第27話 悠羽の正体
「ただいまー」
悠羽からの話を聞き終え、俺はすぐさま家路へとついた。
玄関で声を掛けても、家の中から人の気配は感じられない。
どうやら、一番に帰宅したようだ。
靴を脱ぎ捨てて、そのまま階段を上り、二階の自室へと向かう。
制服から部屋着へと着替え、脱いだYシャツを脱衣所の洗濯籠へと放り込み、洗面所で手洗いとうがいを済ませてから再び自室へと戻る。
部屋の鍵を施錠して誰も入ってこれないよう一人の空間を作り、早速俺の予想が正しいかどうかの答え合わせをするため、礼音はスマホでY〇utubeのアプリを開いた。
そして検索欄に『ASMR、罵倒、マゾ、サキュバス』と悠羽に教えてもらったヒントを入力する。
検索結果が表示され、まず出てきたのは、普段俺が聞かないような、ブヒブヒしたい世の男性向けのASMR動画タイトルとサムネイルの数々。
大量のマゾ向けASMRコンテンツがあることに驚愕していると、その中でも一際再生数が飛びぬけており、可愛らしい女の子が蔑むような目でこちらを見つめながら舌を出し、『バーカ、ザーコ、マゾ向け罵倒ASMR』とサムネイルに表示されている動画が目につく。
タイトルは、『年下令嬢がザコ奴隷ちゃんのお耳をネットリ弄って罵倒してやんよ』という挑発的なものだった。
個人勢のVtuberで、名前は『園田わかば』というらしい。
俺は早速イヤホンを耳に付けて、アーカイブ動画の再生ボタンをタップ。
数秒後、カチッというマウスのクリック音が聞こえたかと思うと、わずかに吐息の音が漏れ出て来て――
『やっほー、元気? 汚い私の奴隷ちゃん達。今日もいじめられに来たの?」
と、少し低めの声を出す女性の声が聞こえてきた。
その声色は、先ほど理科実験室で聞いたものとほとんど同じ。
つまり、俺の予想は当たっていたということだろう。
彼女が、マイク越しでにやにやしているのがひしひしと伝わってくる。
――わかばちゃん、今日という日をどれだけ待ちわびた事か……!
――こんばんは、罵られに来ました
――あぁ……今日もわかばちゃんは気高く美しい
まだ挨拶しただけだというのに、コメント欄も大いに盛り上がっている。
「ふぅーん。もう、みんな欲しがりだなー。そんなに私に罵られたいんだ。きゃはっ……マジウケる」
馬鹿にするようにけらけらと笑ったかと思うと、ぐっと距離を縮めて来て――
『いいよ。どうしようもないマゾ奴隷な君達のために、今日もわかばがいーっぱい君たちをいじめてあ・げ・る」
刹那――
『ふぅーっ……ふふっ、ざーこ、ざーこっ』
耳フーからの罵声責めASMRが始まる。
『ほら、これが良いんでしょ? 君達のクソザコ耳、真っ赤になってるねー。ふふっ……キッモ』
普段甘々耳かき系ASMRを嗜んでいる俺としては、違う意味でゾクゾクとさせられてしまう。
「罵倒系のASMRって、こんなに過激だったのか」
世の中ASMRだけとっても色んな趣味・嗜好を持った人がいるんだなと実感させられる。
『そんじゃ今から、君達の耳穴に指突っ込んじゃうからねー。ふふっ、待たないよー。それっー』
シュルッ……ザクッ……ザクッ……ザクッ……。
余韻もクソもなく、いきなりの両耳責めの指耳かきが始まってしまう。
『ほらほらほら、もっと気持ちよくなっちゃえ♪』
わかばちゃんは、終始楽しそうな様子でリスナー達を快楽へと導いていく。
――うわっ、わかばちゃんの両耳指責め
――たまんねぇぜ……はぁ……はぁ……
――ブヒッ、ブヒヒヒヒッィィ!!!!
コメント欄も弄られて罵られたい世の男性諸君で埋め尽くされていた。
『女の子に指突っ込まれてよくなっちゃってるの? キッショ……クソザコ穴―。 ほら、もっと気持ちよくなっちゃえっ♪』
そうして、さらにグリグリする速度を速め、俺が今まで体感した事のない高速指耳かきが炸裂する。
『あーあーあーあー。腰浮かして顔情けなくさせちゃって……。ド変態、マーゾッ♪』
まるで耳穴を犯されているような感覚に、俺も思わずM向けASMRの虜になりかけてしまう。
『ほじほじほじほじほじほじほじほじ、ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ……あははっ。本当に気持よさそうにしちゃってるー! 気持ち悪っ!』
孤高と高笑いを浮かべていたかと思えば、狙っていたかのような艶めかしい声での罵倒責め。
俺はついに耐え切れなくなり、耳に当てていたイヤホンを外した。
「はぁ……はぁ……はぁ……あっぶねぇ……。し、死ぬかと思った」
一旦心を落ち着かせてから、ちらりと動画の概要欄を眺める。
「『園田わかば』か……」
声のトーンは普段と違うものの、息遣いや雰囲気は普段とそっくり。
先ほど理科実験室で聞いた時、ピンと思い当たった俺の記憶は間違いではなかった。
園田わかばの中の人が、沼部悠羽であることを、俺は確信する。
どうして、悠羽が俺のASMR好きに対して偏見を持っていなかったのか、やっと理解できた。
そりゃ自身がASMRを提供している側であれば、一定数の需要がある事を理解するのは容易いこと。
でも、だとしたらなぜ悠羽は、こんなヒントを俺に与えてきてくれたのだろうか?
もしかしたら、他に重要な何かを見落としているのでは?
俺は頭をフル回転させて考える。
とそこで、『奥沢優里香に気を付けろ』と悠羽に言われたワードが頭の中に思い浮かんだ。
俺の中で、とある一つの仮説が浮かぶ。
「もしかして……奥沢さんもASMR配信者だったりするのか?」
改めて、奥沢さんに初めて耳かきしてもらったときのことを思い出す。
確かにあの時、彼女はASMRはあまり知らないと言っていたけれど、耳かきする前に試してきた耳フーや囁きボイスは、素人にしてはかなり上手かった。
「まさか……な……」
しかし、気になってしまったら最後。
そこから、奥沢さん探しの沼が始まってしまった。
数時間後、マゾ向けASMR配信のアーカイブを探し切った頃には、罵倒攻めに耳が滅多打ちにされ、頭の中で『ザーコ』という言葉が何度も脳内再生されるという始末。
結局、奥沢さんの痕跡を見つけることは出来ず、悠羽のヒントを生かし切ることは出来なかった。
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