1章-第9話

 待っていても解決はしない。わたしたちには芦名あしなさんを探して倒すしか助かる道はない。でも彼女の行方は分からず、彼女の気配を探れないのかを一雷かずらいに聞いてみても「あの女、完全に気配を消してる。探せねえな」と役立たずな答えしか返ってこない。


 闇雲に動いても危険なだけだから、まだ五階の空き教室にいた。その場所で芦名さんがどこにいるのかを考えている。


「分かんないね。推理ごっこは諦めるかな」

「片っ端から教室を見て回ってもいいけど、待ち伏せされていたら即死だからな」

「うん」


 完全に詰んでいる。


 最悪なのは、もし見つけることができても勝つのが難しい──というか無理であることだ。さっきは何度も銃弾を命中させたけど、ほとんどダメージがない様子だった。


 それでも必死で考えてみる。彼女を見つける方法と、彼女に勝つ方法を。


「一雷。どっちだと思う? 芦名さんはわたしたちが行きそうな場所にいるか、あるいは行かなそうな場所にいるか」


 わたしの肩に乗っている狸は、少し考えてから答えた。どうでもいいけど、人の体を椅子代わりに使わないで欲しい。


「行きそうな場所で待ち伏せだな」


 心の中でメモを取る。わたしたちが、と。


「じゃあ居心地の良い場所と悪い場所なら?」

「居心地の良い場所じゃねえか?」


 ……。


「高いところと、低いところなら?」

「高いところだな」


 ……。


「野外? 屋内?」

「屋内だな」


 


「まあ俺が思うには、音楽室とか視聴覚室、あとは図書室とか……聞いてんのか、てめえ」

「聞いてる聞いてる。あのさ、そうやって一雷が考えるようなところには、彼女はいないと思うんだ。だから全部反対に考えてみよう。わたしたちが行きそうもない場所、居心地が悪い場所、低くて、野外。さあ、これに当てはまるのはどこ?」

「んな場所思いつかねえよ! 野外ってだけで選択肢は少ねえし、日向も日陰も居心地良いとも悪いとも言えねえし……」

「じゃあ、もし一雷が野外で芦名さんを探すならどこを探す? この学校の敷地内で」

「そりゃ、まずは校舎裏だな。それから校舎の周りを見て、体育館の裏とか見て、低い建物の屋根を見て……」

「ねえ、


 狸の表情が固まった。


「いや……待て。この時期のプールはよ、水張ったままでめちゃくちゃ汚ねえし、まず近寄らねえだろ」

「芦名さんはいつでもわたしたちの気配を追えるわけだし、しばらくはわたしたちが空腹とかで疲弊するのを待つと思うんだ。そうだとすると、万が一にでもわたしたちが来ない場所で待つんじゃないのかな。一雷が質問に答えてくれたことは全部、理にかなっていると思う。だからこそ、それらをすべて排除した場所にこそ、芦名さんがいるんだと思うんだ」

「は……なるほどねえ、くそ、一理あるな。あの女が汚ねえ水の中に潜んでいるとは絶対に思わねえが、だからこそ……というわけか」

「よし、じゃあ行こう!」

「落ち着けよ。行ったところでどう戦うんだ?」

「……えっとね、銃を撃ちまくる?」

「そこはノープランか。でも悪くねえぞ」

「悪くない?」


 狸がわたしの手元に降りてくる。わたしがそれを掴むと、彼は銃へと姿を変えた。


『さっきの戦いであの女が退いたということは、銃弾を浴び続けることを危険と思ったとか、とか、なにか理由があるはずだろ』

「それに賭けるしかないよね。今はゆっくり休んでいるところだろうし、せめてこんなに早く来るのかと驚かせてやろう」



***



 屋外にある二十五メートルプールに到着した。


 金網を越えてプールサイドに立つ。嫌な匂いが漂っているが、我慢できないほどのものではない。水は濃い緑色で、中の様子は見えない。


「わたしたちが来ているのは気付いているよね。さあ、姿を見せて、芦名さん!」


 大きな声で言うも、反応はない。彼女が勝負を避けるつもりなら、返事などしてくれるはずもないが……。


『よし、クウコ。小便してやれ。水の中に隠れているなら、それで出てくるだろ』

「女の子になにさせるの!? そこを狙われたらアウトだし! というか、そもそもわたしたちの予想が外れているのかもしれないよ? 誰もいないのかも」

『ははははは! クウコ。不安に思う必要はねえ。つーか芦名とは気が合うんじゃねえか?』

「なんで?」

『ほらよ、なんか出てきたぜ。てめえの予想はだ』


 水面に注視していると、一雷の言う通り──蛇が次々と顔を出してきた。それが泳いで一斉にこちらへと向かってくる。数が多い。軽く百は超えている。わたしはリボルバーの拳銃を構えると引き金を引いた。ほむらを纏った銃弾は、水面にいる蛇たちに突き刺さっていく。


『クウコ! 動け! 足元に来てるぞ!』

「分かってる……わわ!」


 撃ち漏らした蛇が上陸してくるが、逃げるスペースがほとんどない。あ、もしかしてこれ、罠だったんじゃないか……と思う頃、澱んだ水の中から人──下半身が蛇の女性がぬるりと出てきた。こんな場所でも制服姿である。たっぷりと水を吸った、白のブラウス。


 プールサイドの向こう側で、芦名さんはにこりと微笑んだ。


「たぶんここに来るだろうと思っていましたよ、クウコちゃん」

「あれ? 驚いてない?」

「はい。普通なら絶対に来ないだろうけど、あなたなら絶対に来る……と思っていました。だから蛇さんをたくさん用意してお待ちしておりました」

「…………」


 揺らめく水面からは、まだまだ蛇がわいてくる。黒や茶色、赤や黄色、等。様々な色合いのそれは、やはりどれも毒蛇のように思えた。


「ふふふ、じゃあ歓迎会。続けましょう」


 爬虫類たちの冷たい視線。それから逃れるため、わたしは銃を乱射しながら、プールサイドを走り回るしかなかった。


 何度も「やられた」と思った。でも際どいところで銃弾は攻撃者に命中し、わたしの体に牙が突き刺さるを防いでくれていた。それに頼り、わたしは背後を取られないようにだけ注意しながら、とにかく撃って撃って撃ちまくった。


 どのくらいの時間、そうしていたか分からない。いつの間に蛇たちの姿はなく、芦名さんだけが残されていた。その表情からはなにも感情が読み取れない。


『チャンスかもしれねえぞ、クウコ』

「チャンス?」

『この女、たぶん本調子じゃねえ。攻撃手段が蛇しかねえんだ。てめえの狐火みたいに、直接攻撃する方法がねえんだよ』

「なるほど」

『ここは俺たちの射程レンジだ。今のうちに撃ちまくれ!』

「うん!」


 銃を撃つ。何発も何十発も。教室にいたときと同様、芦名さんの体は銃撃を受ける度に歪むのだけど、すぐに元通りになってしまう。それでも構わず、撃ち続ける。目も耳も口も鼻も胸も腹も右手も蛇の下半身も、何度でも吹き飛ばす。


 しかしいくら破壊しても、どれだけ銃弾を突き刺しても、数秒ですべて元通り。傷一つ残らない、制服すらも傷つかない。ただ僕には撃ち続けることしかできない。


「最上さん。前に言いましたよね、私」

「なにを?」


 銃を撃つ手を止める。綺麗な顔をした彼女は、少し困ったような表情をしていた。やはり少しずつでも攻撃が効いているのか?


「優しい人が嫌いだって」

「面白い人が嫌い……じゃなかったっけ」

「同じことですよ。ねえ、?」


 わたしは銃口を見た。そういえばさっきから左手には当たってないな。


『おう、クウコ。俺も思ってたんだ。なんで左手狙わねえの?』

「え? それは一雷が」

『俺なんかしてたか?』

「いやだって、標準は一雷が整えてくれてたでしょ?」

『……クウコ。俺は、銃口が上やら下やらに跳ねないようにはサポートしてたけどよ。狙いは全部、てめえでやっていたぜ』

「…………」


 そうなの?

 ええ、わたし自分の力であんなに命中させていたの!?


「私は遊んでいるつもりはありません。最上さん、殺すか、殺されるかですよ。死にたくはないのでしょう? それなら私の左手を撃ってください」


 彼女は左手を突き出して、その体勢のままわたしに近寄ってきた。わたしは──


 息を止めて、引き金を引く。銃弾は彼女の左手の手のひらに突き刺さって、そのまま左腕、左肩と食い込んでいった。片腕を破壊された彼女は、、その腕を再生させることもなく、プールサイドから水面へと転がり落ちてしまった。


『やったのか?』


 わたしは頷く。それから


「うああああああああああああああああ!」


 悲鳴が上がる。水面に浮かぶ彼女は今度こそ──演技ではなく、苦痛に表情を歪ませていた。でもわたしの視線に気付くと、涙を滲ませながらも少しだけ笑った。それは、温度のある微笑みだった。


 そしてプールは消える。学校が消える。幻術から覚めて、わたしたちは森の中に帰ってきた。

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