第573話 流れ星をつかまえて

 鍛冶同業者組合ギルドの会合にて。仕事の割り振りも決まり、さあ帰ろうかというタイミングで長老が皆を呼び止め世間話でもするように言った。


「親方の枠がひとつ増えるぞ」


 その一言で場が固まった。知らぬ者たちは驚愕で、知っている者たちはここで言うのかという呆れで。


「え、いや、ちょ、ちょっと待って下さいよ長老。親方が増えるって、どういう事ですか?」


 親方のひとりが困惑から立ち直れぬままに聞き、長老はフンとつまらなさそうに鼻を鳴らして答えた。


「どうもこうもあるかい。取引量が増えたから工房を増やす、単純な話だ」


「それで、長老の弟子が新たな親方の地位に就くという事ですか」


 別の親方が嫉妬と猜疑心に満ちた眼を向けて言った。ルッツや伯爵と裏取引を済ませた後なのだろうと疑っているようだ。いや、彼だけではない。他の事情を知らぬ親方衆も多かれ少なかれ似たような顔をしている。


 腹は立たなかった。最初から彼らの人間性に期待などしていない。むしろ『この話をしたら奴らはどんな反応をするだろうか?』と、少し楽しくなってきたくらいだ。


「わしの弟子と決まった訳ではない。どの職人にもチャンスはある」


 やはり何を言われているのかわからないと、親方衆は顔を見合わせていた。


「伯爵に刀を献上し、一番出来が良かった奴が新たな親方だ。職人バトルロワイヤル開催ってな、わかりやすくていいだろう?」


「はぁッ!?」


 さらに広がる動揺。あまりにも突然、あまりにも強引。親方衆の半数近くは長老に怒りと苛立ちすら覚えていた。


「ちょっ、ちょっと待って下さいよ長老! 弟子たちは刀なんか作れませんよ!?」


「そうか、頑張れ」


「いや、頑張れって……」


 あまりにも無責任ではないか。そんな恨みがましい眼を向ける親方を、長老はじろりと睨み付けた。長く親方衆筆頭の地位を務めてきた老人の眼力には迫力があり、異を唱えた親方は怯んでしまった。


「わしも貴様らもスタート地点は同じだったはずだぞ。しかし貴様らは刀作りを本気で学ぼうとせず、弟子たちを育てようともしなかった。そのツケをわしに回そうなどと片腹痛いわ。チャンスは誰にでも巡ってくる、だがそれを掴めるのは努力を重ねてきた者だけだ」


 親方衆は反論しなかった。それは納得したからではなく、上手く言い返す言葉が見付からなかったからだ。長老が権力者たちに近く、情報を仕入れやすい立場にあったのは確かなのだ。事の真偽はともかく彼らはそう解釈していた。


「あの、献上する武具は刀でなくてはダメなのでしょうか……?」


 ひとりの親方が遠慮がちに聞き、周囲からは『おお、そうだ。それならば』と賛同の声が上がった。


 残念ながら、と長老は首を横に振った。


「伯爵がわしらに何を求めているか、余所の貴族や商人たちがツァンダー伯爵領に何を求めているか、それをよく考えてみろ。刀でなければいけない決まりはないが、空気の読めない奴という扱いをされるのがオチだろうな」


 たとえば刀の名産地に行き、おすすめを下さいと言ったら槍が出てきた。そうなれば白けてしまうのは当然だろう。出来の良し悪しとはまた別の話である。


 刀でなければ何とかなるか。そんな親方衆の希望、あるいは逃げ道とでも呼ぶべきものは塞がれてしまった。


 仕方のない連中だなと、長老はため息を吐いてから話を続けた。


「チャンスは誰にでもある、と言ったであろう。提出期限は一年後だ、時間はまだある。少なくとも悪あがきをする程度の時間はな。それとルッツどのが近々、また製法公開の場を設けてくださるそうだ。各工房からひとり出す権利が与えられる。自分で刀作りを学んで弟子に教えるも良し、弟子を直接向かわせるも良しだ。各自、よく考えておけ」


 それ以上話すべき事は何もないと、長老は腕を組み目を閉じて黙り込んでしまった。もう話しかけられても答えないし、そもそも拒絶の空気が発せられて話しかけられるような雰囲気でもない。


 ……こいつらは与えられる事や、現状を守る事に慣れきってしまっているな。なるほど、刺激が必要だ。


 長老は薄目を開けて室内を見回した。


 覚悟を決め、真剣な表情で考え込む者がいる。

 たったひとりしか行けないのかと、ルッツ工房が狭い事に文句を言う者がいる。


 工房色々、ひとそれぞれ。既にその姿勢に差が出始めているようだ。




 ルッツ工房一階、鍛冶場にて。技術公開の準備を進めるルッツにクラウディアが微笑みながら話しかけた。


「ルッツくんも人前で刀を打つ事に慣れてきたみたいだね。最初に技術公開をした後は疲労困憊ひろうこんぱいの汗まみれで、私の膝でグースカ寝ていたのにねえ」


 懐かしそうに言うクラウディアに、ルッツは肩をすくめて答えた。


「人前で打つ事に慣れた訳じゃない、緊張を表に出さない事を覚えたのさ。だから疲れる事には変わりない」


「なるほど。鍛冶職人の皆様は技術公開を毎日でもやって欲しいだろうけど、月一くらいが限界なんだね」


「そういう事。ついでに言えば疲れる疲れないは別として膝枕はたまにやって欲しい」


「まったく、甘えん坊さんだねぇ……」


 と、ふたりでしばし笑い合った後でクラウディアが真面目な顔に戻って言った。


「私もひとつ、ルッツくんの好意に甘えたいのだがいいかな?」


「美女に頼られるのは嬉しいもんだ。それで、なんだろうか」


「エスターライヒ領の冒険者村に届ける短刀だけどね、もう五本ばかり増やしてくれないかい?」


「そりゃ構わんが……」


 何故だ、とルッツは首を捻った。


「人員をもう少し増やしたいのさ。正直言って五人じゃ全然足りないよ」


 クラウディアはヒラヒラと手を振りながら適当な木箱に腰を下ろした。すぐ近くに椅子もあるのだが、こちらの方が使い勝手がいいようだ。


「出来れば宝石取引所にふたり、娼館にひとり張り付けたい。それと見回りにもふたり使いたい」


「……ちょうど五人だな」


「そう、ちょうどだねえ。だからフルに人員配置すると交代の人員がいないから休めない、詰め所に行っても誰もいない、トラブルが起きても援護に行けないなんて事になる。今は宝石、娼館、見回りでひとりずつだよ」


「ああ、それは確かにマズいな……」


「組織を上手く回す為には余裕って奴が絶対に必要なのさ」


「オーケイ、短刀五本でも五十本でもやってやろうじゃないか」


 そう言ってルッツは鎚を器用にくるくると回して見せた。


 本当に五十本頼まれたら困るなと頭の片隅で後悔していたが、クラウディアもそこまで言う気はないようだ。

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