第16話 忠告

 教室へ向かうと、予想通り、校内は『雪谷礼音と奥沢優里香が交際⁉』という話題で持ち切りだった。

 奥沢さんは例の噂もあって、校内でも有名人。

 そのため、ビッチ美少女を堕とした彼氏の顔を一目見ようと、生徒たちが二年一組の教室へ、授業合間の休憩時間にぞろぞろと訪れては覗きに来た。


「どれだよ、清楚ビッチを堕とした男ってのは?」

「あれだよあれ、廊下側から二番目の列から四番目に座ってる」

「マジ⁉ あんな奴が⁉ マジかよ。性欲って見た目によらねぇんだな」


 俺を見た目で判断し、早速ディスる後輩たち。

 言いたいように言ってくれやがって……先輩として教育シバキアゲちゃうぞ?


「へぇー、奥沢さんって面食いのイメージあったけど、あぁいうのがタイプなんだ」

「なんかパッとしないね」

「多分あれでしょ。実は彼氏の方がめちゃくちゃヤり手で、奥沢さんのこと身体で覚えさせたのよ、物理で」

「だよねー。じゃなきゃ付き合ってないよね」

「分かる―!」


 俺を見て、性欲の権化とディスる女子生徒達。

 オイコラ、全部聞こえてっからな?

 少しぐらい声のボリューム下げろや。

 動物園のパンダじゃねーんだぞ?


 俺は完全に、時の人として見世物状態となっていた。

 改めて、奥沢さんの学内での知名度を思い知らされる。

 まあでも、遠巻きから見られているだけならマシだ。

 問題は――


「なぁ雪谷、お前いつから奥沢さんと付き合ってたんだよ?」

「どうやって落としたんだ、俺にもお前のテク(意味深)を教えてくれ!」

「ぶっちゃけた話、奥沢さんとどのぐらいの頻度でヤってんだ? もしかして、週七か、週七なのか⁉」


 とまあ、クラスメイト男子達からのグイグイ来る質問攻めがうざい。

 質問される度、俺は奥沢さんと事前に考えた解答を答えていく。


「付き合い始めたのは三カ月ぐらい前かな」


「特にこれといったことはしてないよ。普通にLI〇Eで連絡取り合ってたら、段々意気投合していって、次第に二人で遊んだりするようになって、三回目のデートで俺から告白したらOK貰ったって感じ」


「全然進展なんてないよ。奥沢さんとは清きお付き合いをしているからね。膝枕してもらったのがここ最近で一番の出来事だよ」


 俺が返答するごとに、各々がそれぞれの反応をしていく。


「くそぉぉぉぉぉー! いいなぁー。俺もあんな彼女ほしいぜ!!」

「ただのASM男だと思ってたけど見直したぜ。やるじゃねーか」

「くっ……絶対嘘だ。これは確実にヤりまくってるやつ。雪谷死せ」


 おい待て、最後の奴はただ妬んでるだけだろ。

 

 という感じで、あっという間に午前中が過ぎていき、迎えた昼休み。

 俺は台賀と悠羽と一緒に、理科実験室を訪れていた。

 ここなら、他人の目を気にすることなくゆっくり説明する事が出来るだろうと、台賀が事前に顧問の先生から許可を得て借りてくれたらしい。


「はぁ……やっと休めるぜ」


 午前中から質問攻めと見世物になっていたせいで、精神がすり減っていたため、ようやく肩の力を抜くことが出来た。


「んで、あれはどういう事なわけ?」


 気を緩めたのもつかの間、向かいの席に座った悠羽がお弁当を広げながら詰問してくる。


「今から言う事は、他の人には内密にしておいて欲しいんだけど」


 そう前置きをして、俺は一つ咳払いをしてから悠羽に状況を説明する。


「単刀直入に言うと、俺と奥沢さんは偽の恋人関係なんだ」

「えぇぇぇぇぇ……そうだったのかよ相棒! 俺はお前の恋を全力で応援してやろうと思ってたのにぃぃぃ!!!!!」


 刹那、俺の隣でオーバーリアクションをする台賀の額にヘアゴムがクリーンヒットする。


「イタッ⁉」

「石川うるさい。少し黙れ」

「はぁ……悠羽ちゃんからの愛のムチ……キュンッ!」


 胸を押さえながら感動している隣の変態を無視して、悠羽は俺へ視線を向けてくる。


「まっ、何となくそうなんじゃないかと察してたけど、なんで奥沢優里香とそんな関係になったわけ?」

「ほら、奥沢さんってあんまり校内でいい噂が出回ってないだろ? 放課後にホテルに入り浸ってるとかさ」

「そうね、あまりいい噂は聞かないわ」

「だから、こうして俺との噂が出回った今、悪い噂を聞き付けて声を掛けてくる男たちを払拭するチャンスだから、校内では偽の恋人関係を続けて欲しいって言われて……」

「なるほど。いかにもあの女がやりそうな手口ね。胸糞悪い」


 ケっと、悠羽が毒舌な言葉を吐き捨てる。


「というか聞いてる限り、雪谷にあんまりメリットが無いようにみえるんだけど?」

「えっと、付き合ってる間、耳かきとか膝枕とかなんでもしてもらえるってことになってるんだよね」


 実は、朝図書室で話し合いをしている時、奥沢さんが言ってくれたのだ。


『恋人のふりしてる間は、怪しまれないよう雪谷君がシたいカップルみたいなこと、いっぱいシてあげるね。例えば、耳かきとか膝枕とか!』と。


「なるほど。それで雪谷は、耳かきの誘惑に負けてまんまと奥沢優里香の術中にはまったってわけ。全く、これだからASMR中毒者は……」

「そりゃだって、可愛い女の子がリアルで耳かきしてくれるって言われたら、したくなるのが男の性ってもんだろ」

「雪谷がASMR中毒者だから誘惑に負けるだけで、他の人ならまず断るだろうね」

「そんなことないだろ! なっ、台賀!」


 同意を求め、隣で悠羽のヘアゴムで遊んでいた台賀に問いかける。


「そうだなー。まあ確かに、俺も悠羽ちゃんから耳かきしてもらえるってなったら、すぐに耳を差し出しっ――ぐはぁッ⁉」


 刹那、悠羽から放たれた上履きが台賀の顔面にクリーンヒット。

 台賀はそのまま地べたへ倒れ込んでしまう。


「キモクソザコ変態の意見は置いておくとして……」


 悠羽は怒りの感情を押し殺すようにして一旦呼吸を整えてから、鋭い視線を俺に向けてくる。


「大体の事情は分かった。二人は偽の恋人関係で、雪谷は奥沢優里香の手のひらで踊らされてると」

「踊らされてないよ。ただ奥沢さんの為に協力してるだけ」


 俺がそう答えると、悠羽は盛大にため息を吐いてから、真剣な眼差しを向けてくる。


「悪い事は言わない。これ以上奥沢優里香に関わると、雪谷が後で痛い目に合うことになる」

「どうして?」

「いくら美少女とはいえ、元々裏であまりいい噂がささやかれてない上に、この計算されたような展開。間違いなくあの女はまだ何か隠してる」

「そうかな? 俺はそんな風には思えないけど……?」

「それは、今雪谷が浮かれているから本質が見えてないだけ」

「でも、もうここまで噂が真実として生徒たちに認識されたら、どうしようもなくない?」

「方法はいくらでもある。一週間ぐらいして、『やっぱり価値観が合わなくて別れることになった』とかまたうそぶけばいい」

「でもそれじゃあ、『やっぱり奥沢さんは、色んな男をとっかえひっかえしてヤりまくりたいんだ』って、悪い噂に尾ひれがつくだけだよ?」

「別に、雪谷が無理に協力する義理なんてないでしょ?」

「まあ、それはそうなんだけど……」


 俺が納得いかない様子で唸っていると、悠羽がはぁっとため息を吐いた。


「全く、お人好しなのは雪谷の良い所だけど」


 そう言って、悠羽は食べ終えたお弁当箱を綺麗に畳んで仕舞うと、すっと立ち上がり、俺の方へ回ってくる。

 そして、悠羽の上履きの匂いを嗅いでいる変態から上履きを取り上げ、ベシッとその奪い取った靴で顔面を平手打ちした。


「あふぅっ……!」


 悶絶の声を上げて倒れ込む変態をよそに、取り返した上履きを履き終えて、悠羽は踵を返す。


「後の判断は雪谷に任せるけど、私は忠告したからね。それじゃ」


 言いたいことを言い終えて、悠羽は一足先に理科実験室を後にしようとする。


「待ってくれ悠羽。一つ聞きたいことがある」

「……何?」

「その……昨日の放課後のことなんだけど……」

「その話題はもう忘れて」


 悠羽は明らかに拒絶するような声を上げ、そのまま理科実験室を後にしてしまう。

 やはり、過去に黒亜との間に何かあったのは違いないようだ。

 恐らく、二人の間に大きな溝が出来るほどの事件だったのだろう。

 そっちはそっちで根が深そうだな……。


「はぁ、あぁいう冷たい態度も素敵♡」


 床で寝転がっている台賀が言葉を発したことで、俺は現実へと意識を戻される。


「台賀、お前はそろそろ自分の変態具合を自覚した方が良いと思うぞ?」


 にしても、悠羽のあの断定的な口調。

 奥沢さんの事で、何か確信めいたことを知っているのだろうか?

 まあでも、何がともあれ、しばらく現状維持で様子を見るしかなさそうだ。

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