第139話 一番

新年のご挨拶をかねて本家に挨拶した後。


一鷹夫妻の家でお節料理を頂いて、昴と桜は早々に一鷹のマンションを後にした。


朝から着物を着て気合いを入れていた桜がもう無理とギブアップしたからだ。


結婚してから初めての正月で緊張していたこともあったのだろう。


「振袖着れないの寂しいとか言ってたな」


ハンドルを握りながら、昴が意地悪く問い返す。


「寂しいとは言ってないわよー。ただ、やっぱり振袖の方が華やかだったなって思っただけで」


「もう華やかにする必要も無いだろ」


「結婚したって華やかにしてる人はいますー」


「お前はしなくていいよ」


志堂一族、分家筆頭の妻という名前だけで十分目立つのだ。


良くも悪くも注目される。


昴がどれだけ大事に隠しておきたいと思っていても。


否応なく注目は集まる。


今日だって、分家連中の好奇の視線から桜を守るのに、どれだけ昴や一鷹が苦心したか。


「華やかにしても意味無いって言いたいの?」


「何でそっちに取るんだよ」


「だって・・・今日だって綺麗な人沢山いたし」


男性陣のスーツとは対照的に女性達の衣装は驚くほど華やかだった。


着物にドレス、鮮やかな衣装を身に纏った多くの女性がひっきりなしに一鷹と昴の元にやって来る。


おっとりと構える幸が側に居たから乗り切れたのだ。


婚約者だった頃のように逃げてばかりはいられない。


昴の”妻”という立場を桜なりに理解して頑張ろうとする。


それでも、頑張れば頑張るほど、自信が無くなっていくのだ。


今になってやっと、一鷹との結婚を迷った幸の気持ちが理解出来る。


生まれも育ちも違う場所に嫁ぐ事。


怖くなかったわけない。


「不安になったのか」


「不安っていうか・・・あたしがもっと綺麗で賢くって、育ちが良かったら、もっと胸を張れたのかなって」


「お前が何を持ってても、例えば何も持って無くても。俺にとっては何も変わんねェけどな」


「どういう意味?」


「馬鹿、言葉通り意味だよ」


照れたように昴が桜の髪を撫でる。


「あーもう!髪飾り差して貰ったのに」


「帰るだけだから、いいだろ」


「そうだけど、やっぱり折角だから綺麗にしてたいんだもん」


複雑な乙女心の機微を昴に分かれというのは難しい。


昴が髪飾りを抜き取ってダッシュボードに放った。


「あー外しちゃうの?」


「もう家だろ」


角を曲がればすぐに京極の家が見えてきた。


馴染みのレンガ塀が視界に入って桜がホッと息を吐く。


漸く肩の力を抜ける場所に帰ってきた。


ガレージに車を止めると、昴が珍しく助手席に回ってドアを開けてくれた。


着物は車の乗り降りが大変だという事を知っているのだ。


「ほら、先に足下ろせ」


差しだした手に捕まって車を降りる。


「ありがと・・・」


「なぁ、桜?」


「はい、なにー?」


車から降りたのに桜の手を離そうともしないで、昴が桜の何も飾られていない髪に反対の手を伸ばす。


スルリと優しく髪を梳かれる。


纏め髪にしようか悩んだが、下ろしたままにして正解だった。


昴の指先が髪の隙間を滑っていく馴染みの感覚に桜がそっと目を閉じる。


「俺にとっては、これ位の違いだよ」


「え?」


「この飾り付けてるのと、付けて無いの」


「何が・・・」


「お前がどんな格好してても。どこに生まれて、どこで育っても。俺が見てるのは、外側だけだと思った?」


「思って無い・・・」


首を振った桜の後頭を抱きしめて帯の下に腕を回して抱きしめる。


「この家に生まれて、ご両親と幸さんに大事に育てられたから。だから、俺だけが見つけた。例えば、分家の中に桜が生まれてたって。きっと俺は桜を見つけて無いよ。この家が嫌いか?」


「そんなこと無い、すっごい大事」


両親が亡くなった後も、どうしても手放せなかった位。


それ位、桜にとっては特別な場所だ。


「お前が京極の家に生まれた事を嘆いたら、誰より幸さんが悲しむぞ」


「ごめんなさい」


俯いた桜の顎を掬って仰のかせると昴が桜の額にキスをした。


「謝んなくていい」


「でも・・・」


「最初にしたら上出来だ。結婚前からパーティーに顔出してた甲斐があったな。嫌がってたの無理に連れていくのは正直、可哀想だと思ったけど。これから先の事考えるとな・・・」


何かと理由を付けてはパーティーへの出席を拒否する桜を、宥めて連れて行くのは至難の業だった。


それもこれも、未来の”浅海夫人”の為。


「分家連中と顔合わせして嫌になったか?」


無言のままで首を振る桜を抱きしめて昴が言った。


「誰が何て言ったって、振袖着てても着て無くても、俺には桜が一番だ」

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