第132話 可哀想な人達
◆ ルーク・アルクーレ視点
外から幾度も轟音が響いてくる。
街の中心に近い位置にある此処にまで音が聞こえてくるのだから、西門に近い場所にいる者達は不安で仕方がないだろうな。
「ルーク様、シラハ様を客間へとお通ししました」
「なに? シラハが此処に来たのか?」
セバスが部屋へと入ってくるなり、そう伝えてきた。
シラハの存在が露見すると拙いから、シラハはアルクーレに入らずに手紙でのやり取りをしていたと思っていたのだが違ったのか?
理由がなんであれ、此処に来たのなら話は聞いておきたいな。
「セバス、シラハを連れてきてくれ。話を聞きたい」
「申し訳ありません。シラハ様は体調がすぐれない様子でしたので現在は客間でお休みになっております。医師も手配致しましたが、診察もままならない状態です」
「診察ができない?」
セバスの伝えてきた内容に首を傾げてしまう。
どんな状態になれば診察ができなくなるというんだ?
「なら私から出向こう。部屋はどこだ?」
「それは……」
そこでセバスが言い淀んだ。
私に会って欲しくない、といった感じだ。
「何か問題でもあるのか?」
「問題……と言いますか、シラハ様に同行していた方なのですが少々気が立っているご様子でして……今のシラハ様に干渉しようとすると、その方がお怒りになるかと……」
説明をするセバスの顔色が悪い。
セバスに、そこまで言わせる者も珍しい。
「その者は何者だ?」
「レギオラ殿の指示で同行した冒険者の話ですと、レティーツィアと名乗ったそうです。そしてシラハ様の母親とも言っていたそうです」
「母親……確か以前来た時に、そんな話をしていたが……何故この時期にアルクーレに来たんだ?」
偶然……とは考えにくいし、現在のアルクーレの状況を知って母親同伴で力を貸しに来た……というのも無理があるか?
母親は帝国の人間で、今回の一件に関わっている?
いや……そうだとしたらシラハが帝国内で消息を絶った事があったが、それは……
不味いな……最近は変な事が多いから悪い方向に物事を考えてしまう。
もしもシラハの母親が帝国の人間だった場合は、シラハにもその疑いが掛かるが、私達に己の力を打ち明けてくれた時の涙は本物だったと思っている。
だからシラハは信じてやりたい。
母親の方は、実際に会ってみないとなんとも言えないが……
「……邪魔するぞ」
「レギオラ。外は大丈夫そうか?」
私が考え事をしていると、レギオラが部屋に入ってきた。
報告したい事もあるだろうし、私も外の状況は気になる。
「アルクーレに被害は出ていない。外壁に魔物が取り付く事もなかったしな。その点については竜に感謝したいくらいだ」
その点に……という事は何か問題があったという事なのだろうか。
そもそも竜が街の外にいる時点で問題しかないか……
レギオラが言いにくそうにしていたが、すぐに口を開いた。
「……帝国が何かしているんじゃないか…って言う予想はあったんだが、どうやら魔物の後方に控えていたらしくてな……」
「まさか……」
たしかにその予想はしていた。
だが竜が魔物を駆逐してしまったから、帝国がなにかしらの手を打ってきた……ということか。
「そいつらが、いきなり現れた白くてデカい空飛ぶ蛇の魔物と竜の取っ組み合いに巻き込まれて壊滅状態にある」
「ちょっと待ってくれ……」
私はこめかみを押さえながらレギオラの話に待ったをかけた。
情報を処理できない。
「少し確認したいんだが、まず……空飛ぶ蛇とはなんだ?」
「よく分からん。目撃情報からすると、森辺りからいきなり飛び出してきた……らしいんだが、竜とやり合えるような魔物がいるだなんて今まで聞いた事もないんだよな」
「だな。もし今までも森を棲家としていたのなら、多少なりとも噂にはなっていただろうしな」
最初はその蛇の魔物もシラハ関係かとも思ったが、それだと竜と争っている…というのは不自然だ。
となると蛇は帝国側か?
それとも私達が知らない、他の勢力が関与している?
分からない事だらけで、全てが憶測にしかならない。
本当に何が起きているんだ?
「それで、その蛇の魔物と竜の争いに巻き込まれて帝国兵が被害を被ったと?」
「そうなるな」
こちらが救援要請もしていないのに勝手に兵を出したのだから、気にしなくても構わないのだろうが……
後になって被害を受けた分の損害請求とかされたら堪らないな。
こちらから言わせれば領土侵犯なのだから文句を言わせるつもりはないが……
はぁ、外交問題とかになりそうだな……
「それで、その蛇と竜はどうしてる?」
とりあえず後々に起こりそうな問題は放置して、目の前の問題に取り掛かろう。
「帝国兵達がいた場所を中心に暴れ回ってるぞ」
「…………それは、そうか」
何というか、その場に連れてこられた兵士達が気の毒になってくる。
「帝国兵については何もしなくて良い。もしも街に辿り着いた者がいたら保護してくれ」
「わかった」
助けてやりたい気持ちはあるが、竜が暴れているだなんて状況は天災そのものだ。
そんな中に人員を派遣できるわけがない。
「他の竜は、どうしてる?」
「一体は姿を消して、二体は西門前で待機。一体が空にいる」
「姿を消した竜というのが怖いな……」
「ああ。飛び去ったという訳でもないみたいだし、何処にいるのやら……」
結局のところ街の外でできる事はないし、情報を纏めることくらいだろう。
そんな時だった。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぐあぁぁぁぁ……!」
という悲鳴が聞こえてきた。
「敵か?!」
レギオラとセバスが即座に構える。
だが、特に怪しい動きはない。
すると少ししてから警備の者が報告にやってきて、それをセバスに報告する。
「どうやら侵入者のようです」
セバスがさらりと報告してくるが、反応からすると既に捕まえた後なのだろう。
「どうやら侵入者はシラハ様を狙った様でして……それをレティーツィア殿が無力化したようです」
「レティーツィアって、嬢ちゃんの母親だよな? ヤバい圧を放ってたけど、やっぱり手練れだったか……」
セバスの報告にレギオラが、なにやら納得している。
「それよりも何故、シラハを狙ったんだ?」
「部屋の前に警備をつけたからでしょうか? それに室内には冒険者の方もいましたし、重要人物と見做されたのでは……?」
「だからって、あの母親がいるのに、よく襲おうなんて思ったな。俺だったら間違いなく逃げる」
「同感ですな」
セバスとレギオラがシラハの母親について話をしている。
二人して、そんな印象を持つだなんて、どんな人物なんだ?
シラハの母親に会っていない私は二人の会話に入る事ができなかった……
◆哀れな侵入者視点
「領主の暗殺……ですか?」
「そうだ」
我々に下された命令は簡潔なモノだった。
魔物の誘導までは上手くいったものの、アルクーレの街に到達する手前で竜が魔物を蹂躙し始めた。
しかも五体。
ありえない時期に、ありえない魔物に、ありえない数。
そんな状況に業を煮やした指揮官殿から下された命令は、領主の暗殺だ。
そもそも、そんな事をしたところでアルクーレの街を得る事など出来るはずもないのだが、指揮官殿はどうにか手柄を立てる事で頭が一杯らしい。
そんな無益としか思えないような命令だろうと、我々はこなさなければいけない。
我々は竜の出現により混乱しているアルクーレへと侵入する。
竜が現れた事で、街に侵入しなければならなくなったというのに、その竜のおかげで侵入し易くなっているのだから皮肉なものだ。
我々は領主の屋敷の様子を窺う。
警備は厳重だが街全体が混乱している為、隙はありそうだ。
屋敷を監視していると、中から白い魔物が飛び出して行ったのが見えた。
我々が誘導した魔物が領主の屋敷を襲撃したのか?
疑問はあるが魔物が出て行った事で、警備している者の意識も逸れた。
それを機に屋敷への侵入を果たす。
だが屋敷に侵入し、領主の居場所を突き止めたは良いが、なかなかに隙がなかった。
常に執事や警備の者達が側に控えている為、手出しができなかったのだ。
こちらは自分を含めて三人だが、総出で襲い掛かっても執事に妨害されるだろうと予想ができた。
かなりの手練れだろう。
となると人質だ。
領主夫人や嫡男も屋敷に滞在しているはずだが、一通り屋敷を確認したが姿が見えなかった。
おそらくは隠し部屋か何処かに身を潜めているのだろう。
どうしたものかと思案していると仲間から報告を受ける。
「一人の子供が運ばれてきたぞ」
子供なんか、どうでもいい。
だが、どうやらそれだけではないらしい。
「冒険者に護衛されているし母親も一緒だ」
「この非常事態に、その母娘だけを護衛付きで屋敷へと連れてくるだと?」
「もしかして……領主の娘か?」
娘がいるという情報はなかったが、この非常事態において街中に置いておくという事ができなかったという事か……?
母親も領主夫人ではないようだし、愛人とその娘といったところか。
だがそれなら妾の子とはいえ、人質として十分に使えそうだ。
我々は即座に行動に移す。
部屋には母親と娘、そして冒険者が三人。
冒険者は部屋の隅に控えている。
冒険者の牽制に一人、母親と娘を人質にするのに二人。
娘は体調が悪いのか寝ているし、母親はそれに付き添っている。
これなら抵抗される前に取り押さえられるな。
そして天井裏から部屋へと侵入した。
自分が冒険者達を牽制して、他の二人が母娘を……
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぐあぁぁぁぁ……!」
二人の悲鳴が聞こえた。
自分は冒険者達を前にしているにも拘らず振り返ってしまった。
すると二人の体が凍り付いているのが見えた。
「私ならともかく、いきなりシーちゃんに刃物を振り下ろすだなんて……」
娘の母親が怒気を露わにしながら腕を振るうと、バキンっという音と共に仲間の一人の首が飛んだ。
「コレはシーちゃんを襲おうとしたから殺したけど、貴方達はなに?」
女の質問に言葉を返せなかった。
屋根裏から観察していた時は娘を心配しているだけの女かと思っていたが、とんでもない。
この女は化け物だ……
敵に回してはいけなかった。
これならば執事や警備の者達を相手に領主を襲った方が、よほど勝算があった。
「沈黙ということは、敵……という事で良いのかしらね?」
そういうと自分の足下から氷が這い上がってきた。
もう動けない。
女が、こちらを敵として認識した時点で、まともに動ける空気ではなかったが、もはや抵抗すら許されない。
我々の任務は失敗に終わったと確信してしまった。
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