 「ほへぇ、旧壁に造った集合住宅が、あるんじゃないか」


 「それが、その集合住宅は、すでに満杯です。若夫婦とか、結婚を控えた若者が、待っていましたとばかりに、殺到(さっとう)したのです」


 おぉー、同居では遠慮する必要があるからな。思い切り声が出せないんだろう。

 腰の動きも抑え気味に違いない。気持ちは良く分かるよ。


 「うわぁ、それじゃ、どこに収容したんだ」


 「何とか新しい臣下の住宅が出来ましたので、臣下の旧の家に分散して、住まわせています」


 「そうか。それは迷惑をかけたようだな」


 「いえいえ、何とかなりました。ただ、早急に住居問題を、解決する必要があります。兵長と農長と私の家に、分散しているのですが、二十一人では狭過ぎるのですよ」

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