第二章 犬

2章-プロローグ 蛇の朝ごはん

 蛇であることを自覚してからも、朝ごはんのメニューは変わっていない。香りの良いトーストにたっぷりと蜂蜜を塗るのである。


 これがないと私──芦名あしな流記るきの一日は始まらない。今日までの人生で、たとえば蛇のようにネズミや卵を丸呑みしようとは思ったことはないし、今だって思わない。もし卵を食べるのなら目玉焼きにする。食べるのだ。


 朝食を終え、学校へ行くための支度をする。面倒だった中間考査も終わり、少しは気を抜いても良い時期となった。ただ夏の足音、否、夏そのものが日本を包み込んでいて、暑かったりじめじめしていたりとなかなか過ごしにくい天候が続いている。


「衣替えですね、クウコちゃん」


 制服に着替え、鏡を見ながら言う。六月になった本日。あの栗色髪の少女は紺色のブレザーを脱いで、半袖のブラウスで学校に来るのである。それはきっと、とても可愛らしく美味しそうに見えることだろう。


「余計な虫が付かないように気をつけないといけないですね。銀色の狸も煩わしいですが、他にも色々といるみたいですし」


 私はまだ包帯を巻いたままの左手(もうほとんど治ってはいる)で前髪に触れてみる。泥のような色の毛先が、億劫そうに揺れていた。


「森にいる犬ども。あの赤い目をした連中の封印を解こうとしているのは、誰なんでしょうね」

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