第56話 お構いなく

「お邪魔します……」

「どうぞどうぞ~」


 歓迎されて家にあげてもらう。

 思ったより綺麗な家だ。


「片付けてるんですね」

「当たり前の事言わないでくれるかい? あ、コーヒーと麦茶、どっちがいい?」

「コーヒーでお願いします」

「はいはーい」


 テキパキと動く凛子先輩にソワソワしながら部屋の中を見渡す。

 特にお洒落というわけでもないが、基本的にごちゃついていなく、どこを見てもスッキリとまとまっている。

 普段部活でテキトーな面ばかり見ていたため、正直驚いた。


 と、そんな中でカーテンレールにかけられた洗濯物が視界に入る。

 見慣れない黒い衣類だ。

 すぐにそれが何かに気付き、目を逸らすと、同時に洗濯物の取り込みを忘れていたことに気づいたらしく、凛子先輩は顔を赤くしてそれを奥の部屋へ持って行った。


「お、女の子の部屋じろじろ見てどした? もしかして初めて女子の部屋あがった?」

「……いや。あきらの部屋には何度も入っているので」

「……あー、そうだね」


 何もなかったことにする気らしい。

 俺も賛成なので話に乗ってあげた。


 余談だがあきらの部屋は意外と汚い。

 料理ができたりと、家事力高めに見えるが掃除はできないのだ。


 椅子に座って待っているとコーヒーを渡される。


「ありがとうございます」

「いえいえ。女子力アピールです。僕だってやればできるっていう証明をね? ……ちょっと失敗したけど」

「動かせてしまって申し訳ないです」

「何? やけにしおらしいじゃん。てっきり『部活でもそのくらい気を遣え』とか言われるかと思ったのに」

「俺の事なんだと思ってるんすか……」


 確かに若干、部活ももうちょっと真面目にできるんじゃないか?とは思ったが、言いはしない。

 自分をもてなしてくれている人に放つ言葉じゃないからな。

 ありがたい限りだ。

 それに部活終わりの事もある。

 凛子先輩が気丈に振舞ってくれているのは分かるのだ。


「大丈夫ですか?」

「何が?」

「さっきの人達です。以前唯葉ちゃんが言ってたストーカーってあの人達っすか?」

「あはは……ストーカーって言うか、ファン?」

「フラれた後に追い回すのはファンではないです」

「説得力すご」


 苦笑しながら言う凛子先輩は俺の正面のもう一つの椅子に座る。

 そして頬杖をついて俺を見つめた。


「七月くらいかな。竹原君に告られたの」

「……二か月前?」

「そう。知っての通り断ったんだけど、その後から変なノリが始まって。男子連中が僕を揶揄うようになったんだよ」

「あぁ……」


 なんとなくわかる気がする。


『お前あいつの事好きなんだろ? おいwww』ってやつだ。

 完全片思いなのに、周りに煽られて引くに引けなくなるアレ。

 やられる側は迷惑だし、実はやらされる側も嫌だったりする。

 まぁ竹原先輩の事なんかどうでもいいんだが。


「あの先輩はいじめられてるんですか?」

「そういうのではないんじゃないかな。まぁでも、やらされてる感は凄いよね」

「どんな背景があるにせよ、やられる側は不快なだけです」

「それはそうだけど、どうしたらいいのかわかんなくって」


 ああいう群れるタイプは相手にすると厄介だよな。

 下手に刺激すると何されるか分かったもんじゃないし。


「……で、僕が苦肉の策として出した結論が」

「俺の事を好きっていう事、ですか?」

「……うん。それで諦めてくれると思ったんだ」


 そこで先輩は手を合わせて頭を下げてくる。


「ごめん! 勝手に柊喜君を利用しちゃったんだ! ごたごたに巻き込んじゃってほんっっっとうにごめん!」

「頭上げてください。別に良いですから。そもそも俺もこの前騒動に巻き込んでるんです。謝りたいのは俺の方なんです」

「でも、これであの人たちが柊喜君に接触するかもって考えなかった……」

「俺の事は大丈夫です」


 頻りに謝る凛子先輩に苦笑いを浮かべる。

 普通に考えて俺に矛先が向く可能性なんて極僅か。

 よほど相手の頭のネジが飛んでいるだけだ。

 当たり屋みたいなものなため、俺達がどうこう考えるのは無駄である。


 そして少なくとも、あんな雰囲気だけの奴に後れを取る気は毛頭ない。

 だって俺、身長百九十あるんだぜ?

 実力行使なら絶対負けない。

 喧嘩は図体のデカい奴が勝つ、これ基本。

 ……他人を殴った事なんてないが。


「俺は凛子先輩の方が心配です。怖くないですか?」

「……そんな、僕のことなんか。ごめんね、本当に」

「なんで涙目なんすか。キャラじゃないっすよ。あと何度も言ってますが気にしてないです」


 いつも揶揄ってくる先輩の弱気なとこなんて見たくない。

 それも俺に迷惑をかけるとかそういう問題で。

 そんなことを気にするくらいなら、俺に手をかけさせないよう部活を頑張ってくれ。


「でも柊喜君、さっきは怖かったんでしょ? 無理してるじゃん」

「あれはただの人見知りですのでお構いなく」

「五対一だよ? 怖いのが普通だって」

「お構いなく。舐めないでくださいよ? 中学時代は五対一で無敗だったんですから」


 奇しくもあの頃と同じ状況なわけだ。

 そう思うと力が漲ってくる。


 さっきはいきなりだったためビビってしまったが、複数の年上を相手にするのは慣れているのだ。

 何とかなるだろう。

 まぁ集団で囲まれて殴る蹴るの暴行を受けるとなれば別の話だが。

 ……あれ、大丈夫かな。


「……大丈夫?」

「……お構いなく」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る