第131話 呟き

◆ガイアス視点


 我が娘シラハに頼まれ、魔物から人間の街を守る為に魔物共を潰し回っていると、シリューが突然苦しみ出したように暴れ出した。


 そして暴れ出したシリューからは、微かだがレティーツィアの魔力を感じた。


「ガイアス!」


 レティーツィアが我の名を呼ぶ。


 どうやらレティーツィアも己が魔力の影響だと思い至ったようだ。

 となるとシラハにも、どんな影響があるかわからん。


「ああ! ここは我に任せて、レティーツィアはシラハの所へ行け!」


 我はレティーツィアにシラハを任せる。

 シラハの異変に気を取られて、街を見捨てたとなったら気に病むだろうからな。


 それに……暴れ回るシリューを、そのままにしておく訳にもいかんからな。


 他の魔物共は長老とマグナスに任せておけば、どうとでもなるだろう。


 我は、地でのたうつシリューに近づき、その身体を上から押さえつける。

 シリューは抜け出そうともがくが、図体がデカいとはいえ、生まれたばかりの子竜を我が抑えられぬ訳がない。


 とはいえ、シラハの内側から出てきたシリューを下手に傷付けるわけにもいかんからな。

 どうしたものか……


 我が悩んでいると、シリューを押さえつけている手足に冷たさを感じた。

 視線をそちらに向けると、我の手足が凍りついているではないか。

 レティーツィアの魔力を感じてはいたが、これほどとはな!


 幸い凍っているのは竜鱗の表面だけだが、このまま押さえつけていたら、流石に厳しいかもしれぬな。


 冷気……氷が相手ならマグナスを呼ぶという事もアリだが、ここは任せよと言った手前それはしたくない。


 相手がシリューでなければ問答無用で首を噛み切ってやるのだが、それをしたらシラハが悲しむ。

 いや待てよ……シリューはシラハの魔力から生まれた存在なのだから、死んでも魔力があれば、また甦る事もできるのではないか?


 しかし、確証も無しにそんな事をする訳にもいかぬのだから困ったものだ。



 今もなお、我が足下でもがくシリューからは、さらに強い冷気が発せられてきている。

 万が一にも我が負ける等という事はないが、相手を必要以上に傷付けずに戦うというのは、やはりなかなかに難しいものだな。


 それは最近になって、リューダスを始めとした竜人達を鍛えてやろうとして理解した。

 加減をしているとはいえ、下手に殴ると殺しかねないからだ。


 一度、リューダスが我に向かって無謀にも突っ込んで来た時があった。

 それを突き飛ばしてやったら、ゴキリと変な音を鳴らして死にかけていた。

 あの時は、たまたま来ていたエルフが持っていた薬で助かったが、あの時の事がバレたらシラハに訓練に参加するのを禁じられそうなので、皆に口止めをしておいたから知られてはいないはずだ。


 訓練…………ふむ。


 そうだな。

 今のままでは誤って殺しかねないからな。


 やるなら可能な限り加減をするしかあるまい。


 我はそう思い至ると、シリューから少し離れる。


 我からの拘束が解かれると、シリューは再び暴れ出した。


 その暴れっぷりを見ながら我は人化を行い、シリューを見上げながら足に力を入れる。


「シリューよ、なるべく傷付かぬようにするつもりだが………矮躯とはいえ我の一撃だ。……かなり響くぞ」


 我はシリューの頭目掛けて飛び上がり、その顔を殴りつけた。


「グブッ……ルァアアッ!?」


 我の拳がシリューの顔面を捉え、シリューは仰向けになって地面に叩き付けられる。

 ふむ。牙も爪もない体は、こういう時に便利だな。

 多少、拳が凍っているが指を伸ばせば氷は落ちるから問題ない。


 シリューも竜であるならば、この程度では死なないだろうし、今度から体を動かしたい時はシリューに手伝ってもらうとするか。


 ふと周りを見ると、周囲に魔物の姿はない。


 シリューを押さえ付けている間に、魔物は逃げてしまったようだな。

 だが、街に近付いた魔物はマグナス達に潰されているだろうし問題はないだろう。



「む? あれは……人間か?」


 少し離れた所に人間達が群がっているのが見えた。

 たしか街に向かう途中で、人間達が集まっていたのを見かけた気がするな。

 シラハはアレらも守るつもりなのか?


 その辺りの確認はしていなかったが、どうしたものか……


 今はシリューが目を回しているからいいが、目を覚ましたら人間にも被害が出るかもしれんな。

 そうなったらシラハは怒るだろうか……?


 それは避けたいが、どうすれば人間達は離れるだろうか。


 思案していると、何人かの人間が我の所に向かって近付いてくる。


「そこの者! 貴様はアルクーレの冒険者か?!」


 近付いてきた人間が、そんな事を聞いてきた。

 我が冒険者とやらに見えるのか? どうやら、この人間は目が悪いようだ。


「我は冒険者ではない。娘は冒険者をやっているがな」

「そ、そうか。しかし、これほど大きな魔物を吹き飛ばすとは一体何をしたのだ?」

「何を…だと? 見ていなかったのか? ただ殴り飛ばしただけだ」


 多少離れていたとはいえ、我が殴り飛ばしたのは見えていただろうに、やはり目の前の人間は相当に目が悪いらしい。


「はっはっはっ! 人が、あの巨体を殴り飛ばせる訳がないだろう。まぁいい、手の内を晒したくないという気持ちは分からんでもないからな」


 何やら誤解をされているな……どうでもいい事だが。


「それより貴様は冒険者ではないのなら、今はどこにも属していないのか? それならばクエンサ公爵様の下で働かぬか?」

「クエンサ?」


 ふむ……どこかで聞いた名前だな。

 たしか……


「この魔物を手土産にすれば、公爵様も喜ばれるだろう。これほどの魔物を倒せる者がいれば、竜に助けられた等とホラを吹いて公爵様を陥れようとする者達の抑止力にもなるかも知れん。貴様の娘も冒険者などにならずとも楽な生活をさせる事もできるようになるぞ」

「娘に楽な生活か……それは魅力的な提案だな」


 シラハがゆっくりとできるのなら、我等三人で静かに過ごすのも悪くはないからな……

 だがシラハが、その生活を受け入れるかは話が別だがな。


 そして話していて思い出した。


「先程の話……クエンサだったか? 思い出したぞ。以前、我が娘に頼まれて人間を助けた場所だな」

「ほう。クエンサの街に訪れた事があるのか」

「我は街の中に入った事はないがな。そして娘が、そこの人間に随分な仕打ちを受けたとも聞いている」

「何処にでも素行の悪い者は居るのだな。そこの魔物を公爵様へと献上すれば、その者を罰するくらいはしてもらえるかもしれぬぞ?」

「なかなかに都合のいい話だな。だが、このシリューを貴様等にくれてやる訳にはいかん。我が娘に叱られてしまう」


 我の言葉を聞いて、人間がポカンと間抜け顔を晒す。

 そして僅かな間をおいてから笑いだす。


「巨大な魔物を吹き飛ばせる程の者が娘に叱られる事を恐れるとはな! だが、私もこのまま手ぶらで帰るわけにはいかんのだ。その魔物を我等の手柄とさせて貰おうか」


 人間がそう言うと、他の人間達が背後に何やら合図を出している。

 すると少し離れていた人間達が、ぞろぞろとこちらに向かってくるではないか。


「おい貴様。我等に近付くな」

「公爵様に士官する気がないのなら早々に去れ。手柄をいただく礼に、連行するのは見逃してやる」


 勘違いをしているらしい人間が何やら勝ち誇ったような笑みを浮かべている。

 此奴等は、自ら危険に身を投じようとしているのが理解できんのか?


 我の後ろで何かが動く気配を感じた。


「シリューよ。正気であるなら暴れるなよ」


 と、言ったは良かったが、すぐに風と共にシリューの体が横切り、近くにいた人間も近付いてきていた人間も皆まとめて薙ぎ払われた。


「なっ……」


 それが誰のあげた声なのかは分からなかったが、その後に聞こえてきたのは、人間達の悲鳴だった。



「だから近付くな、と言ったではないか……」



 我の呟きは人間達の悲鳴によってかき消された。











◆とある帝国兵視点


「なんで俺達が、隣国にまで来て魔物退治をしなきゃいけないんだよ……」


 そんな愚痴をポロッと零すが、皆気にした様子もない。


 こんな事、騎士様に聞かれたら怒られるだろうし最悪切り捨てられるけど、皆だって俺と同じ事を考えているはずだ。

 クエンサ公爵様の命令だからって、こんな所まで来ることになるなんて……。

 まぁ、断ったら捕まっちゃうから拒否なんて出来ないんだけどさ。



「ボヤいても今の状況から抜け出せる訳じゃないんだから諦めろよ」

「わかってるよ」


 愚痴を零す俺に声をかけてきたのは、この行軍で一緒に行動しているヤツだ。


 俺に限らずコイツも不満はあるらしく、お互い文句を言いながら此処までやって来た。


「そうそう、今回のこの魔物討伐の派兵は公爵様の独断らしいぞ」

「えっ……そんな事して大丈夫なのか?」

「いや、知らないけど……」


 国同士の事なんて全然分からないけど、勝手をやって問題が発生したら戦争とかになったりするんじゃないのか?


「大丈夫じゃなかったら、俺達反乱軍とか言われて殺されるかもな」

「怖い事言うなよな……」


 俺達の命なんて貴族様からしたら軽い物だろうから、そうなったら逃げるしか助かる道はなさそうだな。

 逃げられるとも思えないけど……


「そもそも国境までそれなりに距離があるのに、魔物の出現を確認して俺達を徴兵して、そこから出発して魔物を追いかけるって、どう考えてもおかしいだろ。明らかに魔物が現れるのを知っていないと出来ないって」

「たしかに変だよな。上の連中の話だと今の進行速度なら、もうじき追いつくとか言ってたし……」


 この会話で不満の他に心配事も増えて、不安を抱えて進んで行くことになってしまった。



 その後も行軍自体には問題もなく、無事に? 魔物の大群に追いついてしまった。


 そして、いざ魔物と戦うのかと思ったが、そこで出された指示は待機だった。


 いや、なんの為に来たんだよ!

 戦わなくて済むのなら、それでいいんだけどさ!

 それなら重たい鎧まで着込んで、こんな所まで来なくたって良かったじゃないか。



「こりゃ……公爵様、何かやってんじゃないのか?」

「何かって何をさ?」

「もしかしたらの話だが、魔物に街を襲わせて俺達がそれを助ける。そうやって恩を売って、何か交渉でもするつもりなんじゃないか?」

「いや……そんなのバレるだろ? そもそも魔物にどうやって言う事を聞かせてるんだよ」

「もしかしたらの話って言っただろ。方法なんて俺が知るかよ、唯の想像なんだから」

「まぁ、確かに。でも、もしもその想像があってたら俺達って悪者じゃね?」

「そうだな」

「………………」


 悪いヤツは、最後には捕まるか死ぬってのが物語の定番だ。

 そんな悪者に、いつの間にか加担していたとしたら、そいつに訪れる結末は……


 変な想像をして身震いがする。

 悪い事を考えていても気疲れするだけだから、やめておこう。


 さっさと魔物が居なくなってくれれば帰れるのにな……








 変な事を考えていたからだろうか、事態が急変した。


 魔物が、突如として現れた竜に蹂躙されている。


 クエンサの街にも最近現れたって噂があったけど、俺は竜を見るのはこれが初めてだ。


 あんなのどうやって倒すって言うんだよ! なんて考えていたら白い蛇みたいなデカい魔物が吹き飛ばされた。

 吹き飛ぶ前に、何か小さなモノが近付いていたように見えたけど気のせいか?



 俺も、俺の周りも大騒ぎだ。

 あんなのが相手だなんて聞いてない! と取り乱している。


 俺だって竜と戦うなんてゴメンだ。

 騎士団みたいな、しっかりと鍛錬やら訓練を積んだ連中が戦うべきだ。

 俺達が束になったって潰されるのがオチだ。


 そんなこんなしている間に、お偉いさんが魔物を吹き飛ばしたヤツと話をしているらしかった。



 最初は五体もいた竜も、いつの間にか三体になっているけど、早いとこ話を終わらせて帰らして貰いたかった。

 竜がこちらに気付いて攻撃を仕掛けてくる前にさ……



 周りも少し落ち着いてきた時だった。

 動かなくなっていたデカい蛇の魔物が動き出したのが見えた。


 魔物は俺達の方を見ている。


 ヤバい…と思った時には魔物の大きな口が目前まで迫っていた。


 死。その言葉が浮かんだだけで反応は全くできない。


 そんな俺に体当たりをかますヤツがいた。


 徴兵されてから、此処まで一緒にやって来たアイツだ。


 体当たりを喰らい魔物の口から逃れる俺と、自ら口の前に飛び出したアイツ。


 アイツの姿は魔物が通ると一瞬で見えなくなってしまった。



 そこからは地獄だった。


 蛇の魔物の通り道にいた連中は喰われて腹の中か、デカい図体に押し潰されて鎧と一緒にペシャンコだ。

 重い思いをして此処まで来たのに、なんの守りにもなりゃしない。

 それどころか逃げるにしても重りにしかならない。



「俺達は一体なんのために、此処までやって来たんだよ……」



 そんな俺の呟きに返事をしてくれるアイツはもういない。




 俺は目の前の地獄に背を向けて逃げ出した。





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