第82話 久々の7号球
未来の動向はさて置き、今頃宮永先輩は練習でもしているのだろうか。
俺との一対一を受けてくれたが、流石に無策で勝てるとは思っていないだろう。
どんな対策をされたところで負ける気はしないが、向こうだって必死になっているはずだ。
「足は大丈夫なの?」
「まぁ、どうにかなるだろ」
あきらの声に俺は自分の足を見る。
実際のところ、痛みを感じることはそんなにないような気がする。
重い後遺症的なものが残るほど激しい怪我でもなかった。
ただ、一度ついた怪我への恐怖と言うのは拭い去れない。
「あの人、どさくさに紛れて蹴ったりしてきそう」
「お前の中であの人はどんだけクズなんだ」
「だって中学の時、酷い事言ってたじゃん」
宮永先輩に怒鳴られたのは一度や二度ではない。
あきらはそれを知っている。
そしてこいつは、この怪我もあの人のせいだと思っている。
「蹴られたら蹴り返しとけば良いんだよ」
「負けることはあり得ないと思うけど、怪我だけは気を付けて」
「そうだな」
うちの部員全員から負けを微塵も心配されていないのが、少し面白い。
期待には応えなきゃ男が廃るというものだ。
俺はスマホをふと見る。
時刻はまだ五時半と、かなり夕飯には時間がある。
「あきら、ちょっと外行って良いか?」
部活を休みにしたのに申し訳ないが、俺も最低限準備をしておこう。
そう思って聞くと、あきらは満面の笑みで答えた。
「うん! 私が柊喜の相手してあげるっ」
◇
真面目にバスケをするのなんて何年ぶりだろうか。
体育の時間は適当に理由をつけてサボっていたし、庭でバスケをすることもなかった。
中学の頃からたまにあきらがうちに来て練習していることはあったが、それを眺めるだけで俺自体はボールに触れもしなかった。
正直バスケが嫌いになっていた。
努力した積み重ねも事故で全部なくなるし、家族もいない俺の頼みの綱は完全に断たれたのだ。
絶望しない方がおかしい。
だから、バスケに再び向き合ったのは、あの日あきらに誘ってもらったのが久々だった。
足にサポーターを巻き、さらに分厚い靴下を履き込んで、使い古して外用にした古バッシュを履く。
ここまですれば怪我なんてないだろうと、細心の注意をしてボールを触った。
今日は女子用の6号球ではなく、男子用の7号球だ。
「やっぱ男子のボールはおっきいねっ」
「手の大きさも違うからなぁ。俺はお前らのボールが使いにくいんだ」
指のかかり具合とか力加減の調整も難しかった。
姫希や唯葉先輩との一対一を普通にこなしている風に見せていたが、やはり違和感はあったのだ。
軽くレイアップをすると、あきらが拍手する。
「リングに手届きそうじゃん」
「やろうと思えばダンクもできると思うぞ」
「えっ? ちょっと見たいっ」
「怪我しそうだし、家のリング壊れそうだから遠慮しておく」
「そっか」
俺は派手なパワープレイが好きなわけではない。
実際身長190って、バスケ選手基準で考えるとそこまで高くはないし。
NBAなら小さい方だ。
ただまぁ、恐らく俺の身長はしばらく伸び続ける。
春に測った時は189cmだったが、今は絶対に数センチ伸びているだろう。
「やっぱ本気の柊喜は全然違うね」
「そうか?」
「うん。ちょっと怖い」
「なんだそれ」
「あ、別に悪口じゃないよ。ただ、凛々しくなるっていうか、カッコよくなるっていうか」
「ふぅん」
そのままあきらと少し一対一をする。
と言っても知っての通りうちの幼馴染は発展途上なため、大した練習にはならない。
精々ドリブルやシュートの感覚を確かめられる程度だ。
と、そこでつい最近の唯葉先輩との一対一を思い出す。
あの時は失点を許してしまったんだっけか。
宮永先輩からは点を取られないようにしよう。
あんなのにやられたら一生の恥だし、そもそも締まらない。
「やっぱ絶対負けないよ。異次元」
「お前らもこのレベルまでは成長してもらうからな」
「……はい」
全国大会とはそういう場所である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます