2章-エピローグ 蛇の昼ごはん
私──
今日はマサムネとの決戦からちょうど一週間後の金曜日。午前中は何事もなく終わり、お昼休みになったところ。
しかしそのお昼休みに、大事件が起きたのである。
「流記ちゃん。先週はたくさん助けてもらったから、お礼がしたくて」
「はい?」
栗毛のモフ髪少女。隣の席の最上クウコがそんなことを言ってきた。そういえばやたらと大きな荷物を持ってきているなぁと思っていたが、おそらくそれが関係しているのだろう。
お礼。期待して良いのだろうか。
***
まるで自室のように使っている空き教室。そこに私、クウコちゃん──と何故か、クラスメイトの香宗我部君、谷君、一条君がいる。
「あとで美鈴ちゃんも来てくれると思う。えっと、みんなにお礼がしたくて。香宗我部君たちには約束もあったし」
「お礼……って香宗我部君たちも?」
てっきりマサムネに関係する話だと思っていた。でも香宗我部君たちは戦っていないはずだし、関係あるとは思えない。
「うん。だってこいつら美鈴ちゃんからわたしの髪の毛を奪い取ってくれたでしょ。あれがなかったら、マサムネはもっと強かったんじゃないかな」
「あの量なら誤差のレベルだと思いますけど、筋は通っていますね」
「だからね、みんなにお礼と思ったんだ。はい、パーティしよう!」
彼女がバッグ(通学用のものとは違うやつ)から取り出したのは、サンドウィッチ用のランチボックスだった。
「な、なんてことを! まさかクウコちゃんが
「うすっ! ここにいる全員を倒せば独り占めできるであります!」
いやこんなところで名家(?)の存亡賭けたらダメだと思いますけど。あと野球部の一条君、全員って私も倒す気なの?
「くくくく、くはははははははははは! いよいよか、俺はこれによりさらに強大な力を得て、魔王として覚醒するのだ! 手作りサンドウィッチ……つまりこれにはクウコ=アナスタシアの皮脂が染み込んでいる。それはすなわち、この世でもっとも強大なマナを得るということ!」
サッカー部の谷君。クウコちゃんの名前を勝手に変えないでください。あと気持ち悪い表現のくせに微妙に正しいこと──マナを得るとか言うのを
「谷君。ちゃんとビニール手袋して作ったから、皮脂は含まれてないと思うよ」
「ふ、ふふふ、ふはははははははは! そんなことだろうと思っていたぞ! 闇の公爵たち、今こそ扉を開き現出せよ! そして
闇の公爵、泣くだけですか。せっかく呼び出すのだからもっと有益に使ってあげてください。
「まあまあ、愛情は込めたから……たぶん作ってくれた妹が」
「それクウコちゃんの愛情は含まれていないってことじゃないですか?」
私は思わずツッコんだ。正直、ランチボックスの中身を見て、料理下手の彼女にしては完成度が高すぎるとは思ってはいたけれど、そういう裏があったのか。
「大丈夫、わたしも手伝ったし。はい、芦名さんにはこれあげる。ピーナッツクリームのサンドウィッチ」
「あ、ありがとうございます」
クウコちゃんから手渡しで受け取ったそれを、わたしは一口齧った。
刹那にして至福を得る。私の意識は瞬く間にピーナッツクリームの濁流に飲み込まれ、落花生源郷(桃源郷のピーナッツ版)にまで押し流された。
「香宗我部君たちもどんどん食べて! たくさんあるから」
「はい、天使さま」
クウコちゃんがとびきりの笑顔で彼らに言うと、彼らは無駄口を叩くのを
「天使って、もう……照れるでしょ」
そのとき、教室のドアが開いた。今日も可愛らしい美鈴ちゃんと、今日も憎たらしい夏川君。
「美鈴ちゃん、いらっしゃい! って、
「むしろこっちが聞きてえよ! こんな面白イベントに俺だけ呼ばねえとか、どういう神経してやがるんだ!」
「あなたいつもわたしのお弁当勝手に食べるでしょ! それを返しもせずに新たなものを得ようとするな!」
「俺にそんな正論が通じると思うか!?」
「思わない!」
早々に騒ぎ出す夏川君。一方、美鈴ちゃんは人が多いことに戸惑いながら、クウコちゃんの近くまで来る。
「美鈴ちゃん。先週大変だったと思うし、たくさん食べて良いよ」
「最上クウコ、ありがとうだもん……こいつら、なんでいるの?」
彼は香宗我部君たちを指差して、そう言った。また香宗我部君たちも、サンドウィッチを頬張るのを
女子制服姿でリボン付きの彼。そういえば女装している彼をA組の生徒が見るのは(私とクウコちゃんと夏川君を除けば)初めてかもしれない。
「な、なんだよ。そんなにじっと見るなだもん」
「し……」
「し……?」
「真実の天使様ああああああああ!」
香宗我部君たちが一斉に叫ぶ。
「真実の天使ってなに!? わたしは偽の天使ってこと!?」
クウコちゃんも叫ぶ。これは面倒な事態になりそうだなぁと思いつつ、わたしはピーナッツサンドをもう一つ手に取った(傍観者モード)。
「おい、俺も食うぞ。これとか美味そうだな」
「一雷! それはあなたのものじゃない! あなたはその端っこの小さなやつでも食べてて!」
「あん? これか」
まだ誰も手を付けていないランチボックス(小)から、夏川君はサンドウィッチを手に取る。それを口に含み──
「むぐほぉ。おいこれマスタードしか入ってねえじゃねえか!」
「もし一雷が乱入してきた用に作っておいたの」
「なんで俺だけ罰ゲーム受けねえといけねえんだよお! 玉子サンド食わせろおおおおお!」
香宗我部君たちはスマートフォンを撮影モードにして、美鈴ちゃんに襲いかかっていた。クウコちゃんは美鈴ちゃんに「貴重なファンを取らないでよ!」と抗議していた(女装させた張本人のくせに)。夏川君はマスタードサンド以外を食べようとして、私に妨害されていた。私はピーナッツサンドを咀嚼し、
窓の外には本格的な夏が迫っている。もうすぐ梅雨も終わるだろう。期末テストが終われば夏休みも始まる──
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