第251話 ムニュムニュ
もう奴隷にはならないし、サービスも終わったのだろう。
顔を赤くしたけど、今度は怒ってはいない。恥ずかしそうにしているだけだ。
女心はやっぱり分からないな。
具体的な分納の相談は、《チァモシエ》嬢のお付で来ている家臣と、秘書役の〈ソラィウ〉の任せることにした。
〈ティモング〉伯爵家の意向も聞く必要があるので、時間はしばらくかかるだろう。
〈ソラィウ〉にも秘書役として、キリキリと働いて貰おう。
〈リク〉に今日のことは、内緒だと固く念を押しておいた。
〈リク〉も「分かっています。絶対、誰にも話しません」と強く言っている。
裸同然の《チァモシエ》嬢を、〈リク〉も僕の後ろから見ていたので、〈カリナ〉に知られたくないのだろう。
必要以上に、《チァモシエ》嬢の局部を凝視していたのかも知れない。
そんなに悪い事はしてないのだから、無用のトラブルは避けたい。
そこは、僕と利害が一致している。一蓮托生だ。
ただ、ブーメランのように帰ってくるから、〈カリナ〉をからかえないのが無念でしょうがない。
からかうための良いネタなのに、ストレスが溜まるよ。
今日は朝から天気が良い。
晴れ渡った空の高いところで、筋雲が勢いよく東へ流されていく。
雲の形が、塊から線状になり霧散してまた流れてくる。目まぐるしく変わって、消えていく。
雲は、大空に浮かぶ青い舞台の背景だと思う。
舞台の幕が、次々と変わっていくようで、見ていて飽きないな。
青い舞台で踊る演者は、たまに飛んで来る、燕と鳩しかいないのが少し寂しい。
王都には、鷲と鶴はいないからな。妖精でも、紛れ込んだら楽しいのに。
その他の演者は、目の周りの色が違うカラスだけだ。
カラスは、たぶん悪役なんだろう。ふてぶてしい目をしている。
「〈タロ〉様、お口がポカンと開いていますわ。どうして、お空を眺めておられるのですか」
「何か空にあるのですか。それとも、ボーッとしているだけですか」
んー、ちょっと空を見上げていたら、結構な時間が過ぎていたようだ。
〈アコ〉と〈クルス〉に心配されてしまった。心配されたのは、僕の顔のせいなんだろう。
自分では見えないが、間抜けな顔をしてたんだろう。ハンサムが台無しだな。あははは。
「空には、雲と鳥しか見えないよ。でも、隣には美人が二人もいるから、全然寂しくないよ」
「はぁ、急に褒めましたわね。何か疚しいことがあるのですか」
「〈タロ〉様、何か誤魔化そうとしていません」
「うぅ、二人とも何を言っているんだ。僕は清廉潔白だよ」
「清廉潔白と言うのが、もっと怪しいです。私達に、言い難いことがあるのではないですか」
「〈タロ〉様、早く話したら、それだけ気が楽になりますわ」
えー、二人とも何を言いたいんだ。あたかも、僕が隠し事をしているような口振りだ。
もしかして、《チァモシエ》嬢のことなのか。
でも、王宮での出来事を二人が知っているとは思えないな。
「えっ、隠し事なんてないよ」
「ふん、私達は隠し事とは言っていませんわ。やっぱり何か隠しているのですね」
「ふっ、長引けが長引くほど、立場が悪くなりますよ、〈タロ〉様」
えぇー、こんな風に追い詰められるなんて、どういうことなんだ。僕は、一ミリも悪くないぞ。
「違うとは思うけど、捕虜の件を言っているの」
「そうですわ。やっと吐きましたね」
「清廉潔白の内容を、ぜひとも聞かせて欲しいですね」
二人の目を良く見ると、怒りが奥に溜まっているように見える。
何かきっかけがあれば、たちまち大噴火を起こして、僕を地獄の底に沈めてしまえという目だ。
たぶん。
「ふ、ふたりとも。どうして捕虜のことを知っているの」
「王宮では、〈タロ〉様の美人奴隷の噂で持ち切りですわ」
「王宮から溢れた噂が、学舎町でも流れています」
「な、なんで」
「〈タロ〉様の奴隷が、とんでもなく美形で、大身貴族の令嬢だからですわ」
「まるで、おとぎの国のお姫様の様だったので、誰かに話したかったのだと思います。王宮の人が、感動を分かち合いたかったのだと思います」
とんでもなく美形、お姫様。
《チァモシエ》嬢は、確かに綺麗な子だったけど、感動するほどではないと思う。
他国の令嬢だから、皆ロマンティックな気分になったのだろう。
話を面白い方へ加工したんだろう。噂というのは怖いものだな。
「〈タロ〉様の奴隷って言うのは、止めてくれ。人聞きが悪いよ。ちゃんと奴隷は断ったんだ」
「知っていますわ。〈タロ〉様が、そのまま奴隷にしていたなら、私は隣にいません。でも、噂では〈タロ〉様の奴隷となっているんですよ。腹立たしいですわ」
「僕にそう言われてもな。それに、そんなに綺麗でもなかったよ。〈アコ〉と〈クルス〉の方がずっと美人だ。ずっとムニュムニュだ」
「まあ、私達の方が美人なんですか。噂では絶世の美人と言われていますわ」
「〈タロ〉様、褒めて頂くのは良いのですが、ムニュムニュとはなんですか」
やっぱり褒めて良かった。目の奥の怒りの炎が、ずいぶん弱火になったぞ。もう少しだ。
「噂だから、尾鰭がついたんだろう。現実は、あまり面白くない普通なんだよ。二人がムニュムニュだから好きなんだ。噂の人はムニュムニュじゃないんだ」
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