第52話 重大告知の内容

 夕食を食べ終えた後は風呂に入り、俺は寝る支度を整え、自室の部屋の明かりを消して、ベッドの上で正座待機。

 Bluetoothイヤホンを耳に装着して、ゆらちゃんの重大告知配信開始を待っていた。


 重大発表とは、一体何だろうか?


 期待に胸を膨らませつつ、ゆらちゃんの配信が始まるまでじっと待機する。

 しばらくして、カチッというマウスのクリック音が聞こえたかと思うと、耳元にゆらちゃんの囁き声が聞こえてきた。


『皆さん、こんばんはぁー夏川ゆらだよぉー』


 ゆらちゃんの癒しボイスに、俺の心が浄化されていく。


『今日は、みんなを膝枕耳かきで癒しながら、重大発表をしていくねー。それじゃあ早速、まずはみんなをゴローンさせちゃいます♪ 左耳からやっていくね! はい、ゴローン』


 ゆらちゃんの囁き掛け声と共に、俺も同じように左耳を上にしてベッドの上に寝転がった。


『はい、よしよしっ。いい子、いい子。それじゃあ早速、今日も癒しの耳かき、始めていくね♪ 綿棒用意するから、ちょっと待っててね』


 ゆらちゃんが耳かきの用意をしている間に、俺は目を閉じて、奥沢さんのことを思い浮かべた。


「やっぱり、声質似てないよな……」


 今聞いている囁きボイスも、今日聞いたUSBのボイスも、奥沢さんが出しているとは到底思えない。


 となると違う人物の可能性が高いのだが、全く心当たりがない。


 もしかして、本当は知っているけど、囁き声だと、電話越しに話すと、いつも聞いている声が違うみたいな感じで、声質が変わる体質でも持っているのだろうか?

 それとも、小声で囁いた際、あえてその声を作っているのか?


 真相は分からぬまま、俺が頭を巡らせていると、ゆらちゃんが綿棒で耳かきを開始し始めた。


 シュッ……シュッ……シュッ……。

 サッ……サッ……サッ……。


 心地の良い綿棒での耳かきが始まると、すぐに俺が頭の中で巡らせていた考えなど吹き飛んでしまい、脳がリラックスモードへと入ってしまう。


「まっ……ゆらちゃんの耳かきは最高だから、どっちでもいいや」


 俺は思考を停止させ、ゆらちゃんの心地よい耳かきASMRへ身を投じた。


 シュリッ……シュリッ……シュリッ……。

 カキッ……カキッ……カキッ……。


 絶妙な力加減で、一定のリズムを刻んで伝わってくる音が、俺を心地よい世界へと誘ってくれる。

 すると、今まで無言で耳かきを献身的に続けていたゆらちゃんが、おもむろに声を上げた。


『みんな眠たいだろうから、先に重大発表の話を先にしちゃうね』


 そうだ、今日は重大発表があるんだ。

 耳かきが心地よ過ぎて、すっかり忘れてた。

 俺は意識をゆらちゃんへと向ける。


『この度、なんと夏川ゆら……【緑ヶ丘みどりがおかミドリ】さんとタッグを組んで、シチュエーションASMRボイスを発売することになりましたー! パチパチパチー!』

「……えぇぇぇぇ⁉⁉⁉」


 俺は思わず、ベッドから飛び起きて声を上げてしまう。


「おいおいマジかよ……緑ヶ丘ミドリちゃんって、あの伝説のASMR配信者じゃねーか……」


 緑ヶ丘ミドリは、ASMR界の神と言われている存在であり、DOsiteでのボイス累計売上総数1位を誇る絶対的女王だ。

 どれぐらい凄いかというと、2位の那波なはつぼみの売り上げ数と比べても、実に十倍の差が開いている。

 それほどまでに、ASMRを語る上で知らぬ人はいないであろう絶対的天使ボイスを持った持ち主。

 なぜこんなに驚いているのかというと、俺が初めてASMRを知ったきっかけこそ、この緑ヶ丘ミドリ様なのである。 


 さかのぼること半年前、俺がまだ、普通の高校生だった時の事。


 ちょっぴり二次元のアダルトコンテンツが密かに好きな隠れオタク。

 当時はクラスメイトにもバレていなかったし、平々凡々な生活を送っていた頃の話である。

 俺はとある出会いを果たしたのだ。


 深夜も夜が更け、俺が睡眠のお供を探している時のこと。

 ふと検索タグのところに、ASMRという文字が目に入る。

 当時の俺は、ASMR=バイノーラルという軽い知識しかなく、特に聞いたこともなかった。


 勇気を出して、俺はASMRと検索タグをクリックしてみると、最初に出てきたのが、『絶対絶頂。ドログパ耳舐め。あなたのモノもコシコシしてあげる♪』という、まるでエ〇ゲのようなタイトルと、神々しい女神のような立ち絵イラストが描かれたサムネイルだったのだ。

 一体、どういった作品なのだろうと思い、興味本位でクリックしてると、すぐにボイスが流れ始める。


『いらっしゃいませ。今日もやってきたのですね』


 その生々しい吐息、まるで隣にいるのではないかという臨場感と妙にくすぐったいようなゾクゾクとした感じ。

 俺がASMRの沼に嵌った瞬間である。

 内容は、勇者であるリスナーが旅を終え戻ってきたところを、女神である彼女が労いの耳かきをしてあげるというシチュエーション。

 しかしそれは、販売されるボイスの序盤に過ぎず、Y〇utubeでは十分ほどしか公開されていない。

 その先は、完全R-18版となっており、刺激が強すぎるほどのボイスが収録されていると、のちに伝説になったのだ。


 このボイスドラマの声を当てている人物こそ、緑が丘ミドリである。

 それから一か月足らずで、当時礼音が衝撃を受けた伝説の動画、『絶対絶頂。耳舐めエステ。あなたのモノもコシコシしてあげる♪』は、DOsiteにてシチュエーションボイス部門で年間売上ランキング1位を獲得したのだ。

 今現在まで、販売数を伸ばし続け、勢いが衰えるところを知らない伝説の作品となっている。


 ちなみに、当時はY〇utubeでも活動をしていたらしいのだが、最近はアダルト中心に活躍の場を移したため、FC3でR18ASMR配信者として生配信をしているとのこと。


「ってかちょっと待て⁉」


 と、そこで俺はようやく冷静になって考える。

 あのASMRオカズNo.1配信者である緑ヶ丘ミドリとゆらちゃんがコラボボイスを発売するってことは……ゆらちゃんもついに禁断のR18ボイスを発売するってことなのか⁉

 俺の脳内にビビビっと衝撃が走る。

 配信画面を見れば、リスナーも同じようなことを考えていたらしく――


  ――マ? あの神とゆらちゃんのコラボボイスだと⁉

  ――あぁ、女神よ。いつもお世話になってます

  ――ゆらちゃん、駄目だ! そっちの世界はゆらちゃんにはまだ早すぎる!


 俺と同じような考えの人たちが大半だった。

 コメントを見たのか、ゆらちゃんが焦ったように弁明する。


『あっ、ちなみに、ボイスは全年齢版なのでご安心ください』


  ――なんだ。ゆらちゃんのエッなボイスが聞けるかと思ったのに

  ――女神様とゆらちゃんのASMRボイス、楽しみにしてます!

  ――良かった。ゆらちゃんの純潔は守られた


 期待と安堵の声がちらほらとリスナー達から見受けられる。

 俺ももちろん、ふぅっと安堵の息を吐いた。


『あっ……でも、ちょっぴりいつもよりは冒険してたりして……えへっ。なんてね。発売は来月で、先行予約が今日から始まってます。概要欄にURL載せておいたので、良かったら事前予約していただけると嬉しいです』


 ゆらちゃんがいたずらっぽく販売を促すと……


  ――絶対買います!

  ――ポチりました。楽しみにしてます

  ――ヤバい、顔のニヤニヤが今から止まらん


 と、リスナー達大歓喜。 


『えへへっ、みんなびっくりしちゃって目が覚めちゃったね。というわけで、以上告知でした。ということで、目が冴えちゃったみんなのために、今からたっぷり耳かきと耳フーで癒してあげるから、ゆっくりお休みしてね』


 そうして、ゆらちゃんは何事もなかったかのように耳かきを再開し始めた。


 ザクッ、ザクッ、ザクッ……。

 ゴリッ、ゴリッ、ゴリッ……。


 俺はもう一度ベッドに横たわるものの、緑が丘ミドリとのタッグを組んだボイスのことが頭から離れなくなってしまい、眠気など吹っ飛んでしまった。

 バックグラウンド再生でゆらちゃんの耳かきASMRを聴きながら、俺はDOsiteで発売されるボイスの詳細を読み込む。

 するとそこに、見知った人物の名前を見つけた。


 監修 久我原水穂


「水穂さんが監修⁉ ってことはもしかして、あのスタジオで撮影したって事なのかな?」


 もしかしたら、何かヒントを得られるかもしれない。

 俺はすぐさま、理恵さんへと連絡を取り、水穂さんへアポイントを取れないかとメッセージを送ると、すぐに理恵さんから返事が返ってきて、『確認してみるわ』と快く引き受けてくれた。


 俺はベッドに大の字になって横たわり、天井を見上げながら思考を巡らす。

 徐々に、ゆらちゃんが、手の先に近づいてきているような気がする。


 例え誰であろうと、俺は彼女に、感謝の気持ちを伝えなければならない!


 そう改めて自分の気持ちを認識して、俺はゆらちゃんの配信を聴きながら、理恵さんからの返信を待つのであった。

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