2章-野良犬

 満身創痍の犬。小型犬にして、室内犬の代表であるチワワ──今はマサムネという名前。


『あの小娘、絶対に許しませんよ……』


 幻術世界の学校で、術者たる犬たちはすべて殺された。巨大化したチワワも倒された。しかしその核であるチワワは生き残り、マサムネの人格もそこに逃げ込むことにより保たれていた。


 幻術から解放されたあと、に気付かれないように森の中に隠れた。命は助かったが、もう再起はできないほど力を失っている。しかしただで終わるつもりはない。せめてあの最上クウコという女を殺してやらないと、死んでも死にきれない。


『喉をこれで切り裂いてあげます』


 チワワはソードの破片を咥えていた。これであの女を、路上で出会った瞬間に仕留めるつもりだ。


 ここは最上クウコの自宅近くである。望みはもうすぐ叶う。


「ねえ」

『……?』


 あり得ないことだが、そいつは気配もなく近寄ってきていた。ジャージ姿の女、すぐに最上クウコの身内と察する。チワワはこの偶然に歓喜した。


 まずはこの女を殺して、最上クウコに絶望を与えてやる。


「危なっかしいものを持っているね。あ、刃物のことじゃないよ」


 簡単に頭に触れられる。チワワは攻撃しようとしていたのだが、できなかった。なにが起きたのか──


「大人しくしてて。悪いようにはしないから」


 言いながら、女はチワワの中に。それはどろどろとしたなにかで、風船のように膨らんだなにかで、形のないなにかで──


 マサムネを侵食するなにかだった。


 そのおぞましいものに触れて知る。最上クウコに関わってはいけなかった。この女に関わってはいけなかった。そのなにかはマサムネの中で大きくなる。内側から破壊される恐怖。寄生虫に内部から食い尽くされるような絶望。


「あ、大人しくなったね。さてと、あたしは行くけど、あなたはどうする?」

『が、あ、あ、あ、あ、あ、あ、ああああああああああああああああああああ、あ、あ? ああ、あああ、ぐ、こ、こ、こ』

「こ?」

『ころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころして』


 その女は笑った。


「つまらないこと言うんだね。殺さないよ。もっと面白いことしようよ。そういえばクズ姉貴、犬を飼いたいって言ってたなぁ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る