彼女の心臓は今も動いている

刹那

1

君の太陽のような眼

君の粉雪のような綺麗な肌

君の真っ黒で艶のある長い髪

君の子供のような無邪気な笑顔


そんな君のことが好きだった。


○・○・○・○


「ねー……まぁた彼女のとこに行くの?」


そう問いかけて、僕の手前に近寄る。

少し面倒くさそうに、溜め息をこぼした。


「……そうだけど、何が悪い?」

「はあぁ、冷めてんね…あんたなら一生、彼女なんていらないと思ったわ」


全く、僕をことなんだと思ってるんだ。

軽率な発言に少し失望した。


いくら冴えない僕でも、恋の一つや二つするに決まってる。


高校生という、お年頃だぞ?


「まじで何が言いたいんだよ。」



放課後、教室の窓側の席で駄弁っていたのは僕と幼なじみ。


この幼なじみとは幼稚園からの付き合いで、今は腐れ縁みたいなものになっている。


僕がいくら言葉をストレートに放っても、それを光が反射するように綺麗に流される。


こんな鋼のメンタル女子なんて、そうそういないだろう。


そんな幼なじみに昔から振り回されてきて、楽な面もあれば正直疲れる面もある。


「ほんっと彼女思いだなあ」


筆箱と清涼飲料水をスクールバッグに思いっきりしまい込むと、同時に早歩きで椅子から離れた。

女子の好む恋バナとやらは、付き合いきれない。


「そんな素っ気ないと、彼女が冷めんぞ?」

「そんなん知らない」


いつものように、他人事かのごとく流す。

知ったものか。

そんなもので冷めたら彼女の愛は、そこまでということになる。


昔っからこういう関係だった。

僕も言えたことじゃないが、なかなかのデリカシーのなさだ。


ここまでデリカシーのない女子も、また絶滅危惧種並みだろう。


「てか、好きな人いるなら言ってくれればいいのにー」


何故、幼なじみに好みの女性を会話のネタとして振らなければならない?


全く……ふざけてる。

気になって仕方がないのか、僕の背中に張り付くように追って来る。


「なんでだよ。お前に需要があるのか、それ。」


呆れながらも、核心を突こうとする。

何でも情報を取り入れたがる幼なじみにうんざりしていた。


「とにかく、馴れ初め聞きたいだけだから」


話題を堂々と逸らし、悟られないように笑顔を取り繕っていたのが分かった。

それを僕は見逃さなかったが、深入りはしないことにした。


「ほんと、他人の恋愛事情だけは好きなんだな。」


聞いてて何が楽しいんだか。


好奇心に染ったその目が、僕は正直苦手だ。

教えなかったら、一週間はずっと質問攻めをしてくる。


しかも情報網が広く、ヤケになって僕の彼女に何をするか分からない。


僕から聞かなくても、分かるんじゃないか?


腹を割った方が、まだ楽なのには変わりない。


確か彼女との出会いはー


〇・〇・〇・〇


予鈴がなると同時にイヤホンを外し、スマホをポケットの中に乱暴にしまう。

そして、また始まる眠気を誘う授業。


用意をしていなかった教科書を探すため、机の中に手を突っ込む。


最悪だ。こんな失態、今までなかったのに。


小さな溜め息が深く溢れ、冷や汗が頬の輪郭をなぞるように流れていった。


そう。この僕、北原 玲は何故こんなにも焦っているのかというと、ここのクラスに友達がいないのだ。


それも当然。

人と接したくないがゆえ、話題を振るということをしなかった。


しかも、いちいち余計な事を言ってしまう。


そのせいでいつも空気が凍るのだ。

そして誰もフォローなど、してくれない。


その僕を見る目線がいつも…痛すぎる。


まあ、こんな難癖に付き合ってくれるのは幼なじみの藤原彩希くらいだろう。



こういう時は、普通の高校生は隣の可愛い女の子と照れながら教科書を見せ合いっこするのだろう。


多少憧れるけど、無理だ。

同性ですら耐性がない僕にどうしろと…


もういい、ここは教科書を持ってるフリをするしか……


「玲くん、教科書忘れたんでしょ。見せてあげるよ。」

「…は?」


右耳から入ってきた柔らかな声がどれだけ心地よかったか。


自分でもよく分かる。

今現在どのような顔をしているのか。


あぁ、もう既に恥ずかしい。

無垢な彼女からしたら、この程度で赤面しているのことが不思議この上ないだろう。


名前すら覚えていない彼女にこう言った。


「あ……ありがとう」


この日から僕の全てが変わったのだ。


〇・〇・〇・〇


隣の席の子は小林舞花らしい。

異性とも気楽に話せて、裏表のないような、絵に描いたような性格だ。


もちろん、僕とは真逆のタイプだ。


でもまあ、そんな表面から目を向けた容姿などレッテルに過ぎない。


ましてや、裏ではコソコソする系だろう。悪事とか、企みとか。


警戒丸出しの僕に彼女は話しかけてくるようになった。


「れ、玲くん……好きな食べ物は?」


彼女は緊張でどこか引っかかるような態度だったが、見て見ぬふりをした。


何故そのような質問なのか。まるで小学生じゃないか。

と、心に留めておけず口にしてしまった。


これだから恋人ができないのだと、自分でも納得出来る。


彼女は目が点になった後、軽く細め破顔した。


「ごめんごめん、全然話題見つかんなくてさー」


そう言って、自分の頭を優しくかき乱している。


天然なのか、不器用なのか。

これも彼女の一種のチャームポイントなのだろう。

その笑顔も良く似合う。


そんなことを考えると、彼女は何かを閃いたのか、お星様のようなキラキラとした目でこちらへと近づいてきた。


「そうだ!玲くんは部活、何も所属してなかったよね?」

「ん?してないけど」


彼女は何かを企んでいた様子だった。

まずい、嫌な予感がする。


「一緒に帰ろ!」


彼女は、太陽のような明るい笑顔を向けてきた。

眩しすぎて直視できない。


こんな、ある意味目に毒的存在の彼女を隣に歩いていたら学校中に厭な噂が流れるだろう。


そんな恋愛対象にもならないだろう僕とのデマなど、嫌気がさして自然と距離を置かれるに違いない。


このままでいい。


ー本音を言うと、嫌われたくない。


別にメンヘラとかじゃなくて。


色々と考えてると、無意識に素が出てしまう。

どんよりとした顔が彼女の目には映っていたようだ。


なんとか逃げ場を探そうとするがもちろん、そんなものは存在しない。


返事をする猶予を与えない彼女は僕の反応を面白そう覗き込んで、僕の手を引っ張った。


〇・〇・〇・〇


「え?ちょっと待ってよ。僕、家の方面そっちじゃないんだって……」


彼女は僕の方を向きもしないでいいからと呟いた。


連れてかれた場所は、静かに波が揺れている海だった。

海風が、ちょうどいいくらいの優しさで肌にふれる。


ゆっくりと海岸沿いに腰を下ろした。

彼女の手はまだ僕の手を掴んだままだった。

振り払うにもできないので、少し間を置いたあと口を開いた。


「……で、なに?」

「そ、そのっ……」


なんだ、そのモジモジとした態度は。ちょっとした愛らしいさに少し苛立ちを覚える。


「えっと...私、玲くんのこと好きなんだよね……」

「へー……え?なんて?」


聞き間違えだろうと思い、彼女を疑った。


いやいや、まさか。自惚れもいいところだよな?


そもそも釣り合わないって…


しかし、彼女は何回も言わせないで、と言わんばかりの圧力が表情だけで伝わってくる。


「だから!玲くんの彼女になりたいの!」


普段は笑顔の彼女が、頬を赤らめながらも眉間に皺を寄せていた。


「はあ?!僕達まだ1ヶ月しか話してないよ?」


困惑に困惑が重なる。

彼女に負けないくらいの威勢で、抵抗してしまった。


「……でも私は半年前から、片思いしてたんだからね。」


彼女は制服の裾をくしゃりと握り、口を尖らせてこたえた。


唐突で言葉が詰まる。

彼女のその1番小さな告白に。

驚きと嬉しさが胸の奥からドッと込み上げてくる。


勢い任せの彼女は、僕を次から次へと追い詰めていく。


「そんで!返事は?」


それ今聞くか?と内心思いながらも、もう結果は初めから決まっている。


ここは格好良くしなくては。相手から勇気をだして告白してくれたんだ……


「……い、ぃいよ。」


情けない返事をしてしまった。

君はこんな奴に、背中を預けても怖くないのか?


やっぱり柄じゃないことはしない方がいいと改めて思った。


「はあ……こんなんじゃ出会った頃の君と一緒じゃあないか。」


顔が赤くなるのが分かって彼女の事が見れなかった。


きっと僕は今までで1番かっこ悪いだろう。


やはり、そこら辺のイケてる男達はもっと余裕を見せつけて返事ができるのだろうか。


ただ、静かに横目で入道雲を睨みつけていた。内心はしゃぎながら。

結局クールぶることしか出来ない。


すると、手にぽた、ぽたと生暖かい感触があった。

ふと彼女を見ると、彼女の目には沢山の涙が溢れていたのだ。


「や、やったぁ……言って良かったよ……」


色々な表情を見せてくれる君に、惹かれてしまった。


なんで、僕を魅了してくるのだろうか。


もっと君を知りたい。


〇・〇・〇・〇


一通り端折りながら一連の流れを話した。


「……そっかあ、そうなんだ。面白かったよ。」

「そう、良かったね」


面白かったか?声のトーンが低くなってるぞ。

気乗りしない足どりのまま、少し俯いていた。


「最近通り魔がここら辺に出るんだって……」

「ーそう。」


聞いといて急に話を逸らすな。

やっぱり、面白くなかったんだろう。


周りはもう橙色に塗り変わり、人通りも少なくなってきた。


「もうそろそろ病院着くね。」

「あっという間だったね。」

「じゃあ私はここで!また明日。」


そう言って、彩希は夕闇に消えた。


どこか寂しげだった彼女を気にかけた方が良かったのだろうか。


〇・〇・〇・〇


「んで、何あのメール。イタズラか?」

「違うよ」

「話したいって……毎日ここにきてんじゃん。」


どこか心をが掴めず焦ってる僕を、彼女は手のひらをひらひらしながら手招きしてくる。


少し呆れた顔を露わにしながら、彼女のベッドの隣に腰を下ろす。


「さて、今日は来世の話でもしようか。」


来世?……らしくないな。

現実主義の君が、何を言ってるんだ。


彼女は僕を見透かすように微笑む。


「そうだな、私がもっと丈夫で、毎日玲くんと一緒にいつもの通学路で雑談しながら帰ったり、デートだったら、映画館とか行ってみたいんだ。そして私は、きっと玲くんよりも頭が良くて……」


急にどうしたんだ。

僕の知ってる彼女は、そこまで饒舌じゃなかったんだが。


「どうしたの?一緒に出掛けたいの?」


分からない。彼女の心が全く分からない。

今まで、こんな事なかったのに。


彼女は窓を見ながら、右手の指先で髪を弄っていた。

優しい微笑みは、口角を両端釘で打ち付けたように固定されていた。


いや、分かったつもりでいただけかもしれない。

きっと僕は彼女のことを全然知らないだろう。


「話聞いてくれたり、毎日来てくれたり……玲くんだけだよ。仲良かった友達も、皆、お見舞いに来なくなっちゃった。」


寂しいのか?


まあ、毎日夕方になるまで同じ景色を同じ天井を見てるわけだからな。

看護婦さんも患者と駄弁るほど、暇ではあるまい。


「僕は、舞花が好きだから……」

「はは、照れるなあ。いつからそんな可愛い性格に変わったの?」


可愛い?ーからかってんのか…?

僕は男だぞ。


「あのさ、僕は本当の事を言っー」

「玲くん、私嫌な予感がするんだ。」


彼女に話を遮られた、なんてこの際どうでもよかった。


「……それって、まさか」


その一言は、生唾すら飲み込めないくらい重かった。


彼女の方を見ると、笑顔を創っていた。

それはいつもの華やかな笑顔とは、全く程遠いものだった。


「何言ってんの?待ってよ」

「大丈夫、私の事なんていいから。」


何言っているか本当に分からなかった。

不安で頭が真っ白だ。


「今日、僕ここに朝までいるから」

「何言ってるの?私が入院する時に約束したの忘れてなんていないよね。」


付き合った日に交わした約束。


それは《翌日学校の時は舞花を優先してはいけないこと》とだった。


「……卑怯だよ、それ。」

「ごめんね、なんならいっそのこと、嫌ってくれてもいいんだよ?」


無理して笑わせようとしてくる。


右耳の横でパルスオキシメーターがピッ……ピッ……と鳴る。


肉体的にも身体的にも弱ってることが声だけでも解る。


「笑えない冗談やめてよ」

「大丈夫だよ、また明日会いに来てよ」


彼女を寄せた僕の手は、微かに震えていた。


そして僕は強引に帰らされた。

一晩だけでも、と何度も看護婦に頼んだが、首を縦に振ることはなかった。


彼女の言葉を信じることにした。


だって彼女は嘘が嫌いで、素直で、少し抜けてて。


また、僕と一緒にデート行くって約束したから。


退院したら、また僕と海を見に行くって決めていたから。


でもそれはただの思い込みに過ぎなかった。


〇・〇・〇・〇


余命一日半。

告げられたとき、思いのほかに衝撃を受けなかった。

もともと、肝が据わってる方だった。


「そう、ですか。」

「入院当初から自身の余命のこと

こんなにも追及してくる人、指で数えるくらいしかいなかったので

……驚きました。遅れてすみません、でもこれはただの憶測なので鵜呑みにせずに。」


なるほど。お医者様も大変なこった。


「本当にお世話になってる方に連絡をー」

「大丈夫です。」


会話を遮って返事をした。そのシナリオはもう聞き飽きた。


ーーーー明日会えるかな。


それまでに生きているのかな。


強がりの私は腕で目を塞ぎながら静かに涙を流す。


嫌だよ、死にたくなんかない。


全部玲くんのせいだよ。


私に生きる希望を与えてくれた


玲くんのせい。


〇・〇・〇・〇


朝から不安で仕方なかった。

彩希には悪いけど1人で走って病院に向かった。


病室の前で一呼吸する。


ピッ……ピッ……とパルスオキシメーターが鳴る。


ほら大丈夫、何を心配してんだ。


そう思いゆっくりとドアを開けた。

最初に目に映ったのは医者と看護婦だった。


「……どうしたんですか?面会に来たんですけど、彼女と話してもいいですかね。」


沈黙が続く。

看護婦は振り返ったあと、下を向いた。


「……舞花さんは、今日の午前8時27分に脳死したことが発覚しました。」

「…え?」


初めの10秒間理解が出来なかった。


この一瞬で、目の前の全てが色褪せた。


なんで、なんでなんでなんで?

おかしいでしょ。


「なんで教えてくれなかったんですか

?解ってましたよね」

「ご本人が誰にも連絡しないでほしいと……」


瞼の裏が熱くなる。

痙攣してきて、視界が歪む。

すぐに、彼女のもとに向かって走る。

彼女は、今にでも生きてるかのような温もりがある。


「お願い……置いてかないでよ舞花。」


僕はその場に崩れ落ちた。


生きていた花は、いつしか造花に変わってしまった。


〇・〇・〇・〇


「はあ……先に手を打っとけば良かった。」


後悔しても仕方ない。まさか玲のことを、興味を持つ女子がいたとは……


男勝りな性格な私は、恋愛するのが面倒くさいキャラとして売ってきた。


異性に対して撫で声とかもってのほか、フリルのついた衣服でさえ着るのが抵抗がある。


まったく、女々しい事ができない。


「きっとこれからも永遠の片思いなんだろうなー」


月の見えない曇り空に向かって、ぽつりと呟く。

でも玲には、ヒマワリのように明るいあの娘のほうがお似合いだ。


結局また独りだ。


「……っ!!」

ふと、胸部に鋭い痛みがはしる。

目線を下ろすとそこには真紅の液に染った銀色の刃物の先が突き出てた。


背後には、黒いマスクをつけた人物が立っていた。


口の中が逆流してきた血液と唾液が混ざった。


胸の奥からどくどくと、鼓動がよく聞こえる。

うるさいくらいに、頭に反響していた。


目の前には雑草があった。

土がどんどん紅に、侵食されている。


嫌だ、まだ何も伝えてないのに。


呼吸が荒くなる。


ひぐらしを鳴き声で辺りは、やけにうるさかった。


〇・〇・〇・〇


しばらく彼女の手を握っていた。

いつの間にか外の景色は黒く染まっていた。

それでもいつ離すか分からない手を繋いだまま月光のない部屋で彼女の顔を眺めていた。


思い出がフラッシュバックしてくる。


今考えれば、恋愛初心者の僕達は何もかも手探りだった。


最初の手を繋ぐ時なんて、両者の手汗で勝負してるのかというくらい炎天下の中、湿らしていた。


最初のハグも、階段から転落しそうになった舞花を僕がたまたまキャッチしたときだ。


彼女はハプニングがあると、照れて何も喋らなくなる。


僕もそれが可愛らしく見え、いつもの意気はどこにいったんだよ……

と、ついいじってしまう。


そして再びテンパって、お互い自然に笑みが絶えなかった。


宝石のような思い出ばっかりだった。


たくさんの色彩に染った2年は早々とすぎて、再び世界が灰色に変わっていく。


「このまま、舞花と一緒にー」


と言いかけた時、急に外が騒がしくなった。


「ー至急確認してください」


スリッパで走る足音と、台車のようなものをガラガラと押す音が、部屋全体に響き渡る。


雑音のせいか、頭の中も砂嵐のようにノイズがかかっていた。


「舞花、祭り行きたいって言ってたよね。今週末地元でやるんだって、一緒にりんご飴食べようよ。」


閉じてある目がにわかに微笑んでいるように見えた。


瞬間、入口から光が差し込む。


「舞花さんの……小林舞花さんの心臓を移植してもいいですか?」


息を切らしている看護婦が急に訪ねてきた。


「……なんて?」


「通り魔に被害を受けた女子高生が今重体で、心臓移植しないと間に合わないんです!」


嫌な妄想が頭の中を横切った。いや、早とちりは良くない。


「もしかしてその子の名前ってー」

「藤原彩希さんです」


嘘だろ?嫌な予感ってこの事だったのか?

まさか……今日一緒に帰っていたら結果は違っていたのだろうか?


僕はまた、間違えた?


いや、今こんな事を考えている暇なんてない。


「早く決断を!取り返しのつかないことになります!」


看護婦が僕を怒鳴りつけるように、大声をあげた。


彼女は今でも息を吹き返そうなのに、これから心臓を取るなんて……


でも今まで世話になってきて、あそこまで仲良くしてくれた人は彩希しかいない。


どうすれば…僕はどうすればいいの?


突然舞花の言っていたことを思い出した。


「大丈夫、私の事なんていいから」


勇気のない僕を後ろから、背中を押してるようだった。


1番最善の解答は


「臓器移植……実行してください」


〇・〇・〇・〇


目覚めたのは数週間後。

既に彩希は起きて遠くの海を見つめていた。

部屋に入り、椅子に腰をかけるとすぐに聞いてきた。


「……なんで移植したの」

「それが最善の考えだと、思ったから。」


今、彼女の心臓が目の前で動いている。

でももう小林舞花はそこにいない。


「ありがとう」


それは彩希の言葉にも

舞花の言葉にも聞こえた。

ひどく優しく、心地が良かった。


その少し悲しそうな笑顔が舞花の最期の笑顔に重なる。


「私、伝えたい事があって……ずっと前から好きだった。こんな時に言うことじゃあないんだけどね。」


もう……感情がぐちゃぐちゃだ。


「……臓器移植のせいなんじゃない?元の臓器の記憶とか、人格が移動することあるって聞くし。」


否定したかった。

そうせざるを得なかった。


「ほんと、なんだけどな。」


さすがの彩希でも、分が悪そうな顔を見せた。


僕は今、他人の気持ちを『心』を踏みにじったのだ。


昔から多少感づいていたが、背けていた。



今でも彼女の心が手が届きそうで


彼女の全てを重ねてしまいそうで


それでも代わりではない


代わりにはなれない幼なじみに


どう応えればいい?




結局、僕はわがままで、空気読めなくて、振り回してばっかりだった。

それでも、彩希は支え続けてくれた。


舞花との馴れ初めの話なんて、今でも泣きそうなくらいの顔を必死に隠していたのだろう。


誰にも心配させないように取り繕って



「ーそれでも僕は」


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彼女の心臓は今も動いている 刹那 @shiro0105

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