第15話 つれこまれました

「今日もそれらしい人を見つけられませんでしたね」

「そうだな」


 私とアルフリードさんの二人はトボトボと帰路に就く。魔薬捜査も今日で二日目だ。今までの調査でも手掛かりが掴めていないのに、たったの二日で結果が出るはずもないのだが、それでも徒労感があることは否めない。


 これは違う調べ方をしてみた方が良いのかもしれないな、と私は思う。

 なのでその帰り道で、私はアルフリードさんに話を切り出してみた。


「中毒者に会いたい?」

「はい、私は森育ちなので鼻が利くんです。なので魔薬や魔薬を使っていた人の匂いが分かれば、気が付けることもあるかもしれません」


 違う調べ方。それは【獣の嗅覚】を使って警察犬のように匂いを辿る方法! わんわん!

 あ、どちらかと言うと私は猫派だよ。え、聞いてない? そうですか。はぁ肉球触りたいなぁ……お腹に顔を埋めたいなぁ……と私の願望は置いといて。

 ちなみに森育ちだからって鼻が利くかは分からないよ。とりあえず、そういう事にしておくだけ。


 というわけで、アルフリードさんには領主様にお願いしてもらって、魔薬の現物だったり中毒者の人に会わせて貰えるように手配してもらった。

 私はアルフリードさんと別れたあとにギルドへと向かい用事を済ませると日向亭へと戻った。

 これで調査に進展があればいいなぁ。


 そして翌日。

 私は領主様の屋敷に来ている。なんでも魔薬と知らないで服用してしまった被害者とも言える人達は、領主様の屋敷で保護されているのだとか。

 あと売人も口封じされる恐れがあるから、屋敷の地下に閉じ込めているんだって。


 保護されている被害者や売人は領主様の監視下にあるので、私は領主様、アルフリードさん、セバスさんと一緒に被害者の人がいる部屋にやって来た。

 部屋に居たのはおっとりとした印象のある女性だった。彼女は領主様が入って来たのに気付くと慌てて頭を下げ始めた。


「りょ、領主様! この度はご迷惑をおかけして、スミマセン!」

「気にしなくていい。私の方こそ魔薬が出回るのを未然に防げなくて済まなかった」

「領主様……」


 女性は感極まったように涙ぐむ。ほんとこの領主様はいい人っぽいなぁ……


「それでアニラ。今日は君に協力してもらいたい事がある」

「私で良ければなんでもします!」

「感謝する。――シラハ」

「はい」


 領主様に声をかけられ私はアニラと呼ばれた女性に、ずいっと近づいた。


「失礼しますね」

「はい?」


 私は理解できていない様子のアニラさんに抱きつき、顔をアニラさんの胸に埋めると大きく息を吸った。

 すーはーすーはー


「え? え? あ、あの領主様これは……?」

「…………シラハ。それは何をしているんだ?」

「匂いを嗅いでいます」

「それは君の趣味、とかではないのか?」

「違います」


 アルフリードさんに失礼な事を言われた、心外な……。私は調査の為にやっているのであって邪な感情はカケラもないと断言できる。ただ客観的に見ても奇行と思われる事は分かっていたので、事前に抱きつくとは説明はしなかった。止められる気がしたからね。

 私は充分に堪能……違うね。充分に匂いを覚えられたと思うところでアニラさんから離れた。


 領主様とセバスさんにはフイっと視線を逸らされた。私の趣味ではないんですよ! ホントですよ!


「すいませんでした、アニラさん。協力ありがとうございました」

「い、いえ。お仕事、ですもんね。頑張ってください」


 なんか引かれている気がする。おかしいな、私は幼く見えるからそこまで抵抗ないと思ったのになぁ……


 その後も何人かの被害者、売人の匂いを確認してから魔薬の現物も実際に見させてもらった。魔薬はどこかで嗅いだことがある匂いな気がするんだけど、色々な匂いが混ざっていて判然としない。


「これで調査も進みそうか?」

「分かりません」

「え……」


 領主様が私に確認してきたが私は首を横に振ると、三人とも驚いた表情をしてみせた。そんなに驚かなくてもいいのに……


「調べるための糸口はいくらあっても良いですからね、役に立てば良し、ですよ」

「分かった。調査がうまくいくことを祈っている」


 領主様は納得した表情になると、私達を送り出してくれた。街に出るとアルフリードさんは不満顔で隣を歩いている。


「あれで調査に進展があると思っていたのに……」

「先程も言ったじゃないですか。役に立つかもしれない、って。領主様やお兄様がずっと調べてても分からなかった事がそんな簡単に分かるわけないじゃないですか」

「そうだけどさ……というか君、まだ僕のことをお兄様と呼ぶんだね……」

「もう街の中ですしね。お兄様も私の事を君ではなくて名前で呼んだ方が良いんじゃないですか?」


 アルフリードさんは結果ばかりを求めていて、過程には目を向けない人なのかもしれない。それではなかなか調査も進まないのも頷ける。


「シラハ」

「なんですか?」


 アルフリードさんが私の名前を呼ぶ。しかし返事をしても次の言葉が返ってこない。アルフリードさんの方へと視線を向けると不安そうな表情をしているのが分かった。何かあったのだろうか?


「シラハ、君は生贄にされたと言っていた」

「ああ、その事ですか」

「君は悲しくなか――――」

「それは街中で話す事じゃないですし、話す義理もありません」


 私はアルフリードさんの言葉を途中で遮り、話をそこで終わらせた。私達は協力関係にあるだけで、過去の出来事に踏み込んでいい間柄でもない。

 そこから私達はとくに会話をする事もなく街中を歩いてまわった。


 市場を歩いていると嗅いだことがある匂いが鼻についた。私は魔薬の匂いだとすぐに分かり、周囲を見回すと路地の方に男が立っているのが見えた。

 私はアルフリードさんの袖を少し引っ張ると、彼に耳打ちをする。


「あそこの路地にいる男、多分ですけど売人です」

「ほんとうか!」


 アルフリードさんが小声で叫ぶ。ちょっと興奮気味なのでいきなり飛びかかったりしないように、しっかりと掴んでおく。


「なにをしている。はやく捕まえないと」

「捕まえちゃ駄目です。大本を叩くなら泳がせなきゃいけません」

「しかし……」

「今まで、そちらのやり方で結果が出ていないのですから、今回は私のやり方でやってみませんか?」

 

 私がそう持ち掛けるとアルフリードさんは少し悩んだ素振りをしたあとに頷いてくれた。


「分かった、今回はシラハに任せる。僕はどうしたらいい?」


 貴族であるアルフリードさんが私に合わせると言ってくれて安心する。やっぱり、この人も悪い人ではないんだろう。


「あの男は捕まえない。あとは私の話に合わせてくれればいいですよ」


 アルフリードさんは少し不安そうな顔をしたが、拒否はされなかった。事前に何をやるか説明されていないので、アニラさんにやったような事でも仕出かすと思われているのかもしれない。さすがに男の人にあんな事はしないよ、痴女じゃあるまいし。


 私達は売人と思われる男に近付いていくと、男は警戒したような表情になったが、それでも私は笑顔のまま近付いていった。


「おにいさん。私に気持ち良くなれるお薬を売ってくださいな」

「なっ」


 男は目を見開いた後に、きょろきょろと周囲の様子を伺う。


「その話はここじゃ不味い。奥に行くからついて来い」


 私達は男の後ろをついて行き、市場の喧騒が遠くなったところで男が振り返った。


「あんなところで薬を、とか言うなよ。焦っただろ!」

「ごめんなさい。でも私、我慢できなくて……」

「まあ、いいか。お前さんは冒険者だろ? そっちの男は何者だ?」


 男の視線がアルフリードさんへと向けられる。一瞬アルフリードさんがビクリと硬直した気がする。

 というか私の事が知られてるなんて……大人しく生活してたはずなのに……


「こちらは私のお兄様です。私を心配して王都から来てくれたんです」

「ほう。兄、ねぇ……」


 男がジロジロとアルフリードさんを見ている。そんなに緊張していると怪しまれちゃうよ……


「それで、お兄様が王都から気分が晴れるお薬を持ってきてくれたんです。でもそれも無くなってしまったので、この街でお薬を売ってくれる人を探してたんです」

「なるほどなぁ〜」

「それで売って貰えますか? 私はやくお薬が欲しいんですけど……」


 私が少し切なげに薬を求めてみると、男がニヤリと笑うと懐から小さく畳まれた紙を取り出した。


「今ある薬はこれだけだ。だが最近また値上げしてな、一包み5万コールだ。払えるか?」

「大丈夫です。だからはやくください!」

「へへ……ほらよ」


 私は薬が切れているように振る舞いながら魔薬を購入する。なんとか騙せているようで何よりだ。だけどさらに警戒を解くにはもう一押し必要だ。

 なので私は購入した魔薬の包みを開けると、その中身を全て呷った。


「お、おい!」

「シラハ! 何をしてるんだ!」


 アルフリードさんと売人の男が驚いて声を上げる。売人はともかくアルフリードさんはビックリだろうね。

 私は口に含んだ魔薬をコクリコクリと喉を鳴らしながら飲み込むと、表情を蕩けさせる。上手く演技出来てるかな?


「プハァ……だって、お兄様はさっき私の為に持ってきたお薬を飲んだじゃないですか。なら今度は私の番ですよ」


 私は舌をペロリと出して唇を舐める。その様子を見て売人がゴクリと喉を鳴らした。別に誘惑してるわけじゃないから、そんな顔しないでよ!


「あの……おにいさん。私、もっとお薬が欲しいんですけど、売って貰えませんか? お金なら100万はあります」

「ひゃ、ひゃくまん! お、おう、いいぜ。今、手持ちには無いから製作所に連れて行ってやるよ」

「ほんとうですか!? ありがとうございます!」


 動揺している売人の目の前に、昨日ギルドから下ろしてきた大金の入った袋を出すと、作っている場所へと案内してくれることになった。とりあえず私は魔薬で気分が高揚しているという感じで、腕に抱きついてみると売人は挙動不審に陥った。やり過ぎたかもしれない。


「はやく行きましょ! お兄様も!」

「あ、ああ……」


 売人はデレデレしながら路地裏を歩いていく。幼女趣味ロリコンなのかな、怖い。

 同じような所を回っている気もするが、道を覚えられないためなんだろうな。

 それなりに歩くと、表からはだいぶ奥まった場所に辿り着いた。そこには小汚い雰囲気はあるものの、しっかりとした作りの建物が建っていた。ここが製作所なのだろう。

 製作所の前には何人か人が立っていて、私達に気付くと顔を顰めた。


「おい! なんでここに関係者以外を連れてきた!」

「い、いや。コイツらは上客なんだよ……100万出すから買えるだけ買いたいってさ」


 私達を連れてきた売人が説明すると、皆がその額に驚いていた。


「よし分かった売ってやる。しっかし、この嬢ちゃんも薬に手を出してたとはなぁ……客を捕まえてくれた子生意気なガキかと思っていたが……ほら、これが欲しいのか?」

「あ! お薬!」

 

 私を見て笑っていた男が魔薬の包みを一つ開けると私の前に差し出してきたので、とりあえず男の腕を掴んで魔薬を私の口に入れさせてみた。もしかしなくても結構危ない子だよね私。


「おい! その嬢ちゃんはさっきも一包み飲んでるんだ、下手するとぶっ壊れるぞ!」

「おいおい。どんだけキマってるんだよ……」

「あああぁ……ふわふわするぅ〜……」


 お薬飲んで幸せそうな顔でもしてれば、いいかな? と思いながら身体をフラフラと揺らしておく。それっぽく見えればそれで良い。


「ほら、代金分の薬だ。そこの嬢ちゃんに渡すと全部飲んじまいそうだから、兄ちゃんに渡しとくぜ」

「ああ、分かった」


 私が演技をしているとアルフリードさんが魔薬を受け取ってくれた。あとは帰るだけだね。


「これであんたらはお得意様だ。売人達には話を通しておくから、金が用意出来たらまた来な」

「ああ。妹が身体を使って稼いでくれるさ。また来るよ」

「ハハッ! 妹に薬をやらせるだけあって兄ちゃんも屑だな!」

「お互い様だ」

「ちげえねぇ!」


 アルフリードさんが話を合わせてくれると男達は笑いながら製作所の中へと入って行った。そして私はアルフリードさんに強引に手を引かれながら来た道を引き返していく。


 私は黙ってアルフリードさんについて行ってたが、行き先が領主様の屋敷ではなく、日向亭だと分かり口を開いた。


「あの、お兄様。向かう先は宿ではなくて、お屋敷ではないんですか?」

「屋敷には向かう。だが、その前にやる事があるだろ!」


 私にだけ聞こえるように声量を抑えながら怒鳴られる。やる事……何かあっただろうか? と考えていると日向亭に到着し、アルフリードさんに引っ張られながら中へと入る。

 少し腕が痛い。


 日向亭に入るとコニーちゃんが驚いたように口を開けてこちらを見ていたが、少しして顔を赤くしていた。いや男を連れ込んだわけじゃないからね。そんな反応されるとこっちが恥ずかしいよ。


 驚いているコニーちゃんにアルフリードさんが水差しと桶を頼み、それらを持って私の部屋へとやってくると鍵をかけられた。

 



 あれ? これって貞操の危機?


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