42 自由詩



 酒と、黴臭い匂いが鼻をついた

 飲むか

 と男は言って透明な瓶をぼくに寄越した

 瓶のなかで酒が波を立てた

 酒精は水とは異なる屈折率で、光を虹色に変えた


 ぼくらはそこを「広場」と呼んでいた

 前に五軒ばかりの店があって、

 風が吹いたら潰れそうなのが寄り集まって、

 頼りなく看板を掲げていた

 そこがぼくらの根城だった


 店で買う物なんてぼくらにはなかったくせに、

 ほとんど毎日出かけていって、

 いたずらしては怒鳴られた

 たいてい客の入っていない店には、

 すこし騒いだら埃の舞いあがる棚ばかりがあった


 その男はいつも広場にいた

 地べたに尻をついて酒を飲んでいる男には、

 近づくんじゃないよと店のおばちゃんは言った

 禁を破ったぼくは酒のまずさと、

 頭のたがのゆるむ効能を知った


 堂々めぐりの繰り言と

 子供でも嘘だってわかる自慢話と

 ほかの子たちは近づこうとしなかったから

 聞くのはぼくよりほかにいなかった

 頭のゆるんだぼくよりほかには


 広場に一本きりの桜が散ったとき

 男は毛布にくるまりふるえていた

 酒はと尋いたら

 旨くないんだと答えて、

 首を振ってもういちど、旨くないんだと言った


 広場はもうない

 店もぜんぶつぶれてショッピングモールになったし

 遠くで貨物列車の汽笛が鳴った

 おなじ音をむかしあの男といっしょに聞いたんだった

 すき間だらけの歯からこぼれる繰り言の、幻聴がそこにまじった




いまさらですが、自由詩や漢詩にタイトルをつけていなかったな、つけておけばよかったのかな、などと考えています。タイトルをつける練習になるから。


タイトルのない小説ってのは考えられないですよね。

名作は、内容だけで完成するものではなく、符合するタイトルと一緒になってはじめて永遠の輝きを得るのだと思います。


そんな重要なタイトルですが……これってセンスですよね。

なにかと批判を浴びる、やたら長い説明的タイトルも、最初にそれを出した人のセンスは凄いと思います。後続者たちがその新しいゲームルールのなかで、より心に響くタイトルを捻り出そうとする努力も悪くないとは思います。


そうはいっても私はやはり、そうじゃない文法でのタイトルをつける方が性に合っています。

上の詩だったら、そっけなく「男」とか「広場」とか。

「幼年」とか「供犠」とか、象徴的にする方向もありますが、こういうのは嫌味が出たりもするので取り扱いが難しい。

となると「酒と汽笛」とか「広場のまぼろし」とか、結局言葉を足していくのか。

やっぱり難しい。。。


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