第441話 最高のアイドル

 「ふぅ、かすりもしないね」


 「〈サトミ〉ちゃん、こうすれば当たりますわ」


 〈アコ〉が、胸元を大胆に広げて、魅惑の谷間を見せてくる。

 上着のボタンを、半分以上外しているぞ。

 おっ、と思い見てしまったら、右脇腹へ突きを入れられた。

 痛いよ。


 「ふふふ、ほら、簡単でしょう」

 

 「このような方法もあります」


 〈クルス〉が、スカートの裾を大きくまくって、煽(あお)るように、太ももを見せてくる。

 えっ、白い物が三角形に見えたぞ。

 その瞬間に、左脇腹へ突きを入れられた。

 ちょっと痛いよ。


 「うふふ、この通りです」


 「はぁ、〈タロ〉様は。ダメダメだよ。これはどうする」


 〈サトミ〉は、木刀じゃなくて、ハイキックを頭目掛けて、蹴ってきた。

 足が高く上がって、威力も高そうだ。慌(あわ)てて僕は、頭を振って避ける。

 ただ、スカートの中を、凝視してしまうことは防げない。

 目が覚めるような濃い青色だ。海の色に合わせたのかな。


 その隙(すき)に、〈サトミ〉が続けて突き刺した木刀を、腹の真ん中で受けてしまった。

 すごく痛いよ。


 「〈タロ〉様、面白いように引っかかるね」


 「そうなのです。だから私達が身体を張って、練習してあげていますのよ」


 「〈タロ〉様が、いやらしい襲撃に対処出来るように、恥ずかしいのを堪(こら)えているのです」


 「うん。〈サトミ〉も頑張るよ。このままじゃ〈タロ〉様が心配」


 その後も、僕は腹を突かれ続けた。

 許嫁達は偉そうなことを言っているけど、ただのストレスの発散だと思う。

 すごく楽しそうに、僕の腹を突いているもん。


 僕のお腹は、都合の良い娯楽なんだと思う。

 エッチなことと等価交換なら、僕には異存はありません。

 腹筋で耐えて見せます。



 航海は順調に進んで、僕達は鍛錬と練習の繰り返しだ。


 午後の練習は、和気(わき)あいあいだし、シャワーも仲良く四人一緒だ。

 シャワーの時の爆発は、何とか耐えている。これも鍛錬の一種かも知れない。

 グルグルのような嘲(あざけ)りは、受けたくないので頑張ろう。

 グルグルと僕は違うんだ。早漏じゃありません。断固とした決意表明だ。


 練習が飽(あ)きたら、許嫁達は振り付きの歌も歌ってくれる。

 僕がリュートの演奏を、披露(ひろう)する時もある。

 初めて聞く〈サトミ〉は、「〈タロ〉様、素敵です」と言ってくれた。


 ただ、僕も歌おうと言ったら、全力で拒絶されてしまう。

 これは、酷い差別じゃないか。

 音程が少し外れるのが、どうしたと言うのだ。黙って聞いてりゃ、良いんだよ。


 だから僕も、許嫁達の歌を真剣には聞いてあげない。

 エッチな目で見てやるんだ。甲板に寝転んで見ると、とても良く見える。


 三人のスカートが翻(ひるがえ)って、バッチリと見えるんだ。

 僕の頭の中から、俗世の音は消え去り、眼前に舞う色だけに専心するんだ。

 赤や青や白色の断片が、コスモに踊って、僕を桃源郷に誘(いざ)なっていく。

 太ももの源流域へ、思考の旅を始めよう。根源の洞窟(どうくつ)へ、いざ行かん。


 「ふー、〈タロ〉様はエッチです。他の女性を、そんな風に見たらダメだからね。〈サトミ〉は心配だよ」


 「ふん、そこまでして見たいのですか。全く、困ってしまいますわ」


 「はぁ、〈タロ〉様は、病気ではないですよね。どうしたら改善するのでしょう」


 うぅ、これはもう、一種の病気です。不治の病かも知れません。

 でも君達が、そんなことを言うなよ。練習の時には、わざと見せてたじゃないか。


 「うー、病気じゃないと思う。三人が、魅力的過ぎるんだよ」


 許嫁達は、「ふん」と笑って何も言わなかった。

 でも嬉しそうではある。ツンとお澄まし顔の中に、時折笑みが混じっている。


 僕も少しは賢くなってきたな。

 もうバカじゃないぞ。小バカだ。


 三人の踊りは、より激しくなって、もう全開のパフォーマンスだ。

 僕も色々元気になって、ニタニタと笑みが零れるのが止められない。


 煌(きら)めく汗と、清らかな声と、はち切れそうな太ももが、ハーモニーを奏(かな)でるようだ。

 僕の許嫁達は、最高のアイドルだよ。

 二人切りなら、キスも出来るし、エッチなことも可能なんだぞ。



 航海の最終日、《ラング領》へ帰り着く日に、水先案内が現れた。

 嬉しいハプニングに、出会えることが出来たよ。


 多数のイルカ達が、「深遠の面影号」を追走し出したんだ。

 船の周りを軽やかに泳ぎ回って、僕達をまだ見ぬ世界へ、導いてくれるのだろう。


 「あはぁ、〈タロ〉様、あそこを見て。獣魚(けものざかな)が泳いでいるよ」


 イルカは獣魚と言うのか。そのまんまだな。情緒の欠片もありゃしない。


 「うふ、獣魚達は、すごく楽しそうに泳いでいますわ。あんな風に、泳いでみたいですね」


 「ふふ、この船を大きな仲間と、獣魚達は思っているのでしょうか。ずっとついてきますね」


 「うんうん、遊びたいんだよ。ピョンピョン跳んでいるもの」


 そう言って、〈サトミ〉もピョンピョンと飛び跳ね出した。

 「はぁ、はぁ」と息を吐いて、楽しそうに笑っている。

 イルカ達の一緒に遊びたいって気持ちが、伝わってきたんだろう。

 〈サトミ〉の嬉しさが、マックスまで高まったに違いない。


 僕も〈サトミ〉の手をとって、飛び跳ねることにする。

 〈サトミ〉は許嫁なんだから、嬉しさも共感すべきなんだ。

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