第17話 放課後デート
帰りのHRを終え、教室が各々散っていく中、俺は荷物をそそくさとまとめ終え、頬杖を突きながら、タイミングを窺っていた。
「よっすー礼音。何してんだよ。帰らねぇのか?」
すると、台賀が部活へ行く前に、俺の元へとやってきた。
俺は台賀の肩に腕を回し、耳元で話しかける。
「バカ。静かにしろ! 奥沢さんの動向を確認してるんだから」
「なんでだ?」
「いや実はな。この後一緒に帰ることになってるんだよ」
「はっ……俺が部活で必死こいてる間に放課後デートとか正気か? 死ねよ」
「そんなんじゃねぇよ。これも噂を真実にするための策なんだよ」
そう、これは奥沢さんと朝の図書室で馴れ初め作りをしている時のことである。
「あっ、そうだ! より信憑性を持たせるために、今日の放課後、一緒に帰るのはどうかな?」
「えっ……一緒に帰るって、俺が奥沢さんと一緒に⁉」
「他に誰がいるの? 雪谷君としかないに決まってるでしょ」
ついに……ついに俺にも春が来たぁぁぁぁー!!!!
恋人と一緒に待ち合わせして二人きりで帰宅する。
俺が望んでいた学園ライフ……!
「分かった! 一緒に帰ろう!」
俺はウキウキで奥沢さんの案に乗っかった。
まあ、仮の恋人関係だから、正確に言えば違うんだけど、少しぐらい恋人気分を味わったって
すると、奥沢さんがカバンを持って席を立った。
俺もそれを見計らって、椅子を引く。
「ってことで、部活ガンバ台賀」
「くぅぅぅ……! 今に見てろよ礼音。俺だって、いつか必ず、悠羽ちゃんと一緒に放課後デートしてやるんだからな」
「まずは悠羽の好感度上げから頑張れ」
「きぃぃぃぃー!!!」
悔しそうに奇声を上げる台賀を置き去りにして、俺は教室の外へと出た。
そのまま、俺は奥沢さんの後を追うようにして、昇降口へと向かう。
昇降口に着くと、奥沢さんはこの前と同じように、ロッカーに寄りかかった態勢で俺を待ってくれていた。
「お、お待たせ!」
俺が緊張した面持ちで声を掛けると、奥沢さんがぱっと笑みを浮かべた。
「お疲れ雪谷君」
「うん、お疲れ!」
緊張のあまり、棒読みの声が出てしまう。
それを聞いた奥沢さんが、くすっと笑みをこぼす。
「どうしたの雪谷君。もしかして、私と一緒に帰るの緊張してるの?」
「だ、だって、こんな体験初めてだから……」
「そっか……それじゃあ私が雪谷君の初めて、貰っちゃうね♪」
冗談めかしたようにウインクしながら言ってくる奥沢さん。
「よ、よろしくお願いします!」
気づけば、俺は律儀にお辞儀をしていた。
「あははっ、それじゃあ一緒に帰ろうか」
奥沢さんに促され、俺は上履きからローファーへと履き替える。
そして、俺は奥沢さんと仲良く並んで、校門へと歩きだす。
「はぁ……ヤバイ、こんな経験、二度と出来ないかもしれん」
「そんなことないでしょ。雪谷君に素敵な彼女が本当に出来たら、またあるかもしれないよ?」
「ははっ……素敵な彼女ね。そんなもの、とっくの昔に置いてきちまったぜ」
俺が自虐的にから笑いすると、奥沢さんは不思議そうに首を傾げた。
「私は別に、雪谷君がモテなさそうとか、まったく思わないんだけどなぁー」
「お世辞でもうれしいよ。ありがとう」
「お世辞じゃないんだけどなぁー」
「まあ、高校卒業する時に、答えは分かるから」
そう結論付けて、俺たちは校門を抜けて駅の方へと歩いて行く。
「そう言えば、友達とかの反応はどうだった?」
何の気なしに、奥沢さんが尋ねてくる。
「当然っちゃ当然だけど、休み時間ごとにクラスメイトの男子達から質問攻めの嵐だよ。奥沢さんの彼氏ってどんな奴だって俺の顔をわざわざ見に来る先輩や後輩もいて、丸一日有名人になった気分」
「あははっ、やっぱりそうなっちゃったかー。ごめんね、疲れさせちゃったよね?」
「まあ、貴重な体験をさせてもらったってことでポジティブに捉えてるよ。そっちはどうだった?」
「私はクラスの女の子達から色々と聞かれたりはしたけど、それ以外は特にこれと言って変わりはなかったかな。あっ、でも廊下とか歩いているときに視線はいつも以上に感じたかも」
「自分で言うのもなんだけど、今校内で一番ホットな二人だもんね」
「そうだね」
そんな他愛のない会話をしながら、駅へと向かって歩いて行く。
仮の関係とは言え、奥沢さんみたいな美少女とこうして二人並んで通学路を下校するなんて日が来るとは、夢にも思っていなかった。
俺たちが歩いている間にも、前後を歩く生徒たちがちらちらと驚いた様子でこちらを見つめてきている。
どうやら、より信憑性を持たせるという意味では、効果は抜群のようだ。
俺は、奥沢さんの様子が気になって、ちらりと覗き込む。
すると、ちょうど目が合ってしまった。
「ん、どうしたの?」
「あっ、いや何でもない!」
俺は慌てて取り繕い、視線を逸らす。
落ち着け俺、こんなんでいちいちドキドキしてたら心臓がいくつあっても足りないぞ。
俺はざわついている心を落ち着けるようにして、深呼吸を繰り返す。
『間違いなくあの女はまだ何か隠してる』
そこでふと、昼休み悠羽に言われた言葉を思い出してしまう。
こんなに献身的で尽くしてくれる奥沢さんなのだ。
まだ何か裏の顔があるとは思えない。
けれど、悠羽はどこか確信に近いような口調だった。
何か知っていることがあるだろうか?
「……」
「雪谷君、どうかしたの?」
急に黙り込んでしまった俺を心配して、奥沢さんが覗き込んでくる。
俺は咄嗟に、違う話題を口にした。
「あっ、いやっ、ちょっと疑問に思っただけ。二人で一緒に帰ってる姿を見られるのは確かに信憑性は湧くんだろうけど、別に校内で一緒にご飯を食べるとかでも全然良かったんじゃないかなって。どうして放課後デートに奥沢さんがこだわってるのか、聞いても良い?」
「あぁ……えっと……それはね……」
俺が恐る恐る尋ねると、奥沢さんはしばらく視線を泳がせていたが、決心がついたのか、すっと顔を上げると、恥ずかしそうに顔を朱に染めて頬を指で掻いた。
「私、今まで放課後に彼氏と一緒に帰るってしたことなかったから、一度やってみたかったんだよね。丁度噂も上がっていい機会だし……。あははっ、迷惑だったかな?」
気恥ずかしい様子で尋ねてくる奥沢さんに対し、俺は慌てて両手を振る。
「いやいやいや、そんなことないよ! むしろこっちこそ俺を選んでくれて光栄というか、俺で良かったのってぐらいで……」
「うん、私は雪谷君と一緒に放課後デートできてうれしいよ」
その純粋無垢な笑みが、俺の胸にずきゅんとクリーンヒットする。
あぁ、神様。
今車にひかれて死んでも悔いはないです。
ほらやっぱりな、悠羽が心配するようなことなんてなかった。
多少計算高いところはあるのかもしれないけど、こうして俺との放課後デートを純粋に楽しみにしてくれてただけなんだよ!
「それじゃあさ! せっかく二人で放課後デートしてるわけだし、今日は二人で思う存分楽しもうよ!」
「あっ、それなら私、丁度雪谷君と一緒に行きたい所があるんだよね。付き合ってくれる?
「もちろんだよ! どこに行くの?」
「それは、行ってからの楽しみー」
奥沢さんは人差し指を唇に当て、秘密めかしたように可愛らしくウインクしてくる。
「じゃあ、仕方がないから我慢するよ」
「ありがとー」
「んじゃ、早速その場所に行こうか!」
「あんまり素敵な場所ってわけじゃないから、期待はしないでね」
「うん、分かった」
すると、奥沢さんが俺へ手を差し出してくる。
「えっ……?」
俺は思わず、唖然として奥沢さんを見つめてしまう。
「これも……カップルだって信憑性を持たせるためだから」
奥沢さんは、少々頬を赤くしながら、ぼそぼそとした口調で言ってくる。
俺はごくりと生唾を飲み込んでから、恐る恐る奥沢さんの手を取った。
刹那、柔らかい奥沢さんの手の感触が伝わってきて、ぶわりとした感情が溢れ出す。
奥沢さんの手は、強く握ってしまったら潰れてしまうのではないかというほどに小さくて、それ以上にとても温もりを感じる。
あぁ……もうこれ、人生に悔いないわ。
こうして幸せの絶頂を迎えた俺は、本物のカップル気分を味わいながら、奥沢さんが行きたいという場所へと向かうのであった。
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