第16話 襲撃しますっ
私は今、ベッドに横たわっている。
アルフリードさんに部屋へと連れ込まれて、鍵をかけられたあとは、丁寧にベッドへとおろされた。
なんて声をかけたらいいか分からずに、アルフリードさんを眺めていたら、アルフリードさんが焦った表情を浮かべながら、コニーちゃんに用意させた水差しを持って私に近付いてきた。
「身体を起こせるか?」
「……? はい、起きれます」
「なら、とにかく水を飲むんだ」
「喉渇いてませんけど……」
アルフリードさんの意図が分からずに首を傾げていると、アルフリードさんが溜息を吐いて私を睨んできた。
「君は危険な薬物である魔薬を飲んだんだぞ! しかも一包みを複数回に分けて使うというのに、短時間に二包みもだ! 君は死ぬ気なのか!?」
「あ……」
私はそこでアルフリードさんがなにを焦っていたのか理解した。私には【毒食】があるので、まぁ大丈夫だろうと深く考えずに魔薬を口にして無毒化している。
魔薬を飲んだ時も何回かに分けて飲み込んでいたので、危険だと感じたらすぐに吐き出すつもりでもいた。
私が森の中で生活している時も、毒を含んでいる物を何度も食べていたので、あまり気にしてはいなかったけど【毒食】を知らない人から見れば自殺行為にしか見えないだろう。うっかりしてたね。
だからアルフリードさんは私に水を飲ませ薄めて、少しでも吐き出させようとしているのだろう。
「すみません、アルフリード様。ご心配をおかけしました」
さすがにこれは私が悪いと思い、頭を下げて謝罪をした。話を合わせるようにだけ伝えて、いきなり魔薬を呷ったのだ。むしろよく合わせてくれたと感心さえする。
「実は私、毒が効きにくいんです。森育ちで毒物が身近にあったので毒に慣れているんです」
「そう…なのか……?」
「はい、そうなんです」
困った時は森育ちで誤魔化す! そして身体にも異常がないのを証明するために軽く動いてもみる。
それを見てアルフリードさんはあからさまにホッとした顔をした。かなり心配をかけてしまったようだった。
「それでは領主様の屋敷に向かいましょうか。動けるなら今日にでも動いた方が良いでしょうし」
「ああ、そうだな」
私達はすぐに動き出して部屋を出た。日向亭を出る時にコニーちゃんが顔を赤くして「はわわ……」と言いながら物陰に隠れていたけど、帰ってきたらなんて説明しよう……
「製作所を見つけた!? それは本当か!」
私達は領主様に製作所の場所を突き止めた事を報告する。
領主様は素早くセバスさんに指示を出してレギオラさんを呼び出し、領兵を引き連れて速やかに取り押さえるべく動き出した。
領主様も出ようとしていたが、周囲に止められてセバスさんと一緒に報告を待っててもらう事になった。渋々だったけどね。
私達が製作所までの道案内をして、連れてきた領兵の半分が突入し、もう半分は売人達が逃げ出さないように道を塞ぐ役割が与えられていた。
街の中に出払っている売人達を捕まえることは出来ないが、大本を絶ってしまえば魔薬が出回る事はなくなる。
今回はとにかく根幹を断つことを優先としていた。
「魔薬は燃やしても服用するのと同様の効果があると聞く。もし犯人達が火をつけようとしたら、必ず止めるんだ」
レギオラさんが領兵達に注意点を告げていく。ちなみに冒険者はどこまで魔薬が広まっているか分からないため連れてきてはいない。例外は私とレギオラさんだけだ。
「念のため口を布で覆っておけよ」
私には必要ないと思うけど、変な目で見られるわけにもいかないので一応つけておく。
とはいえ私は調査協力者なだけなので、乗り込む予定はないので入り口を見張るだけだ。
レギオラさんやアルフリードさんは領兵に混ざって突入するみたいだけどね。
「いくぞ!」
レギオラさんが近くにしか聞こえない程度に合図をして突入が開始された。
入り口に張り付いていた人が扉を蹴破り、レギオラさんを先頭にして何人もの領兵が雪崩れ込む。
建物の中から怒声が響いたり、物が壊れたりする音が聞こえてきた。中では乱戦になっているんだろうね。
少しすると領兵の人が取り押さえた犯人を外に連れ出しては縛り上げていき、また中へと戻って行く。
その様子を見て順調そうだと思っていたら、建物の中から紫色の煙が噴き出してきた。
(この匂いは、魔薬だ!)
紫色の煙とともに何人かの領兵が慌てて出てきていた。口を布で覆っても一時凌ぎにしかならないようで、退避指示が出たらしい。
この紫色の煙の溢れ方からして事前に準備されていたようにも感じられる。つまり、犯人達はこの煙の中でも行動ができる可能性がある。
人数差を考えれば逃げるだろうけど、ここで魔薬を作れる者を取り逃すわけにはいかない。
私は煙の中から出てきたレギオラさんとアルフリードさんの横をすり抜けて建物の中へと飛び込んだ。
建物の中に入って私が最初に思った事は視界の悪さだった。紫色の煙で自分の体さえ見えなくなっていた。
(うわっ。煙でいっぱいだ……やっぱりここは【熱源感知】!)
私は【熱源感知】を使いながら建物の中を進んでいく。たまに壁にぶつかりそうになるけど、【獣の嗅覚】で人が通った場所を探しながら移動しているので問題なく進めている。
しばらく進んでいると、声と物音が聞こえてくる。
「薬は全部持ったな! さっさとズラかるぞ!」
「ちくしょう! なんでここがバレたんだよ!」
「それより今は逃げるんだよ!」
犯人達はどうやら、すぐには逃げないで魔薬を持ち出そうとしていたらしい。
私が【熱源感知】で周囲の様子を確認すると犯人は五人だけのようだった。
私は犯人を取り押さえようと動こうと身構える。すると何か物音がしたかと思ったら風が流れた気がした。
隠し通路なのだろうか犯人達が風の流れの方へと移動したのが分かった。
(まずい! 隠し通路を閉じられたら逃げられちゃう!)
私は慌てて【竜気】を使いながら、一番近くにいた犯人に向かって飛びかかった。
「ぐわっ!」
「なんだ?!」
「まだ兵士がいたのか! って、お前は薬を買い込んだ冒険者か!」
犯人を一人殴り倒して気絶させると、残りの犯人達が私に気がつく。私の方からは顔が分からないけど、やっぱり向こうには私が見えているみたいだった。私も声は聞いた覚えがある気がする。
犯人達の位置は分かるけど、こちらに向かって構えているのかが分からないので警戒していると、物音とともに風の流れが止んだ。
(隠し通路を閉じられた?! でも、逃がさない!)
私は遠くなっていく犯人達の熱の方向を睨みながら構えた。
(【竜気】【爪撃】!)
私が振るった両腕は、隠し通路を塞いだ壁を容赦なく突き破った。
(よしっ!)
壁を突き破った勢いをそのままに、破片を撒き散らしながら隠し通路を駆け抜ける。
壁によって遮られていたせいか、隠し通路には煙が届いていなかった。
(見つけた!)
私が走っていると犯人達の後ろ姿を見つけた。犯人達が運んでいる物の量がそれなりにあるらしく、どうにか追いつけたようだった。
「クソ! もう追いつかれたぞ!」
「こうなりゃ、やるしかねぇ!」
追いつかれた犯人は残り四人。そのうちの三人が荷物を捨てて私に襲いかかってくる。
(短剣とはいえ下手に攻撃したら不味いよね……)
私は短剣を抜くのを止めて、【竜気】を使いながら犯人達を殴り倒していく。
「この! ……ぐぁ!」
私は攻撃を避けながら三人を倒すと、最後の一人に視線を向ける。
最後の一人は白衣を纏っていて研究者のような男だった。
「大人しくしてくれるのなら、手荒な真似はしませんよ」
「これはこれは、勇ましいお嬢さんだ」
白衣の男は自分の懐を漁ると、掌に収まるくらいの小さな球を取り出し、私に向かって投げつけた。
投げられた球は放物線を描いて私へと飛んでくるが、目の前で投げる動きまで見ていたので問題なく避けられた。
球はそのまま床へと落ちると、勢いよく弾け飛んだ。
「?!」
弾け飛んだ球の中から、液体が通路一帯に飛び散った。
私は咄嗟に顔を庇ったが、飛んできた液体は避け切れずに全身に浴びてしまう。
「なにコレ。ドロドロしてる……」
浴びた液体は粘性を帯びていて、気持ちが悪かった。
「ぎゃああああぁ……!」
「あ、あつい。痛イィ……」
「助けてくれぇ!」
私が浴びた液体に顔を顰めていると、さっき倒した三人が悲鳴をあげながら床を転がりはじめた。
転がる三人の様子を観察していると彼らの服が、液体がかかった部分から溶け出して、その下の皮膚を赤く焼け爛れたようにさせていた。
「毒? それとも酸?」
「正解だ、それは体を溶かす毒さ。お嬢さんもすぐにそうなる。こんな所までやってきたことを後悔するんだね」
男が勝ち誇ったように告げると、留め具が壊れたのか私が着けていた胸当てが音を立てて床へと落ちる。
「この毒は人を殺すまでの力はないけど、すぐに治療しないと好きな人の前で服を脱ぐ事ができなくなっちゃうよ」
男は私が慌てふためく姿でも見たいのか、下世話な事を言ってくる。
「ご忠告どうも。でも今のところそんな予定もありませんので大きなお世話です」
「っ?!」
私が男へ向かって走り出す。
男はそれを見て焦り出したがもう遅い。
「はぁ!」
「ぐっ」
仲間を巻き添えに攻撃する男に、私は手加減なしで殴りつけた。
男は吹き飛んで床に倒れ込む。私はそれを見下ろしながら口を開く。
「これに懲りて、大人しく捕まってください」
独り言のように告げた言葉だったが、意外にも返事が返ってきた。
「まだ捕まる気はないんだよね」
「っ!?」
今まで加減をしても動かなくなる人しかいなかったのに、この白衣の男はむくりと体を起こすと、ふらふらとしながら立ち上がった。
「いやぁ、おかしいね。なんで君なんともないのさ……服は一部溶けてるみたいだし、避けたわけじゃなさそうだけど」
「さぁ、なんででしょうね? 効果がある人と無い人がいるんじゃないんですか?」
「そんなわけないでしょ。実験で何人に試したと思ってるのさ」
平然とした顔で人体実験をしたことを告げる男に、私は顔を顰める。
男は私のそんな様子にも気が付かずに、何かを考えているようだった。
「もしかして君、
「ギフト?」
聞かない言葉に私は首を傾げた。ギフトと言えば転生や転移をした人が貰える特典とかのイメージがあるけれど……
でも、今は兎にも角にもあの男を捕まえるのが先決である。
私が構えると男も警戒を露わにする。
「おっと。君の拳はもう受けたくないからコレを使わせて貰うよ」
男が後ろに手を回すと短剣を引き抜いた。短剣の柄の部分に緑色の宝石が嵌め込まれているように見えた。
「ごめんねぇ。君みたいな女の子を切り刻む趣味は無いんだけど……ねぇ!」
男が距離も詰めずに、その場で短剣を振るう。
すると風が吹きつけ、私の足に痛みが走る。
「っ!」
痛みが走った足を見ると浅く切り傷をつけられており、そこから血が流れていた。
「魔道具ってヤツですか……厄介ですね」
「手足を落とすまでは出来なくても、動けなくさせるくらいの怪我は負わせられるはずなんだけどね……どうなってるんだい君は」
お互いに忌々しそうに睨み合う。私が無事だったのはおそらくは【竜気】のおかげなんだろうけど、それがなければ行動不能になっていたかもしれない。
そこまで深い傷をつけられなくても、短剣を振るった動きだけでは攻撃を避ける事も難しい。
どうしたものかと悩んでいた私だったが、すぐに考えるのを止めて顔を両手で庇いながら男に向かって突撃した。
「ちっ」
男が舌打ちをしたのが聞こえた。
本来なら避けなければ不味い攻撃を無視して突き進んでくるのだ、相手としても想定外なはずだ。
「このっ!」
何度か攻撃されたけど私が距離を詰めると、男は短剣を振り上げて私に突き立てようとする。
私は振り下ろされてきた腕を掴むと、腹を蹴り上げた。
蹴り上げた男の腕を掴んだまま自分を支点にして、頭上を飛び越えるように振り回してそのまま床へと叩きつけた。
「ごはっ」
叩きつけられた男は白目を向いているので、もう動けないだろう。
床をのたうち回っていた三人は呻き声をあげながら蹲っている。
とりあえず逃げ出した犯人達は無力化できたはずだ。
依頼が無事に達成できそうだと胸を撫で下ろしていると、私がやってきた道から足音が聞こえてきた。
あとは追いついたレギオラさんかアルフリードさんに後処理を丸投げすれば良い。
こういう時くらいは子供という立場を使ってもいいよね!
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