第574話 か細い光に照らされて

「人員の適切な配置にはもうひとつ難点があるんだねえ……」


 クラウディアは柔らかな髪を振りながら語った。


「騎士たちはフリーの冒険者とは訳が違う。エスターライヒ男爵家の所属だから、私が冒険者村に増員したいと思っても勝手に増やす訳にはいかないんだよね」


「まずは貴族に話を通さないといけないのか」


 現エスターライヒ男爵家当主であるアルドルはルッツたちに大きな借りがある。 話せばノーとは言わないだろうが、それでも面倒な手続きは残るだろう。


「アルドルさんは断らないだろうけどさ、それはそれとして彼にも立場ってもんがあるじゃない? 騎士を動かす理由が恩義だけじゃあ批判もされるだろうさ。だからあの冒険者村がエスターライヒ領にとって非常に重要な施設であり、増員する価値と必要があると示す必要があるんだねえ」


「重要な施設に発展させる為に人員が必要なのでは……?」


「んんっ、ままならないねえ」


 クラウディアは懐に手を入れて、肌身離さず持ち歩いている匕首『ラブレター』を取り出して鞘を抜いた。刀身には穏やかに微笑む女性の顔が映っている。


「冒険者村のマリーノさんが短刀を要求してきた時はなんて図々しい尻穴クソ野郎だと思ったものだけど、今なら少し気持ちがわかるね。少ない人員で組織を無理に回そうというのであれば、せめてその仕事に誇りを持ちたい、報酬が欲しい、認められているのだという確証が欲しい。それは決して責められなければならないような要求ではないはずだよ」


「戦争に駆り出された挙げ句に、それが終わったら端金はしたがねで放り出された経験があるからな。雇い主から見下されるのは我慢ならないのだろう」


 ルッツの意見にクラウディアは同意するように深く頷いた。


「ツァンダー伯爵家は姫様から帰還兵の皆さんを預かっている立場であり、その仲介をした私たちにもそれなりの責任がある。彼らを粗略ざつに扱えばそれは巡り巡って姫様を舐めているという意味にも取られかねない。極端な話ではあるがね」


「帰還兵たちに礼を尽くす事自体は間違いではないな」


「うん、そうだねえ。そうなんだけどねえ。それで伯爵領内で一番ホットな刀匠の作品を渡そうというのはちょっとやりすぎかなぁ、とは思うんだけど……」


「いいさいいさ、誰かに喜んでもらえる仕事ならやりがいがあるってもんだ」


 政治の道具にされたり、貴族同士が贈り合ってそのまま蔵にしまわれるよりはずっといい仕事だと、ルッツはドンと強く己の胸を叩いて見せた。




 実際、ルッツの創作意欲とテンションは大きく高まっていた。


 一度顔を見ただけの親方半分、初対面の高弟たちが半分といった、自宅なのにアウェー感が溢れているいう状況にも関わらず、ルッツは気後れせず見事に刀を打って見せた。


 一度自分の世界に入ってしまえば、周囲の事などまったく気にならなかった。


 真っ赤に熱した鉄を鍛え、形を整え、焼き入れをして刃を研ぐ。完成だ、と大きく息をついたところで急に拍手が聞こえ、ルッツはビクリと肩を震わせ慌てて辺りを見回した。


 ……な、何だ? 一体どうしたッ!?


 思い返せば呆れてしまうような話だがルッツはこの時、集中しすぎてこれが技術公開の場である事すら忘れていたのだ。


 鬼気迫るほどの作業姿に観客の職人たちは喜んでくれたようだが、教える立場であるという事を忘れてしまった。ある意味での身勝手さには後悔が残った。


 前回の技術公開では、どうぞ炉の温度を確かめて下さい、相鎚を打ってみませんかと丁寧な指導をしていたのだ。それを今回の参加者たちが聞いたらどう思うだろうか。蔑ろにされたと考えてはしまわないだろうか。


 嫉妬は猜疑心を生み、猜疑心は不信感と敵対心を生む。


 あずかり知らぬところで恨まれてはかなわぬと、ルッツは精一杯明るい笑顔を張り付けて職人たちに言った。


「どうぞ、手に取ってご覧下さい! それとご質問などあればこの機会にお聞きします!」


 これもまた逆方向で軽はずみな行為であった。新たな親方の椅子という具体的な目標を示された職人たちの情熱は凄まじく、質問を受け付けます、技術をタダで教えますという言葉は肉食獣の前に投げ出された生肉も同然であった。


 こうしてルッツは職人たちの脂ぎった視線を向けられ、取り囲まれて質問責めに合うのだった。数時間かけて質問に答え、時には実践して見せても職人たちの情熱と知識欲は衰える事を知らず、ついに音を上げたルッツが『疲れているのでまた次回』と約束する事で何とか引き下がってもらえた。


 意欲のある職人は好きだ、情熱のある職人は尊敬する。しかしそんな連中を十五人も同時に相手をするのはかなり辛い。


「お疲れ様、ルッツくん」


 クラウディアがルッツの目の前に木のコップを差し出した。中身はなみなみと注がれた果実水だ。


 ルッツはそれをこぼさぬよう慎重に受け取り、ズズッと音を立てて中身を減らしてから一気に傾け喉へと流し込んだ。


「……ありがたいッ」


 流して流して汗まみれ、そんな身体に果実水のほのかな甘みがスッと染みこんでいくようであった。


 ルッツが一息ついたのを確認してからクラウディアが口を開く。


「いやあ、皆さん凄いやる気むんむんだったねえ。親方になれるかも、という希望はそんなにも魅力的だったのかい」


「人間誰しも希望や目的、モチベーションといったものは必要さ。定員制によって上が詰まって、どんなに頑張っても親方にはなれない。そういった閉塞感が取り払われて、今まで押さえつけていたものが吹き出したんだろうなあ。どれだけ頑張っても無駄という、そんな状況に追いやられるほど悲しい事はない」


「ひとりしか親方になれないのに、そこまで熱意を持てるものなのかい?」


「多分、全員が本気で親方を目指している訳じゃあないだろう。そこまで自分を信じられるほど人は強くない。ただほんの少しの希望が見えたという、この状況そのものを楽しんでいるんじゃないかな」


「意外に繊細だね、職人の心というものは」


「物を作り続けるというのは決して楽しいばかりじゃないさ」


「それでも続けるんだねえ」


「ああ、馬鹿みたいだろ」


 ルッツは薄く笑って立ち上がり、出来上がったばかりの刀を手に取った。


 集中して打っただけに出来が良い。魔術付与をすれば五字は無理でも四文字は軽く入るだろう。


「……ライバルが増えて、嬉しいって思うのはおかしいかな?」


「私はルッツくんのそういうところ、好きだよ」


 ルッツとクラウディアは顔を見合わせて笑った。


 技術は秘匿すべしという価値観の中で、技術公開をする事が正しいのか間違っているのかはいまだにわからない。


 ただ、自分に合った道であるとは思う。

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