「蛇の様な」
「それで? どお? ルーカスとは」
「アリアには絶対むりな真面目男くんでしょおー?」
「んーー……んー……」
「あー、おっけ。察した」
「ミアちゃんでも駄目かぁー」
「彼の考える将来の理想が私と合わなくてね〜……」
ルーカスは、結婚するために合コンへ参加し、真面目にお付き合いして生活リズムとか食事の好みとか、もちろん身体の相性もだろうけど、キチンと確認して、結婚の話を持ち出した。
彼の思い描く『妻』は家庭に入る女だった。
結婚したら働くのはやめて、家に居てほしいと。今までの貯金とこれからの稼ぎでそれなりに裕福には暮らせるから心配は要らないと、そう言われた。
ある人から見れば魅力的だと思う。けれど私は、どうしても受け入れられなかった。
私は子供を産んでもパワフルに活動したいし、狭い社会の中じゃ息が詰まってしまうだろう。家庭だけを守るなんて、つまらない。
だから別れた。
本当に真面目で誠実で良い人だった。良い人だったけど、特別な愛は生まれなかった。
「じゃーそんなミアに朗報ーっ! 今度は王立騎士団の男と合コンしまーーす!」
「ええ! さっすがカレンちゃあーん! アリア筋肉だいすきー!」
「本当に何処でどう取り付けてくるのよ……感心するわ」
「あたし達やっと遊べる年齢になったのよ!? とことん遊ばなくっちゃ!」
法は領によって違うが、マクロン侯爵領では結婚適齢期以下の男女が複数人で飲酒することは禁止されている。
治安を守る為であるのは承知だが、20歳まで、とはなかなかに苦しい。というのも飲酒は貴族の基準に合わせられ17歳からなのだ。
そうして法で許されたこの年齢で出逢い次に付き合った男性は、騎士だった。
爽やかで、頭より身体が先に動いて、女性を守ってくれる騎士の名に相応しい人。
ただ如何せん、性欲が我慢できなかった。いや、仕事中に我慢しているからその分プライベートでは我慢できない、と言ったほうが正しいだろう。
全身ほぼ筋肉でできているから脳で制御出来ないのかもしれない。つまりは筋肉馬鹿なのだ。兎に角激しい。とても疲れる運動をデートの間、何度もせがまれる。
とある日なんかは興奮して収まらなくなったと言われ、木の陰に隠れて咥えさせられたこともあった。
シャワーも浴びてないしこんなところでは出来ないよと拒否したが、あまりにも正直に述べ御願いされるから、つい了承してしまった。
咥えてから数分後には私の頭を掴んで激しく出し入して、苦しくて仕方がなかったのを覚えている。
「もー……あれは本当に最悪だったわ……しかも母親の墓参りしてすぐ後よ!? 興奮する要素なんかひとつも無かったと思うんだけど!」
「ミアは毎度惜しい男に捕まんのね」
「えー! いーじゃん! アリアそおいうのがタイプ〜。そっちの人にしとけばよかったぁー! ね、ね。別れるならアリアに頂戴?」
そんな風に、年頃の娘らしく、仲の良い女友達と呑んでいる時だった。
真正ビッチには頭が下がりますね、と、緩いウェーブとミルクティーベージュの小動物のようなアリアに、黒髪で派手な化粧だが中身はとても女の子なカレンと、大人しそうな見た目して案外勝気な私は言った。
すると後から聞き覚えのある声が、「ミア──!」と私の名を呼ぶ。
「え!? 誰!? 超イケメンなんだけど!」
「ミアちゃんの知り合いー?」
恐る恐る振り返ると、かつての兄が居る。
「は!? なんであんたが此処に居るの!?」
「お前は取っ替え引っ替え男と遊んで、やはりそういう女だったんだな」
「私が誰と付き合おうが関係無いでしょ。あっ、ちょ……ねえ近いから……!」
「本当に関係無いのか……? なあ、教えてくれよ」
「はあ!? 意味わかんな、っ! ヤダ! 何やってんの!? 下ろしてよ!」
逃げようと立ち上がったのに何処で習うのかいとも簡単に肩に担がれた。店の代金なのか口止め料なのか金貨を十枚ほどテーブルに置くと、店を出ようとする兄。代金だとしてもこんな店で金貨十枚は多すぎる。
助けてよと友に訴えるも、何かを察した二人はニコニコと手を振るだけ。察しの良さを此処で発揮しないでほしい。
「ちょっとミアー。後で詳しく教えなさいよねー」
「やったー! ミアちゃんお小遣いありがとー!」
呑気な友の声が遠ざかり、私は装飾のない馬車の中へと放り込まれた。家紋こそついていないが、見覚えのある侯爵家の御者だった。
激しく揺れる馬車。何処へ向かうのか知りたくもない。けれど明らかに、私が家へ帰る道だ。私が買い取った、没落した男爵の屋敷。苔の生えた石畳も綺麗にして花も植えた我が家。
「本ッ当にふざけないで……! 友達と遊んでただけなのに! こんなの誘拐と一緒だわ……!」
「お前が悪いんだろ!?」
「なんなの!? なんでいつも私のせいにするの!?」
そうやって言い合っている内に二十分程で自宅に着いて、馬車から降ろされると私と兄を残して走り去っていく。
「あ! やだスミスさん……! 置いていかないで二人にしないで!! スミスさん……!」
私の声が聞こえていても主人の命令に逆らうはずがない。
車輪の音が消えて周囲に梟の声が響く。未だ問い質す声も半ば諦めて、私は静かに自宅の扉を開けた。
何故この家も、前の恋人であるルーカスの事も、昨日突然決まった女子会も、兄は知っているのだろう。侯爵家を出てから半以上過ぎたのに。考えたくもない。
「なあミア! 答えたらどうなんだ!? 男のモノを咥えて悦ぶはしたない女なんだろ!? 母親に見せつけて楽しかったか!?」
「あぁもう……本当に頭がおかしいわ……」
プチン、と何かが切れた。
恐らく堪忍袋の緒だとかそんな感じのやつ。
腹の立つ男だ。素直に言えず相手を責めてばかりで。なんで貴族という生き物はこうもプライドが高いのか。
「──おいミア!」
「うるっさいなあ! いい加減にしてよ!! そこまでされたいならやってあげるわ! あんたのも咥えてやるから早く其処に座んなさいよ……!!」
「え、な、なに……」
「早く座って!」
肩を押してソファーに座らせて脚の間に座ろうと太腿に触れると「お前、どこ、触って……!」と苦しそうな
何処も何もまだ太腿にしか触れていないのだが。
しかしベルトを外す頃にはもう既に大きく膨れ上がって、顔を近付ければ石鹸の香りが漂ってくる。それが、嫌だとは思わない己が嫌になる。
「なに期待してんのよ、全く。……ん、んん」
「う、あ……!」
口に含むと簡単に大人しくなった。
両手で包んでキスをして、ちらりと見ると視線がぶつかった。責めてやると狂ったように私の名前を呼んでいる。
私がされたみたいにゆっくりゆっくり弄んでやるんだと焦らしていたら、ふと頭上に兄の手が伸びる。
今の恋人と同じに、頭を掴まれ無理矢理に出し入れされるのではと身構えたが、違った。
滑らかな指が髪を梳かし、あろうことか優しく頭を撫でた。愛おしそうなエメラルドグリーンの瞳と、哀しそうな顔で見つめて。
この男は、本当に本当に、頭がおかしい。
「んっ、ふ、んんっ」
「ああミア……ミア……ッ!」
最後の、その瞬間まで、頭を強く掴むことはなかった。
けれどやはり一度だけでは物足りぬようで。終わったことすら無かったように主張してくる。
「やめてよ……もう良いでしょ……」
相手は婚約者の居る貴族男性。私だって騎士の恋人が居る。そう伝え、まだ頭の上に置かれる優しい手を払い立ち上がると、手首を掴まれた。
兄は、行くな、と一言。
その緑眼からは涙が流れていた──。
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