第50話 対象設定
刀を研ぐ音が止んだ。
水気を拭き取り、出来上がりを確かめる。刀身に映ったルッツの顔は明るいものではなかった。
「ルッツくん、出来たかい?」
クラウディアが様子を見に来た。ルッツの顔を見て、また失敗だったのかと気付く。もうこれで三本目だ。
「悪くはないんだが……」
ルッツは首を捻りながら答えた。
「魂に響かないと言うかな。豪刀を作れと言われました、はい作りました、以上。……みたいな、事務的な仕上がりとでも言えばいいのかなあ」
クラウディアは置かれた刀を覗き込んだ。肉厚の刀身は一撃で何でも砕けそうだ、刃紋もしっかりと浮かび上がっている。
良い刀だ、きっと高く売れるだろう。ただ、それだけだ。
「うん、確かに刀を見ても、『おお、なんて素晴らしいんだ!』じゃなくて、『へえ、凄いですね』みたいな、他人事というか冷めた感想しか出て来ないねえ」
「そうなんだよなあ。刀の形をした鉄の塊にしか見えん。心、魂、情熱、あるいは情欲。そういう物がまったく乗っていない」
ルッツは肩を落として大きくため息を吐いた。絶対に成功させねばならない大事な仕事だ、しかしいまいちやる気が出ない。
「今さら言っても仕方ないけどさ、乗り気じゃなかったんだよこの仕事。刀を使ってもらえるわけじゃなくて、最初から政治利用目的だ。付き合っていられないって」
「そういえばルッツくんは誰かに使ってもらいたくて刀を打っているのだったね。より正確に言えば刀を使った相手から、さすがルッツさん世界一、素敵、抱いてと、ちやほやされたいんだろう?」
「……もう少しこう、手心というものをだな」
「いいじゃないか、欲望丸出しのルッツくんが私は好きだよ。承認欲求とは人が前に進む為の原動力だ。とても大事だよ、
「褒めているやら、いないやら……」
「ふふん。愛だよ、愛」
相変わらずの物言いであるが、ルッツは少し気が楽になったような気もした。
「ルッツくんはテーマがあった方がやりやすいタイプかい?」
「そうかもしれないなあ。鬼哭刀やナイトキラーなんかはテーマが先にあった。椿は特に何か考えていた訳ではないが、逆に言えばお貴族サマのご都合のような雑音もなかった」
「ならば話は早い。先にテーマを決めてから打てばいいのさ」
「それならあるだろう。刃は肉厚で長身の豪刀だって」
「それはテーマじゃない、ただの決められた形だよ。大切なのはその刀で誰をブッ殺したいかだ」
クラウディアはいきなり物騒な事を言い出した。
「別に驚く事じゃないだろう。刀は人を斬る為にあるんだ。ルッツパパが言っていたのだろう? 刀は
「卑屈にならず、斜に構える事もなく、事実として自然体で受け入れろ。だな」
「そう、それだねえ。ナイトキラーは屋内で騎士をブッ殺す為に、ラブレターは賊に襲われた時に心臓を刺す為に、鬼哭刀は貴人が奇襲を一撃だけ防ぐ為にある。ルッツくんは馬鹿デカい刀で何を壊したい?」
ただ言われるままに打っていた。だからつまらない刀しか出来なかったのだ。何を斬る為の刀か、それが定まらなければ魂が込められるはずもなかった。
「ありがとう、クラウディア。まだハッキリとは見えないけど、考える方向性が決まったよ」
「私が聞きたいのはそんなありきたりの言葉じゃないねえ」
「愛しているよ」
「んっふふ」
クラウディアが満足げに笑い、ルッツも釣られるように笑い出した。
さて、何を斬る為の刀にするのかと考えるとひとつ問題があった。これは敵国の王に献上する刀である。ならば斬る対象は王国の兵や貴族という事になるのだろうか?
……さすがにそれは、どうなんだろうなあ。
太陽の化身を自称する王が豪刀を持つ、そんな王に必要な力とは何だろうか。わからない、いまいちイメージが湧かなかった。
「ルッツどの、おられるか。ご在宅か!?」
ドンドンと激しく無遠慮なノックの音がした。あの声はゲルハルトの弟子で高位騎士のジョセルだ。
忠義と信仰と騎士道をミキサーにかけてぶち撒けたようなイカれポンチである。正直、少し苦手な相手であった。騎士嫌いのクラウディアはなおさらである。
居留守でも使おうかとクラウディアと話していると、
「おい、中に居るのだろう。開けてくれ、伯爵がお呼びだ!」
先手を打たれて言われてしまった。
居留守がバレている、そして伯爵からのお呼び出しだ。どうやら今回も付き合わない訳にはいかないらしい。
何故、中にいると気付かれたのだろうと考えていると、ロバの間延びした鳴き声が聞こえた。そうだ、彼がいた。遠出する時はいつも連れている。
ルッツは面倒くさそうに立ち上がり、内側の閂を外してドアを開けた。
「どうもジョセルさん。すいませんね、色々と立て込んでいまして」
「事情は理解している。出来れば作業に集中して欲しいのだが、今回ばかりは一緒に来てもらおう。伯爵の呼び出しと言っても依頼者は他にいて……」
と、ここで言葉を区切った。
「第三王女、リスティル様が職人たちに会いたいと」
「ええ……」
意味がわからない。
王族が身分としては下の下である職人に会いたいとはどういう事か。
ゲルハルトやパトリックと違い、ルッツは城塞都市の外に住んでいる。そして同業者組合にも参加していない。戸籍の上でルッツは住所不定無職の不審者だ。
王族に呼ばれるのは名誉と思うよりも先に、面倒であった。
「第三プリンセスと言うとあれだね、ド変態王の全裸幼女抱き枕にされかけたお人だねえ。もっとも、まだ過去形ではなく刀の作成が上手くいかなければ改めてそうなるのだろうけど」
クラウディアの適当な説明に、ジョセルは不快げに眉をひそめた。
「クラウディアさん、相手は王女様だぞ。もう少し言葉を選びたまえ」
「おっと、これは失礼」
「それと蛮族どもがリスティル様を求めたという話をどこで聞いた。一般公開などしてはいないぞ」
「そんな事、街でちょいと噂を集めればすぐにわかりますよ。十二貴族の中によほど口の軽いお人がいるようで」
交渉の内容を城壁外に住む商人が知っている。情報統制がまるで出来ていない、規律の弛みにジョセルはますます顔をしかめた。
「ジョセルさん、俺は城内の礼儀作法なんかまるで知りませんよ。無礼があってはいけませんし、辞退させてもらえませんかね」
ルッツの顔に、面倒だから行きたくないと書いてあるようなものだった。王女からの依頼である、ジョセルもはいそうですかと引き下がる訳にはいかなかった。
「一挙手一投足にまで気を使えとは言わん、期待もしていない。語尾に、です、ます、あります、と付けるだけでいい。間違っても『へえ、あんたが王女様か、偉いんだってな』みたいな言い方はするなよ」
「する訳ないじゃないですか、そんな非常識な事」
ルッツは呆れたように笑うが、対するジョセルは拳を強く握って叫んだ。
「いるんだよ、そういう事をする奴が!」
「……いるんですか」
「私は護衛として、伯爵が冒険者に会う所に同席した事が何度もあるが、そういった無礼な態度が自由だの格好良いだのと勘違いする馬鹿がたまにいるのだ!」
当然、そんな連中は伯爵家お抱えの冒険者になる事は出来なかった。礼儀作法を知らずとも、こうした場で礼を尽くそうと考えもしない者など論外である。まともな状況判断が出来ませんと言っているようなものだ。
「いいかルッツどの、覚えておけ。馬鹿は常に予想の斜め上を行く! 常識という鎖でケダモノは飼い慣らせんのだ!」
「あ、はい」
ジョセルも色々と苦労をしているようである。
元々断れるような話でもなく、ジョセルの顔を立ててやってもいいかという気になって城へ行く事にした。
ただし、クラウディアも連れていくという事を条件にして。
「こうした席に妻を同行させるのはおかしな事じゃないでしょう?」
「まあ、そうだが……」
ジョセルは気乗りしない様子で言った。
何かにつけてからかわれたり、あしらわれたりでジョセルの方からもクラウディアに苦手意識があるようだ。
そうした心の動きに気付いたクラウディアは、
「私と夫は一心同体、是非とも付いて行きたいものですねえ、ハハハ」
などと意地悪く笑っていた。
そういう所だぞ、と心の中でツッコミを入れるルッツであった。
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