50 短歌


 はるか下に波の白さをのぞくとき落ちてもいいとだれか囁く


<読み>

はるかしたに なみのしろさを のぞくとき おちてもいいと だれかささやく




衝動的に死にいざなわれることって、だれにでもあることなんでしょうか。

不幸や苦悩に押しつぶされて自殺を考えるのとは違います。

多少の悩みは抱えつつも、同時に希望や喜びとともに日々を過ごして、明日がふつうにやってくることを疑いもしないでいるのに、電車がホームに入ってくるのを見るとき、その前に身を投げ出してみたい誘惑に駆られる……そんなことはありませんか。


高校生のとき、初めてそんな感覚を知ったのでした。深い悩みがあったわけではありません。疲れてはいたんでしょうけど、そんなのはたぶんだれにも、いつでもあること。

電車が入ってくるのを見ながら、ふと、いまここでふらふら線路に落ちたなら、私の身体はどんな風に砕けるんだろう。その瞬間私はどう感じ、なにを思うんだろう。……そうして実際足を一歩まえに踏み出して、はっと気づいて止めたのでした。

そのとき感じたのは、こんな意思ともいえない気の迷いで命を落とすかもしれないという恐怖。同時に、死を想うときの、麻痺に似た甘い快感。


電車と並んでしばしば私を誘惑するのは、崖から見下ろす荒磯です。

原体験は大学生のときでした。仲間たちと夜のドライブで、伊豆の石廊崎まで行ったとき。はるか崖の下を覗くと、夜の磯に波が砕けるのだけが白く浮き上がっている。波の砕けるのから少し遅れて、ざざあん……と音が届く。現実感をうしなった波の律動に、吸いこまれるような心地がしたのでした。



(もちろん、電車に飛び込んだり崖から飛び降りたりをそそのかす意図はまったくありません。くれぐれも、そのような気の迷いに、心を動かされることのないようお願いします)


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