第140話 今年初めて
結婚して初めてのお正月。
籍を入れるまでは、三箇日が過ぎてから空いた神社にお参りに行く事もあった。
昴は人ごみが嫌いだし、基本車移動がメインなので、駐車場が混むのを嫌がるから。
年始の初売りに出掛ける時も、いつも昴はあたしをデパートの前で下ろして、買い物が終わる頃に迎えに来る。
女の子の買い物に付き合えるタイプの人じゃないのは承知だし。
あたし自身、彼氏や旦那と一緒に買い物ってどうも落ち着かないから、丁度良い。
洋服、靴、下着に、アクセサリー。
やっぱり買い物は女の子同士で楽しくおしゃべりしながら回るのが一番だ。
誰に気兼ねするでも無い、時間を気にする事もない。
重い荷物もお気に入りのアイテムなら少しも重たく感じない。
足が痛くても、腕がだるくても、人ごみによっても、もみくちゃにされても。
やっぱり、バーゲンは最高だと思う。
「1月2日、出かけるからね」
「決定か?」
「うん、もう決定」
大晦日の朝、年越し準備の前の腹ごしらえをしながら、昴に告げた。
「本家で集まるのは元旦でしょ?構わないよね?」
「あー別にいいけど・・・おふくろたちも2日は分家回りだろうし」
「ありがと」
「で、どちらまでー?」
全く興味なさそうな彼がタバコを手に立ち上がる。
「初売りー」
「ああ、毎年恒例のな」
「うん」
「今年も絢花ちゃんと冴梨ちゃんと一緒なのか?篠宮の集まり大丈夫なのかよ?」
高校時代からの仲良し3人組のひとり、冴梨は、ガーネットという有名ケーキ店を展開する洋菓子メーカー篠宮の御曹司と結婚した。
今ではすっかり篠宮の社長夫人だ。
お正月の2日から、自由が利くのか?と視線で問うてくる昴。
あたしはにっこり笑ってピースサインを掲げて見せる。
「会社で役員達と新年会だってさ」
「へーそりゃ良かったな、んで絢花ちゃんも暇と」
「病院はお正月も関係なしだもん。元旦から診察室に詰めてる医大生はほっといて問題なーし」
「そーか」
「うん、で、2日に絢花たちと初詣行くつもりなんだけどね」
「ああ」
「その前に・・・二人で初詣行きたいんだけど」
ほら夫婦になって初めてのお正月だし?
★★★★★★★★★★★
「桜」
助手席のドアを開けてくれた昴が手を差しだす。
「ありがと」
「初詣ですっ転ぶなよ。着物は?」
「んー大丈夫、まだ、頑張れる」
ぐっと足に力を入れて慣れない草履で駐車場の砂利を踏む。
既に日は沈んでいるので、初詣客は随分少なくなっていた。
本来なら日の高いうちに初詣に行く方が良いのだろうけれど、仕方ない。
いつもの半分の歩幅でゆっくり歩き出したあたしを見て、昴が心配そうな顔をする。
「着替えてから来ても良かったんだぞ?」
それもその筈だ。
今日はお昼過ぎまで本家で必死になって着物の息苦しさと格闘していた。
その後、一鷹君のマンションで少しは寛げたけれど、やっぱり着物だと色々と勝手が違う。
凭れて座る事も出来ないし、寝ころぶなんてもってのほか。
コタツでまったりは、あり得ない状況。
それでも、着物はやっぱり嬉しくて。
少しだけお酒も頂いたから、いつもよりテンションも上がっていたんだと思う。
おかげで2人きりになったら一気に疲れが押し寄せてぐったりしてしまったのだ。
でも、今年初めての初詣は、絶対二人で、夫婦で行きたかった。
あたしなりのけじめのつもり。
そう遠くない神社なので、帰って着物を脱いで、落ち着いてから初詣でも勿論問題は無い。
だけど、せっかくならやっぱり着物で出かけたかった。
「それじゃ意味無いの」
「そんな意気込む必要もないだろ」
「意気込むわよっ」
上目遣いに昴を見上げる。
なんでこうも肝心な所で乙女心に疎いかな?
あんまり期待はしてないけれど、それでもこういう時位察して欲しい。
唇を尖らせたらあたしに視線を合わせるように昴が屈みこんでくる。
「そんな楽しみか?」
「楽しみっていうか・・・っん・・・」
俯いたら顎を掬って口づけられた。
不意打ちのキスにあたしは全く反応出来ない。
昴はあたしの腕を掴んだままで唇の感触を楽しむように何度も角度を変えてキスを降らせる。
抗えない位甘いキス。
日が落ちて、すっかり暗くなった神社へ続く歩道は誰も居ない。
駐車場に居た警備員からも多分ここは見えない。
昴は不用意に外でこんなことするタイプじゃないから、そこは安心している。
けれど、頭はついて行かない。
何とかキスを終わらせようとするけれど、抵抗はちっとも通用しない。
「んっ・・・ちょっ・・・」
何度目かのキスで崩れ落ちそうになったあたしを漸く解放して、昴が頬に宥めるようにキスをした。
昴の唇に、あたしの熱が移ったみたい。
体中熱くって、さっきまでの肌寒さはどこかに吹き飛んでしまった。
「嫌って何が?」
可笑しそうに昴が呟いて、風になびいたあたしの髪を指で掬う。
それだけで心がざわめく。
「なんでキス?」
悔しいから問い返してやる。
けれど、少しも怯まず昴は意地悪い笑みを浮かべて見せた。
何べん見てもドキドキしてしまう。
悔しい位・・・好き。
年の初めに好きって自覚するさせるなんて卑怯過ぎるし。
「お前、可愛いなぁ」
「っ!?」
「着物着て行きたかったのか」
「だって、折角着たし」
「こないだも練習で着させて貰っただろ?」
「そうだけど・・・」
やっぱり去年までと心持ちが違う。
恋人と夫婦、変わったのは苗字だけなのに。
運命も変わったみたい。
「浅海桜初めての正月はどうですか?」
まるで初詣客にインタビューするリポーターのように、昴が問いかけてきた。
「どうって・・・?」
「去年とは違うだろ?」
「うん・・・全然違う」
「大丈夫だ」
「え?」
「去年より、幸せにしてやるよ」
あっさりと、あたしの今年の願い事を口にした昴。
瞬きして驚きと共に答える。
「・・・それは、今からお参りしてお願いする予定だったのに」
「神様なんかに、頼むなよ」
「っ・・・・」
それは、此処で口にするセリフとしては不正解なような気がする。
だけど。
思わず答えに詰まったあたしの前髪を指先で撫でて、昴が掌で頬を包み込んだ。
「こら・・・返事は?」
「・・・嬉しい」
「うん」
小さく笑った昴が耳元で囁く。
「お前の事は、俺が幸せにする。京極桜の時より、浅海桜の人生の方が何倍も良かったって、思わせてやるよ」
「元旦からそんな事言い切って平気?今のセリフは絶対忘れないからね?」
あたしが笑ったら昴が柔らかく微笑んだ。
「言葉にすると、現実味湧くだろ」
素直に昴の肩に凭れたら後ろ頭を抱き寄せられた。
「ありがと・・・・昴」
甘ったるい雰囲気のままで指先を絡めて歩き出す。
今年初の初詣。
見つめ合った視線は去年よりずっと穏やかで柔らかかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます